北部攻略(1)
【1】
泣き続ける私の頭を義妹のルシンダが撫でてくれる。
オスカルは私が泣いている理由が分かっているのでルシンダを膝の上に乗せて落ちないように支えている。
そこに扉が開いてフィリップ義父上とルーシー義母上が入ってきた。
二人は私の様子を見て状況を察したのだろう。
フィリップ義父上は黙って入室してきたが、ルーシー義母上はまた涙が込み上げてきたようで私の横にしゃがんで私の肩を抱いて泣き出してしまった。
「カータマ、ネータマ、ナカナイーー」
私とルーシーさんが泣くのでルシンダ迄泣き出してしまった。
抱き合って泣く三人をお母様はまとめて抱きしめて言う。
「今は泣きなさい。そしてその後は二度とこう言う事を起こさない為に一緒に考えましょう」
オロオロと突っ立っているフィリップ卿と何も言えずボーッと座っている父ちゃんを見ているとつくづく思う。(俺)も含めて男ってやつはこういう時には本当に役に立たないなあ。
私は意を決すると涙を拭いて立ち上がった。
(俺)はお母様の言葉を実現しなければいけないんだ。
もう二度とヴァランセ団長の轍を誰にも踏ませてはならないのだから。
「お母様、南部で何が有ったか北西部の状況はどうなのか教えてくださいまし」
「おい、俺は屋敷を襲って来た刺客たちをこう両手に持った手斧で…」
「あーー! もうそう言うのはいいのよ」
「それなら俺は二千の兵員をだな…」
私(俺)も生前の事を思い出すとこんなものだったんだろうな。
何より自分の武勇伝を誇りたいのは人情なのだろうが今聞きたいのは南部の情勢だ。
「少なくとも五人の近衛騎士がゴッダードに入り込んでいたようですね。我が家を襲ったのが三人、それに市庁舎を襲撃しようとしてウィキンズに倒されたフーリー・シュレッド騎士とシェブリ近衛大隊長」
カプロン卿の話によれば北大隊は任務内容がら少数で極秘に活動している様で、特に十二中隊は六十人ほどで王家の国王や寵妃やその縁者の警備が目的と言う建前だが、王太后と教皇庁やモン・ドール一族の謀略機関の色合いが強いそうだ。
その中でシェブリ伯爵は直属の小隊を動かしているのだろう。分隊単位で動くので多分五人がゴッダードに襲撃に来ていたのだろうと言う推測だ。
シェブリ伯爵以外は捕縛されているのが、伯爵本人の行方は杳として知れない。
「シェブリ伯爵は逃げ延びたのかしら」
「あの男の事だから逃げおおせてると思うがな。それで俺たち家族は王都の方が安全だと言われてな」
「それはうちもだ。カンボゾーラ子爵領はカマンベール家のルーク殿に取り仕切って貰って王都に出て来たんだ」
やっぱり私の卒業式はついでじゃないか。
「と言う事は南部や南西部はとりあえず終結したんだね」
「ええ、南部派遣軍はカンボゾーラ領に一旦集結して今度は北部に転戦する準備を整えていますわ」
ルーシー義母上も涙を拭いて答えてくれた。
【2】
ただそうなると落ち着いた南部の状況から考えて分からないことが数多く残っている。
何より不可解なのはエレノア王女が居ないと言う事だ。
イヴァンたちはエレノア王女の護衛に残ったのだと思うがそれなら指揮を執るはずのカプロン卿が帰還しているのも解せない。
エヴァン王子殿下もまだ南部やハウザー王国福音派の慰撫に努めているのかもしれないが、本来なら早急に王都に戻るべきだろう。
立太子の為に本国に帰還したのであればそれなりの発表があるはずだ。
それなのに何もなくいきなりのこの帰還は解せないことだらけなのだ。
式典の折でも王家やその関係者の間にかなりの混乱と動揺が走っていた。
王妃殿下たちにはもう報告は入っているだろうからすぐに招集がかかる事になるだろう。
それまでに情報は知っておきたい。
「それでエレノア王女殿下はどこにいるのですか?」
