王宮執務室(1)
【1】
私は宰相閣下を通して王妃殿下への面会のアポを取っていた。
官吏ですらない私が簡単に宰相殿下に簡単に話が通じるのもそこから王妃殿下に伝言が通ると言う事も有ってはならない事なのだが、これこそがそこまで王家と宰相に絡めとられていると言う証左なのだ。
「宰相閣下、カミユ・カンタル内務官を拝借できないでしょうか。これからの王妃殿下との話次第ですが場合によっては直ぐに始めなければならなくなるかもしれませんので準備だけでも」
「内務省の方に部屋を用意しようか。それとも別に? それからほかに人はいらんのか?」
「ならば王妃殿下の離宮の方が良いかと、それからイアン様もお願い致します。後は私の方で二人手配しておりますので」
「フム、イアンを入れるのか。らしからぬ人選じゃな」
「私が信用できる方で法務関係に御強いのはカミユ様とイアン様くらいしか思い至らぬので」
「其方に選んでもらってイアンも鼻が高く…は無いだろうな。あ奴ならひとしきり文句を言うぞ」
「以前の職業訓練所の件で実力は存じ上げていますので、イヤミも含めて気心は知れておりますから」
「何を考えているか知らぬが準備をさせて二人を向かわせよう」
私は宰相閣下と王宮の国王執務室に入る。
そこには王妃殿下と両王子殿下、そしてヨアンナとエヴェレット王女殿下の五人が控えていた。
「何やら密談の用じゃが、他の四人は外させても良いぞ」
「いえ。これからの王族の存在にも関わる事ですので御一緒していただく方が好ましいと考えます」
私としてはまだリチャード王子を全て信用するつもりは無い。
もちろん王族としての自覚もこの二年で出来て来たようだし学生時代の行状も収まっているが、ジョン王子ほどの頭が回る訳でもなくまだまだ周りに踊らされやすい甘ちゃんだと思っている。
だからこそ腹芸の利かないこの男には一緒に残って貰って今後の方針の中にどっぷりとつかって貰う事にした。
何より手綱を引けるエヴェレット王女がいる。
この二年エヴァン王子がいたとはいえ女子上級寮で信奉者を集めて一端の派閥を作り動いて来たのは実力だろう。
その筆頭があの嵩上げ令嬢だとしてもだ。
なによりラスカル王属の抱える闇も見知っているし、婚約受諾の時の咄嗟の判断力と決断力はさすがは武人だと思う。
ジョンとヨアンナは言わずもがなだ。
ジョン王子殿下の能力や胆力は私も認めてやる。
ジャンヌに手さえ出さなければな。
「ならばわたくしたち王族と宰相と其方以外は座をはずせ。呼ぶまでは茶も何もいらん。カプロン、部屋には誰も近づけるな」
王妃殿下がそう告げるとメイドや護衛騎士が音も無く部屋から去って行った。
「それでは其方の腹の内を聞かせて貰おうか」
王妃殿下が不敵に笑った。
【2】
「単刀直入に申し上げます。司法卿を排除したいと思うのです」
「これは大胆な事を申すな。相手は古くからの宮廷貴族。それも伯爵であるぞ。それを排除せよと」
「王妃殿下も同じようにお思いのはずです。この有事においてあの省は邪魔です。いえ、害しかありません」
「おいおい、宰相のわしのを前にしてそこ迄申すのか」
宰相殿も解って言っているのがよく解るがここではっきりと経緯を説明して了承を貰わねばならない。
「司法省は一々教会法を盾に足を引っ張りに来るでしょう。本当に教皇庁に裁判による裁定を要請するかもしれませんよ。マルケル・マリナーラ聖堂騎士はよくあの場で言ってくれたと安堵いたしました」
「ああ、一年の時の奴とは見違えたよ。それを考えれば俺はまだまだガキだ」
「ジョン殿下がガキなのは今に始まった事ではありませんが、司法省はいまやハッスル神聖国の内通者で売国奴です。国の官僚の中枢にそれが救っているのですから」
「其の方一々俺に当て擦りを言わねば話が出来ぬのか。まあ其の方が言う通りなのだろうがそれでも司法省は一つの省だぞ。問題点をひとつづつ解消して行くのか? そんな時間は無いぞ」
「そうね。何が問題か考えてみましょう。先ず王国法で出来る事は多くあるわ。ハッスル神聖国以外に対してはね」
「しかし相手がハッスル神聖国となると話が違うと申したいのか」
リチャード王子が口を開いた。
「ええ、でも少し違うんですよ。教導派聖教会に対しても同様の事が言えるのです。教導派聖教会に対して実質的に司法省は手が出せない。聖教会の犯罪行為を告発できても裁判権は聖教会の審問所が裁く。この構造がそのままラスカル王国とハッスル神聖国との、教皇庁の関係です」
「それでは我が国がハッスル神聖国に異を唱えても裁定は教皇庁がすると言う事なのか。それまで父上も母上も幽閉されたままなのか? エヴァン王子やエレノアも捕まって命を脅かされると言うのか?」
今更と言えば今更なのだがリチャード王子も事の重大さを認識したと言う事だ。
「エヴァン王子もエレノア王女もその身の安全は保障されるでしょう。教皇庁もそこ迄現状が判らぬほど愚かではないでしょうから」
「なぜそう言い切れる!」
「落ち着かれよリチャード王子殿下。僕も不安は残るがセイラ嬢がそこまで言い切るなら理由はあるだろうからね」
リチャード王子とエレノア王女が自分の意思で出奔した事を誰が知っているのかは分からないが、リチャード王子には知らされていないのは確かなようだ。
「国王陛下と寵妃殿下は人質です。もしその身に何かあれば言い訳は出来ないでしょうし、ハッスル神聖国が居座る事も難しくなる。そしてエヴァン王子殿下の命が失われればハウザー王国の軍事介入が可能になります。王妃殿下が国内の通行を許可すればハウザー王国の軍がハッスル神聖国に襲い掛かる。何よりそうなれば次期王座はエヴェレット王女が継ぐことになるのですからね」
「エレノアは? エレノアはどうなのだ。俺が言える立場では無いがあいつは不憫な娘だったのだ。それでも耐えて来たのにこれはあんまりだろう」
以外にもリチャード王子殿下の口からその言葉が発せられた。
「エレノア様もエヴァン王子殿下と同様です。ハウザー王国でも南部諸州でもエレノア様の人気は絶大です。だから彼らも手出しできませんよ。だから安心して」
「ああ、ああ。第一王子のくせに情けない男だと自分でも思うが、この期に及ばねば肉親を失う事の不安に気づく事も無かったのだ。つくづく甘えた男だったと思うが許してくれ」
「それで、セイラ・カンボゾーラよ。其方はどういう考えを持っておるのだ?」
「先ほど申し上げたすべての元凶は教会法に有ります。教会法はすべて聖典の内容に基づいて判断されるので幾らでも教皇庁の都合がよいように曲解できる上、都合が悪ければ何年も引き延ばす事すら可能なのです。そして場合によっては教皇権限で審問を割愛する事すらできる」
「それは先ほども聞いたぞ」
「なぜこんな事が起きるのか? それは国法の上に教会法が有るからです」
しばらく朝一話更新にします
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