リコッタ家の商談
【1】
パルメザンのセイラカフェもオープンにこぎつけた。
リオニーは店長に就任して張り切っているのだが、何故かカフェよりも紡績組合の事務所に居る事の方が多い。
マルゲリータがリオニーを気にいって離したがらないからだ。
仕方がないのでナデテをメリージャから呼びもどして、手伝いに入ってもらっている。
グリンダはゴッダードからの再三の要請にもかかわらずパルメザンに居座り続けていたが、商法審査会に資料を提出するために王都に行かねばならなくなり、コルデー氏はハウザー王国への法務申請の為メリージャのカルネイロ商会長に相談に行った。
夏までには紡績組合の運営に目途をつけてしまいたい。
それ迄にリコッタ伯爵家を黙らせなければ、後々禍根を残す事になるが種は蒔いてある。
まあ紡績機が無いと話にならないのだから、そのうちに何らかの接触が向こうから有るだろう。ヤバいのは政治的な圧力をかけられる事だ。マンチェゴ男爵には王都の貴族連中の動きを探って貰っている。
あとはセイラカフェでの情報収集だ。メイド達からはパルメザンに集まる商人達から噂話を集めて貰っている。まあこちらからも色々と噂を流しているんだけれど、紡績機とか、紡績機とか、紡績機とかね。
【2】
今レッジャーノ家の紡績工場では、昨年追加設置した二台の紡績機を含めた四台がフル回転で稼働している。更に新型を二台製造中でもうすぐ納品できるだろう。
ゴッダードで改良されて紡錘の数を八個増やして二十四個のスピンドルを備えた新製品の製造に着手していた新製品である。今までの十六個のツムから1.5倍だ。
入れ替わりに初めに納品した二台は下取りしてオーバーホールの後二十四ツムに改造を計画中だ。
新製品はさらに四台を製造中で、これをクルクワ男爵領の新工場に納める事になっている。収穫が終わる夏までには納品しなければならない。
間に合わない場合は急場を下取りした二台で埋める予定だがまあそんなことにはならないだろう。
お陰で私はゴッダードとパルメザンを週替わりで往復している。今日もゴッダードから紡績株式組合と打ち合わせに来ていた私は遅めの昼食を取っていた。
そんな大変な状況の中、エサに食いついた奴らがやって来た。
エサを蒔いて釣る心算ではいたけれど、いたけれど、今この忙しい時期に何故?このタイミングでなくても良いんじゃないか?
パルメザンのセイラカフェにやって来たのはタイラーと名乗る初老の男で、何かオドオドした小狡そうな小者感丸出しの男だ。
「アー、この辺りにライトスミス商会とか申す商社が有ると聞いたのだが存じておるか?」
チビチビとお茶を啜りながらその男はナデテに質問してきた。
「ハイ、このお店の二階に有りますぅ。紡績株式組合のお隣の事務所ですぅ」
「なんと、飲食店の二階に間借りしておるのか。そう言えばこの建物はパルミジャーノ紡績組合の持ち物であったな」
「ハイですぅ。三階と二階の半分は紡績株式組合の事務所ですぅ」
「存外、小さな商会のようじゃな。しかし紡績組合の隣というのは少々厄介じゃなあ」
「それでしたら、こちらに職員に来て貰ってはどうですかぁ」
「おお、そんな事が出来るのか。それならお願いしようかな」
「ウルスラ、商会に行ってルイスを呼んできて欲しいのですぅ」
「ハイ、お姉様」
さすがはナデテだ。私がここに居るにもかかわらず、知らぬ素振りでルイスを呼びに行かせるとは。
ナデテは見習いメイドがルイスを呼びに行くのと一緒に奥に引っ込んでしまった。
多分伝声管を使ってルイスに状況を伝えているのだろう。
しばらくすると、見習いメイドに連れられたルイスが店に入ってきた。
「こちらのお客様が会いたいと……」
ルイスは、おずおずと告げるウルスラの頭を撫でるとチップを握らせてタイラーの前に向き直った。
「ライトスミス商会に御用と伺いましたが、どういうご用件で御座いましょう」
タイラーは成人前後の若造であるルイスを侮っていたのだろう、卒のないルイスの所作に狼狽した様に威厳を取り繕って言った。
「コホン、今回は商談に際していくつか聞きたいことが有って参ったまでじゃ。わしはリコッタ伯爵家で執事を務めるタイラーと申す。見知りおけ」
