王宮執務室(2)
【3】
「なぜこんな事が起きるのか? それは国法の上に教会法が有るからです。教会法が王国法の上に存在するならばこの体系を変えれば良いのです」
「簡単に申してくれるなあ」
「其方の申す事は判るが出来るのか。千年続いておる聖教会と諸王の摂理であるぞ」
宰相閣下と王妃殿下は眉根に皺を寄せながらも口元は笑っている。
たぶん私の策に対する期待が有るのだろう。
「考えは有ります。司法省とは別に裁判所を独立させるつもりです。告発するのは内務省と司法省。裁くのは国務の雑事迄聖教会を煩わせる事は必要ないでしょう。ですから新設の裁判所が全て取り仕切ります」
「聖教会の権限を教義に関する者だけに絞らせると言うのか」
「今までだって実際の裁定は内務省や司法省が行っていたのです。それを効率化して何が悪いのです」
私としてはこれを契機に司法権を行政から分離独立させたいのだ。
最終的には立法権も行政からの独立を図るつもりでいるがまずは第一段階である。
「ハッスル神聖国はもちろん聖教会からも反発が来るぞ。それの対処は考えているのか?」
「取り敢えず、教導派聖教会には機能不全に陥って頂きたいのです。宰相閣下、今後の政局の対応に人手がいるので犯罪者の裁定を聖教会に戻していただきたいのです。それも盗賊や強盗などの殺人や傷害に問われた者について公平に一人づつ裁定するように聖教会にお命じ戴きたいですね」
「わかった、わかった。護送車で各聖教会に被告人を直接送りつけよう。ついでに司法省の裁定官は全員配置換えをして今回の北海の内乱の裁定にかからせよう」
「それで其方は裁判所設立の手筈を秘密裏に整えると言うのじゃな。その承認をわたくしたち王族にさせようと言う魂胆か」
リチャード王子とエヴェレット王女は事態の成り行きに追いつけず困惑している。
ヨアンナもそこ迄理解している訳では無いようだが、私を信頼してくれているようだ。
「おい、セイラ・カンボゾーラ。其の方の腹の内、それだけではあるまい。今の策で出来るのは国務に関する裁定を聖教会から切り離すだけだ。初めの其の方の口ぶりでは教会法と王国法の立場を逆転させるような申し方ではなかったか?」
ジョン王子が核心を突いて来た。
さすがに成績で私と張り合うだけあってこの男は鋭い。
「その様に思われましたか?」
「ああ、そうとしか思えなかったな。この俺相手に口先でごまかせると思うなよ」
「…、結論を申しましょう。王国法と教会法の序列はそう簡単に変えられないのは教会法に基づいて王国法が作られたから。ならばその上に法を作ってしまえば良いのです。ラスカル王国の全ての人民が従うべき不文律を」
「たかだかそんな事でこの序列が覆されるのか? わたくしは甚だ疑問であるがな」
「ええ、当然今のような考え方の上に構築された法ならばそうなるでしょうね」
「何を考えておる!」
王妃殿下の顔つきが険しくなった。
「その法に従うべきものは全ての人民。ラスカル王国内にいるものは全てその法の下に等しく遵守する義務を負うのです」
「それが今と何が変わると申すのだ?」
王妃殿下の顔に困惑が広がる。
「お前、それは…」
宰相閣下は気付いたようだ。
「セイラ・カンボゾーラ、答えになっていない…あっ! そう言う事なのか」
ジョン王子も答えに行き着いたようだ。
「…不敬とは言うまい。しかし、いや、俺は賛同しても良いが」
「ジョン、一体どう言う事じゃ」
「母上、兄上。こ奴の申しておる事は我ら王族もその法に従えとと申しておるのです。裁判所は王族すら裁くと」
「そっそれは不敬では無いか!」
「兄上、そこまでしなければ王国法が教会法を覆るのは無理なのだ。要はそこで明記される王室の権限や権利次第と言う事になる。さいわいにして我が国の王族は国王陛下かその代行の承諾のみで法を行使できる権限がある。その権限で一部の諸侯や聖職者の不満は排除する事が出来るのだが…」
