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司法省の混乱

【1】

 審判の件ではほんの数日で聖教会は音を上げた。

 音を上げたと言うより身動きが取れなくなったと言うのが正解だろう。

 囚人を送り付けた翌日からもう既に機能不全に落ちっていたのだ。


 そして翌日からもどんどお送り込まれる重犯罪者たち。

 その日の午後にはどの聖教会も扉を閉めて聖堂を取り巻く城壁の内側に誰も入れないようにしてしまった。

 その結果内務省より運ばれた囚人輸送車は檻の中に囚人を満載した状態で城壁のまわりに放置されるに至った。


 そもそも輸送のために詰め込まれた囚人だ。横になるスペースはおろかろくに座る事すらできない状況で放置されてしまった。

 始めは囚人たちの怒鳴り声や罵り声が響いていたが、夜半に至る頃には泣き叫び許しを請う声に変わっていた。


 その中には地下組織で権力を握る者や貴族特権で犯罪を働いていた者も多数いたが、司法省の職員が強引に配置換えされたため内務省職員の口述調書だけを付けられて聖教会前に放置されている。

 本来聖教会職員が読めば癒着や貴族特権で解放されると思っていた彼らは、その調書を取りに来ない聖教会に罵り声を上がながら立ったままで護送車の中で過ごす事になった。


 そしてその声を聞きつけた市民が聖教会を取り囲み始めている。

 囚人への聖教会の扱いに非難の声を上げる者もいるが、大半は重犯罪者に煮え湯を飲まされてきた市民だ。

 その内集まった群衆から石が投げられ始めた。


 その飛礫はいつしか護送車を飛び越して聖教会に投げ入れられ始めた。

 見かねた衛士隊が群衆を飛礫が届かない距離まで後退させてそれ以上混乱が大きくならないように配慮したが、聖教会側は聖堂から出る事を恐れ調書を受け取る事も無く、運ばれる護送車は増えて行った。


 護送車である。

 トイレも食事も水も無い状況で、囚人たちは飢えと渇きで糞尿にまみれた状態でのた打ち回っている。

 憐れんだ衛士が水桶と飼い葉桶を置いて行くが、扉を閉ざす聖教会に非難の声が高まって行く。

 そしてこの頃から市中での犯罪が激減する事となった。


 四日目に王都聖教会から使いが走った。

 聖教会の審問は教会法の教義に根差した真理に対するもので、世情に伴う些事や刑事事件を罰する物ではない。

 それらは全て王国が裁くべき事象であるから囚人を引き上げろ。

 これは王都聖教会が代表して発するラスカル王国教導派聖教会全ての見解だ。


 そう通達が成された途端に、王都においてはその日の内に運ばれた囚人が随時回収され始めた。

 元々収監されていた留置所は司法省の役員がいない為、内務省職員が監視して裁判が出来る状態まで管理すると言う暫定処置がとられ、彼らはそのまま収監され続ける事となってしまった。


【2】

「いったいどう言う事です宰相閣下! 内務卿のやり口は司法卿の私の権限に対する侵犯ですぞ」

「しかし王妃殿下の命で今回のハッスル神聖国との事案に対しての法判断は最重要事項であろう。刑法犯などの調査の些事に囚われ時間が足りぬと其方も申していたではないか」

「だからと言って刑法犯を聖教会に送り付けるなど…」

「審判を下すのは聖教会だ。教会法ではそうなっておるのではないか? 王国法でもその前例があるぞ。聖教会が王国法での審問を委ねた事案に対して裁定すると」


「その中に刑事や民事の些末な案件は入っていない。教会法は協議に関するものだけを裁くと言うのが慣例です。王国法で記載された事案は王国が裁く。その王国法が教義に適ているか教会法が審問する。聖教会教徒全てに対する審問を行うのが聖教会だと言うのが慣例だ!」