その言葉に父ちゃんが顔を上げた。
「ちょっと説明し難いんだが、今はどこにいるのかわからねえんだ」
「えっ? どういう事?」
「市庁舎から姿をくらましたんだ。おっと待て! 最後まで聞け。戦闘が全て片付いて、エヴァン王子が敵兵に投降を呼びかけたんだよ。それで大半の兵が王子に従った。そりゃあ打算もあるだろうが王子の言葉に感銘を受けたものも多い」
「それをエレノア王女は側で見ていらしたの。ルクレッア様方も今日と同じように民衆に謝罪成されて。直に戦って負傷したり戦死した遺族の方もいたのでそのお心は皆を癒したのよ。それで王女殿下は感じた事が有った様で」
「でもそれで失踪って、誰も止めなかったの?」
「イヴァン様とイヴァナさんがついて行ったようね。それにフィリピーナとウルヴァも。何よりエヴァン王子殿下がご一緒のようなのだけれど、北に向かわれた様なのよ」
「ハウザー王国では無く北へ?」
「投降した教導騎士達が一緒なんだ」
「それじゃあ攫われた可能性が!」
「落ち付け。二人の置手紙が有る。手紙はカプロン卿が王妃殿下に届けていると思うが、内容は見せて貰った。エレノア王女殿下を奪還してエヴァン王子を人質にしたと偽ってジュラに乗り込むつもりのようだ。本来はエヴァン王子と教導騎士達、まあ投降した福音騎士もかなり混じっているがその一団で行く予定だったものにエレノア王女が便乗した形だな。フィリピーナが覚悟を決めたようだから滅多な事は起こさないだろう」
「父ちゃん! 良くそれで納得できるねえ」
「納得した訳じゃねえ! ただカプロン卿が後を追いかけようとしたみんなを止めたんだ。現役の伯爵に責任は自分の命で取るとまで言われりゃあ退くしかねえだろう」
もし失敗しても二人の命は保証されるだろうか。
こんな事は考えたくないしカプロン卿は信用しているが、政治的には二人の命はそこ迄重たくない。
ハウザー王国ではどうだかわからないが、もしエヴァン王子が命を落としてもラスカル王国にはエヴェレット王女がおりリチャード王子殿下と婚姻してハウザー女王として即位するなら国としては都合がいい。
エヴァン王子の考えている事は自分が敵の懐に入る事によって揺さぶりがかけられるからだと踏んだのだろう。
カプロン卿がそこ迄の事を望んでいるとは思わないが、二人の身の安全は保障されていると踏んだからこの出奔を許したのだろう。
だからと言ってイヴァンやイヴァナが無事で帰れるとは保証出来ない上に、フィリピーナやイヴァナは獣人属として迫害の対象となる領地へ赴くのだ。
そんな事にエレノア王女を巻き込んだエヴァン王子を今は恨めしく思う。
昔から私と一番気が有っていたフィリピーナを決して私付きにしなかったグリンダの考えが今更ながらによくわかる。
自分が腹を括って命を懸けてでも守ると決めたら勢いで走り出すのは私と同じだからだ。
あの暴走メイドの考えている事は手に取るように判る。
胃が痛くなるほどに。
改めて今まで周りにこんな思いをさせて来たのかと思うと自分の行動を悔いるばかりだ。
それならば私は私でエヴァン王子やエレノア王女の為にもこれ以上の流血を防ぐべく対処しなければならない。
「お母様! ルーシー義母上! 当分寝る事が出来ないでしょうが腹を括って下さい。もうすぐ王妃殿下か宰相閣下より招集がかかるでしょうから御同行をお願い致します」
「「おいセイラ。俺たちも」」
「父ちゃんと義父上はオスカルとルシンダの子守りが有るでしょう。二人を泣かせたら承知しないからね!」
「「おっ、おう」」
泣いてばかりもいられない
それなら立ち上がってできる事を始めよう!
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