「ライトスミス商会では紡績機なる物を扱っていると聞いたが?」
「はい。他にも家具や黒板、アバカスやリバーシなどの小物の細工品のオーダーも扱っております」
「ほう、そんなものも扱っておるのか。……リバーシとはなんだ? まあ良いわ。わしが知りたいのは紡績機の値段じゃ」
「分かりました。今作っております物で一台金貨四十枚となっております」
「金貨四十枚であるか。かなりの額であるなあ。持ち帰って検討してみねばならんな」
この執事は装置スペックも値段交渉も納期すら確認せずに帰って行った。
今まであの男が領地経営を仕切っていたのならば、リコッタ領の財政状況はあまり芳しきものではないだろう。
そしてその翌々日に今度はリコッタ伯爵からゴッダードの商会宛てに商会主への呼び出し状が来た。
私はゴッダードとパルメザンを行ったり来たり、場合によってはメリージャにも赴いている。
この忙しい期間にそんなことに時間を割く余裕はない。丁重にお断りさせて貰い代理としてエドの派遣を連絡しておいた。
そして嫌がるエドをミゲルが無理やりにリコッタ家に引きずって行った。
【3】
二日後に疲れ果てたミゲルと不貞腐れたエドがゴッダードに帰ってきた。どうもリコッタ家での扱いはひどいものだったそうだ。
”伯爵が呼び出しているのに商会主が来ないとはどういうわけだ”とか”子供を使いに立てるとは伯爵家を侮っている”とか、散々に言われたらしい。
まずつけ払いの購入を要求されたという。秋の収穫時期に全額完済すると脅しをかけてきたのだ。
おまけに一台金貨二十枚で四台分の紡績機を売れと《《命令された》》ので、それを蹴って帰ろうとして監禁されかけたという。
一台金貨二十枚の代わりに王都の貴族に紹介してやるとか枢機卿に口をきいてやろうとか、甘言とすらいえない条件を示されたが前金の提示すらなかったそうだ。
エドの推察ではライトスミス商会を黒板やアバカスを売る小売店のようなものと勘違いしているらしい。紡績機も仲介業として仲立ちしているだけだと思っている。
製造元を聞き出そうと躍起になっていた様だがエドがはぐらかし続けたようだ。
リコッタ家では南西部諸州の現在の諸状況が見えていないと言う事だろう。西部のパルミジャーノ州に有りながら清貧派聖教会との関係を持っていないのだろう。
パルミジャーノ州教区大司祭は二年前に清貧派の司祭に変わり聖教会教室も工房も州内に設置されている。
北部州と州境を接するリコッタ家は、越境して州境の教導派聖教会や王都の教導派貴族たちに追従し続けているのだ。
更には出資者会議の折に百株の購入を叫んでいたくせに金を持っていなかったようだ。リコッタ家の財務状況調査の結果をエマ姉が教えてくれた。
領地収入も大きく先代までは潤っていたらしいが、十五年前に代替わりしてから資産が減り続けて今では蓄えも底を尽いたらしい。
七年前から税額が大幅に上がり領民への使役負担も増えて領地内での評判はすこぶる悪い。
さすがにリコッタ伯爵も危機感を持ったようで、レッジャーノ家の紡績工場の話を聞きつけて出来ればすべてを手中にしたいと考えたようだ。
一枚嚙むとか上前を撥ねるとかでは無く全部持って行きたいとは強欲すぎる考えだが、これだけ愚かしいと扱いやすいし心も痛まない。
気になるのはクルクワ男爵家の事だ。
借金の件も有るが、マルゲリータの婚姻の件が一番気掛かりなのだ。
さすがにリコッタ伯爵の弟でも入り婿で、嫁はマルゲリータ、しかも姑がマーガレット様と有っては手も足も出ないだろうが、それでも借金のかたにされて望まぬ婚姻であれば力になってあげたいと思うのも道理だろう。
出来ればそのあたりも含めてすっきり解決したうえでリコッタ家から教導派の影響を排除したい。
リコッタ家さえどうにかなればウルダ家は落ちたも同然だろう。
エドが何か悪だくみを巡らしているようなのでそれに乗ってみようと思う。
衛士は各領主が管轄する領地警察的な組織と考えてください。
騎士団は領主が権限を持つ軍隊ですが、形式上は最終的な指揮権を持つのは国王となります。
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