エヴァン王子(2)
【2】
「ここからが正念場だ」
エヴァン王子が全員を鼓舞する。
ペルラン州の州境はかなり混乱しているようだが拍子抜けするくらいに警備は杜撰だった。
貴族女性を護衛する教導騎士の一団を装ってはいたものの頭巾を被ったエレノアやフィリピーナやウルヴァの顔の確認も兜をかぶっているエヴァン王子の確認もろくに行わずその言葉だけで州内に入る事が出来た。
「警備兵の話では戦力はモン・ドール侯爵領に集中させているようですな。州内の領主もかなりジュラに集められておるとか」
「だからと言って当初の計画を変える必要もないけれどできれば領主の居ない領を抜けたいわね」
警備兵から話を聞いた投降騎士にフィリピーナがこともなげに答える。
「領主がいる領地はすなわち教導派よりの反モン・ドール侯爵家を打ち出していると言う事で州兵も私兵団もかなり残っている上に教導騎士団はジュラに引き上げているはず。余を捕虜として連行するなら領主の居ない領地であろう。残存兵力も少ない上教導騎士団が残っておるだろうから都合は良いな」
「それなら反モン・ドール派の領地も確認して内通者を作れないかな」
エヴァン王子とフィリピーナの要望に投降騎士たちが頷く。
「それは道すがら対応して行きましょう。状況が見えればこの州の教導騎士団については勝手を心得ておりますから」
「そうだね。今から決めている方が突然の対応に窮する事になるかも知れないから臨機応変に。基本は投降騎士さんたちはエヴァン王子と、僕たちはエレノア王女と行動を共にする。これだけが基本。じゃあ、次の村で準備を整えて出発しようか。
【3】
南部から敗走してきた教導騎士団としてモン・ドール侯爵領手前の村の聖教会に入った一行は、その聖教会司祭に捕囚としてハウザー王国の要人を拘束しハウザー王国から帰国した留学生も同行ている事を告げた。
それを聞いた司祭自らが聖職者を引き連れて関所まで同行してくれた。
教導騎士団の装備をつけた一団に取り囲まれるように、集団の真ん中にエヴァン王子とエレノア王女一行が騎馬で進んで行く。
道中に集まった群衆はどちらかといえば留学生に対する同情の色が強い。
それでも多くの兵士が南部に駆り出されている現状では、その元凶になったエレノア王女たち留学生や敵国という認識の強い獣人属に激しい憤りを表す者も少なくは無い。
やはりここはモン・ドール侯爵家の、教皇派閥のお膝元だ。
獣人属であるエヴァン王子やフィリピーナとウルヴァに対しての目は特に厳しい。
一部の聖職者や貴族関係者らしきものの中にはこの騒乱の発端となったエレノア王女殿下たち留学生に不快を示す者もいる。
その為レレノア王女は罪悪感によって委縮してしまっている。
全体的にはエレノア王女に関してはハウザー王国に追いやられたことや獣人属のメイドしかつけられていない事から冷遇されているとの同情が多いのは州民自体が世情を知らなすぎるからだ。
「愚かしい事です。王都は当然ですが、メリージャでもゴッダードでも市民は私以上に世情をよく理解しておりましたのに」
「王女殿下、それは清貧派の都市だからですよ。ここから北に行けば一般農民は隣の州の名前すら知らないような土地が殆どですから。平民の半分以上が読み書きできる清貧派の街の方が珍しいのですよ」
「そうです。聖教会教室が無いところは、今までは高いお布施を払って聖教会でそれも許されたものだけが読み書きを教えてもらえたのです。今はイヴァン様たちのご尽力で職業訓練素に通う事が出来るのですが」
フィリピーナとウルヴァの言葉に自慢げな顔で頷くイヴァンに対してイヴァナが悪態をつく。
「兄貴なんか名前を考えたくらいじゃねえか。一番頑張ったのはイアン・フラミンゴ様だって聞いたぜ」
「そんな事はございません。私はお手伝いいたしましたがイヴァン様は色々と的確に意見を述べておられました」
「なんだよウルヴァは兄貴如きの肩をもつのかよ」
「そんな、私は事実を申し上げただけで」
「イヴァナ、俺はお前とは出来が違うんんだ」
「そんな事はございません。イヴァナ様もご立派です」
そんなストロガノフ兄妹の緊張感の無い会話にエレノア王女は思わず吹き出してしまった。
「殿下、ここは母君の御実家の領地。殿下が誹りを受ける謂れはございません。さあ胸を張って領内に入りましょう」
そう言ってフィリピーナがエレノア王女を鼓舞する。
そして鳴り物入りで一行はモン・ドール侯爵領に入ったのだ。
【4】
「ジュラに籠っている教導騎士団が動く前に奪還する必要がある。関所から連絡が入って迎えの騎士団が到着するまで猶予は多く見積もっても一日。今日の夜に宿泊の為に宿に入るまでだ」
「目的はハウザー王国の要人の奪還と留学生の確保。出来る事なら留学生の身柄と引き換えにマルヌ騎士団長の解放を要求する。エレノア王女は寵妃殿下の実子であられるし、他の留学生であってもみな枢機卿か大司祭の息女だ。不敬とは思うがこれ以上の手札は無い」
「帰還教導騎士達は全部で十二名。捕囚達のそのお付きが四人で全六人。全部で十八人だが、戦力は教導騎士と留学生の護衛が二人だ」
「しかしお供はセイラカフェメイドだろう。侮る訳には行かん」
「戦闘になれば最悪、相手は十六人だ。ハウザー王国要人はこちらの目的を告げれば協力してくれるだろう。ハウザー王国の騎士でかなりの使い手だと聞いているからな」
「俺たち州都騎士団第七分隊十二人でやれるところまでやる。死んだ者や重症者は置いて行け。俺たちの目的は拘束されている団長と幹部騎士の解放だ。リューク・モンドールは教皇たちに踊らされている様だが爵位簒奪者など王妃殿下やジョン王子殿下が許すはずなど無い。リチャード殿下もバカではない。何が重要かは理解しているだろうさ。そうなればこんなバカな計画は先が無い事は明らかだろう。なら俺たちが礎になっても王権を守り抜く」
ジュラ州都騎士団の造反部隊はペルラン州の州兵のネットワークを持っている。
早くから不審な一群が州内に入った事を聞いていた。
そして監視を続けていたが、今朝彼らが聖教会を発ち司祭達と共にモン・ドール侯爵領に向かったとの事、そしてその一団が南部からの敗走兵であろう事か留学生とハウザー王国要人を人質として連れている事を知らせた来たのだ。
現在領内には原隊を離れて展開している造反分隊が最低でも五分隊は居る。
たぶん連絡はとれていないが他にも造反している分隊はかなり居るだろう。
時間さえあれば連携を取っている他の四分隊と共同歩調を取れるのだが如何せん時間が少なすぎる。
まずは敗走教導騎士団が捕縛している捕虜の奪取からだ。
仲間の分隊とは連絡を取る手段はいくつかあり、定期連絡の手紙を指定の隠し場所には投函している。
領内には協力者の居る村もいくつかある。
行き当たりばったりの戦術ではあるが動かなければ事は変わらない。動けば大きなチャンスを掴める。全滅したところで自分たちが死ぬだけだ。
それにエレノア王女の随員やエヴァン王子はこちらの味方とまでは言わずとも抵抗せずに賛同してくれる可能性も高い。
急遽集合した造反兵の第七分隊は装備を整えてすぐさま敗走教導騎士団の一行を追いかけた。
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