「その様だな。王都聖教会もそのような正式見解を持ってきた。それは聖教会の決定であるから了解したのだが、したのだがそうなると裁く機関や法が未整備でな。その間は囚人は留置所に収監されたままとなるので早急に司法省で検討を行って貰いたい。犯罪者の摘発や留置所の管理は内務省の衛士隊が行うのでそれにも注力いただきたい」

「我々はハッスル神聖国との問題で忙しい。しかし仕方が御座いません引き続きそちらにも人員を裂きましょう」


 不機嫌そうに出て行く司法卿の背を見ながらフラミンゴ宰相は吐き捨てるように言った。

「せいぜい教皇庁の尻を追いかけて媚びを売るような案件を手間暇かけて作っておるがいい」


【3】

「わたくしが思っていた以上に斬新な内容じゃな」

 王妃殿下は草案を見ながら思案をしている。


「母上、兄上、エヴェレット王女殿下もヨアンナも聞いて欲しい。聖教会勢力を排除するにはこの方法しかないのだ」

 ジョン王子は力説する。

 裁判官を選出するための組織は必要だが、官僚が推薦するとなると司法省を無くすことは出来ない。

 そうすれば裁判所は官僚の下の組織に成り下がる。

 そこで推薦者の候補の選定を別組織にして政府が指名し国王が任命する。


 ただその選定組織が問題であった。

 権威と権限を持たせるなら高位貴族の協力は不可欠であるから当然組み込む必要があるだろう。

 高位貴族の合議会とすれば権威も力もつけられるが憲法の前文に違反する上、教皇庁派閥を聖職者として名指しで排除したところで、その実家は有力貴族である。


 裁判官指名の議会を貴族に限定したところで聖教会勢力を排除することは出来ない。

 前文に違反しない議会が今回の制度だ。

 更にレイラ夫人の意見を入れて法の制定をその議会に委ねる事でさらに権威を高める事が出来る。

 選挙制度によって公平に聖職者も参加できるように見えて、実質は排除されるのだ。

 何よりこの制度では立候補できても教導派の聖職者の当選は難しい。


 そしてこの議会の議員については教会法から切り離すために宗派や種族の壁を取り払っている。

 清貧派や福音派はもとより周辺国の多神教などの異教徒も自由人の中に定義している。

 ラスカル王国に在住し税を納めている以上は何人もこの憲法から外れる事は無い。


 王妃殿下は草案を呼んでため息をついた。

 ジョンは自らが覇王になる事よりも賢王になる事を望んだのだろう。


 税収が明確になり取りこぼしが無くなると喜ぶ宰相の顔が浮かぶ。

 この先軍務省の財政を握り陸軍創設を画策するエポワス伯爵の顔が浮かぶ。

 ボードレール枢機卿よりも食わせ物のシシリア・パーセル枢機卿が狐のような笑いを浮かべている。

 そしてロックフォール伯爵が肉食獣のように瞳を光らせている。


 舌なめずりをする者は教導派だけでは無いのだ。

 実直で一本気なゴルゴンゾーラ公爵家が後ろ盾である事は幸いだ。

 ハウザー王国も後ろ盾になってくれるだろうから、この先エヴェレット王女が王室に名を連ねるならこの条文は外せないだろう。

 教皇庁が異を唱えるかもしれないが、異教徒であっても改宗する余地があるなら聖教会には文句は言わせない。

 なにしろ宗派や多神教や異教徒や種属に関係なく聖属性魔法は顕現するのだから、この事実は変えることが出来ない。

 すべての民に遍く聖人や聖女は顕現するのだ。


「国王の権限はかなり削られるであろうな。ただ任命拒否による再考は促せる。それに失政の責任は議会と政府に委ねられるゆえ、権威が揺るぐことは無いであろう。心しておけ、次期国王になろうと思うならどれだけ有能な臣下を政府と議会に配置できるか、国王派閥の議員をどれだけ握れるかに成否がかかって来るであろうことをな」


 今回草案を練った者たちも、手はずを整えた者たちもジョンが作った者たちだ。

 その者たちをしっかりと握り締めておけば道を違えることはないだろう。




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