さすがはジョン王子だ。
その行き先迄含めもう検討を始めている。
これは検討会のメンバーに入れるべきなのだろう。王族が入れば権威が違って来るしな。
「王妃殿下、その法の策定にはジョン王子の参加をお認め頂けないでしょうか。策定に王族が入っていると言う事なら諸侯も納得しやすいと思うので」
「俺なら良いぞ。なにより其の方に全て任せると俺の足だけ引っ張るような案件を上げてきそうだからな」
「ジョンが異存が無いなら私から言う事は無いかしら。でもセイラの顔は何か良からぬ事を考えているような顔なのかしら」
ヨアンナ、鋭い。
でもあなたの不利になるような事はないから大丈夫だよ。
「分かった。ジョンが納得しているなら俺からは言う事は無い」
「僕は元々が他国の者だしまだ婚約が決まっただけなので何も言う権限は無いと思っているよ。すべてリチャード王子殿下に従うよ」
これでジョン王子とリチャード王子の了承は取りつけた。
「行いたい事は理解致した。国王陛下がいない今を突いて王家に承諾させようと言う魂胆か。教皇庁の横やりが入りそうではないか」
「ならば国王陛下に直接ご認可いただくまでに御座います。委任状など以ての外。王都に帰って臣民の前面でご認可なりご否決なり致していただければよいかと」
「否決されたところで国王陛下は帰って来る。そうで無ければわたくし達が代わりに承認する。それに転がり始めた石は止まらんだろう。代替わりすれば認可されるのであろうなあ」
そう言って王妃殿下は溜息をついた。
「ヨアンナの申す良からぬ事とはそう言う事か。…良い! 草案次第だがその策に乗ってやろう。納得がゆくものならば認可致す。細かい内容は詰めるとして大筋だけでも確定すればこの五人で認可致そうぞ」
「それでは王妃殿下、早々に人選を行い検討に入らせましょう。まあ人選はこ奴が考えておるようですがな。そこで極秘裏に進めるとなると場所で御座いますが、王妃殿下の離宮をお貸し願いたのです。今ならば王太后もご不在。あの離宮に来るものも…多分この先おられまいと思うのですがな」
宰相閣下、王太后を死ぬまでゴルゴンゾーラ公爵邸に監禁するつもりだな。
「これで司法卿と司法省は国権から排除できると言う事だな。で、初代の裁判所長はお前が成るつもりか」
宰相閣下は更に私の意図を深読みしているようだ。
「それも草案で検討対象ですが、私としては宰相閣下のご推薦による者を王家が承認する形が望ましゅうございます。更に世襲を防ぐ為任期制を敷いて査定を行うよう進言いたしますが草案の製作者たちに委ねとう御座います」
「それは了承しよう。それでセイラ・カンボゾーラよ、其方の人選はジョン以外に誰がおるのだ?」
「先ずイアン・フラミンゴ様。先々王室の側近になられるうえ宰相閣下との連携にも都合が良いかと。そして内務省からカミユ・カンタル内務官。あとはルーシー・カンボゾーラ子爵夫人とレイラ・ライトスミス夫人です」
「高位貴族がおらんのは利害が絡まん為であろうが、ジョン以外は上級貴族や下級貴族の縁者だけか。ライトスミス夫人と申すのは平民であろ。意図を聞かせて貰おうか」
「まず直接の貴族の利害が極力入り込まぬ様に、そして法律や政治だけでなく経済にも明るい者をと言う人選です。元より私が信用のおけるものばかりです」
「それで新たなる法は王国法に変わるものであろう。名は付けたのか」
「はいラスカル王国憲法と名付けようかと考えております」
「国の根幹をなす法か。良い名じゃ。その名も含めて承諾致そう」
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