王立学校の異変
【1】
いつもならもっと浮ついた雰囲気を醸し出す王立学校は、ピリピリとひりついたような空気が支配していた。
七月を迎え本来なら卒業式と卒業舞踏会に向けての噂話が飛び交い舞踏会のドレスや食事の話題で持ちきりなのだが、今年はそういう訳には行かないようだ。
本当ならば卒業舞踏会の翌日に控えるジョン王子とヨアンナ公爵令嬢の婚礼の式典や舞踏会でのエヴェレット王女へのリチャード王子のエスコートなどの話題で近年以上に華やいだ宴になる予定なのだがそういう空気ではない。
そして南部についても社交界で大きな影響力を持っているファナ・ロックフォール侯爵令嬢が王立学校にいなくなっている。
卒業式のドレスの受注から舞踏会の料理の発注まで、王立学校内で活発に動き回っているのはエマ・シュナイダーくらいのものだ。
そのエマ・シュナイダーですらいつもとは真逆で、採算を度外視してエヴァン王女の舞踏会とヨアンナ公爵令嬢のドレスや装飾に意匠を凝らし、パーティーのメニューにも高級食材を搔き集めている。
当然世情に疎い下級貴族令嬢や平民達でも今の国内事情の不穏当さはもう感じ取っている。
なによりこの時期になると派手に動き回る北部貴族たちが軒並み姿を現していないのだ。
特に卒業対象の三年の北部女性貴族たちが領地に帰って戻って来て居ないのは異常事態である。
北部や北東部を領地とする上級貴族の一部が寮に帰って来ていないのだ。
北海方面でポワチエ州とオーブラック州の間で内戦がおこっているとの噂はもう王都中を駆け巡っていた。
それ以前からアルハズ州のマンステール伯爵令嬢や州内の領主貴族は王立学校に登校しなくなっていた。
教導派にも清貧派にも顔の聞くエポワス伯爵令嬢はエヴェレット王女の婚約以外の話題については露骨にはぐらかしてばかりいる。
それでも夏至祭の前に教皇の治癒にアジアーゴまで行っていたカンボゾーラ子爵令嬢が戻って来たので、事態は収束するかと思えば今度はファナ侯爵令嬢の不在である。
【2】
ゴッダードから南部の事態は一旦収束したとの連絡が来た。
詳細こそわからないが軍務卿から告げられた情報では、ア・オーから送られた援軍二千がシェブリ伯爵家の教導騎士団に背後から襲い掛かり、教導騎士団はほぼ壊滅状態となったそうだ。
南部国境を侵犯したハウザー王国の第一王子軍もほぼ壊滅させられてハウザー王国国境へ押し返されたと言う。
サンペドロ侯爵家からは一早く国内で反乱を起こした反動勢力が越境脱出を企てた事に対する陳謝の書簡が来ていると言う。
ラスカル王国とハウザー王国の口裏合わせであるが、国境侵犯ではなく反乱兵の逃亡という形で終息しつつあるようだ。
国家間や州間での政治的解決はともかく、私は身内の安否に対してヤキモキしていた。
当然私の故郷であるゴッダードの街には父ちゃんやお母様やオスカルやアンがいる。
それにライトスミス商会の職員やメイドたちも私の家族同然だ。
幼馴染の家族や聖教会の聖職者も言わずもがなである。
クロエとルカの兄妹もハウザーに派遣されているし、ウィキンズやイヴァナやイヴァンたちもエレノア王女殿下の護衛についている。
ケインやテレーズだってハウザー王国でも危ない目に遭っているようなので心配は尽きない。
留学生たちは無事のようだけれど警備の人間の安否など伝わってこないし、場合によっては政治的判断でいなかったことにされる可能性だってあるのだ。
そのエレノア王女殿下たちだって、私がゴッダードで色々と手配して送り出したのだから他人とは思えない。
とにかくみんな無事であってくれと願わずにはいられないのだ。
そんな中ハッスル神聖国からラスカル王国に対して警告が発令された。
ラスカル王国がハッスル神聖国とハスラー聖公国の枢機卿と教皇を不当に拘束し帰国を阻んでいると言う言いがかりだ。
これに対してハッスル神聖国は駐留させている教導騎士団を持って枢機卿の開放に動くと言うのだ。
言いがかりの上での宣戦布告ともとれる話である。
教皇庁は既に同調する(ハッスル神聖国に武力と金で抑え込まれて属領化している)領地を連ねてモン・ドール侯爵領のジュラまで回廊を作っている。
ハッスル神聖国は迎えの名目で北東部国境のショーム伯爵の治めるアナトー州に教導騎士団を送り込みその回廊を使てペルラン州を含む北東部の教皇派地域を連ねて支配下に置いてしまった。
ここに来てとうとう王宮はこれまでの状況を発表し、国王陛下と寵妃殿下が爵位の簒奪者であるモン・ドール教導騎士団長によって拘禁されている事を発表したのである。
それに引き続いて南部方面での騒乱についても正式な見解が明かされる。
筋書きはこうだ。
ハッスル神聖国はハスラー聖公国が農奴廃止に動き出したため、農奴の供給源を無くしている。
そこでハウザー王国の福音派総主教に反発する農奴容認派司祭達を唆してハウザー王国から農奴を得ようと企み王国内で反乱を起こさせた。
しかしそれに失敗した為ラスカル南部の清貧派領を国を追われた福音騎士団を教導騎士団に組み入れて襲わせ、その支配地域を農奴の供給源にしようと図った。
そして南部騎士団に撃退された教導騎士団はハウザー王国で反乱を起こし鎮圧されかかった農奴容認派福音教徒を唆し、ラスカル南部の主権をエサに侵略を企て西部の教皇庁よりの領内に二千の兵力を越境させ駐屯させた。
そしてあろう事か二千騎のロワール教導騎士団をその侵略の増援に送り込んだ。
果敢にも南部諸州は団結し領土を守り抜いた上北西部よりの二千の援軍を得て、撃退して壊滅させたのだ。
そしてとうとうハッスル神聖国はラスカル王国北部の諸州を併合して農奴の供給地とするべくこうして侵攻を開始したと言う事になっている。
すでに国内の主たる貴族家はこれまでの動きを把握しているので改めて騒ぐことはなかったが、南部での騒乱はここ迄大ごとになると思っていなかったため衝撃は大きかった。
何より南部を責めた戦力の半分は教導騎士団である。
そもそもハッスル神聖国の目論見は初めから北海沿岸州の併合で、南部の騒乱を助長したのは北部侵攻の為のラスカル王国の兵力分散を図ったためだ。
招き入れた福音騎士団とゴッダードの戦闘に教導騎士団が介入し福音騎士団をゴッダード州都騎士団ごと撃破してハウザー王国の侵略から南部を守ったと言う大義名分を持ってブリー州を掌握してしまおうと考えていたのだろう。
それがゴッダード州都騎士団に福音騎士団は簡単にあしらわれ、大量の捕虜から目論見が漏れた上に途中の各領地からの抵抗でゴッダードへの到着も遅れてしまった。
漏れた情報から教導騎士団の南下を知った南部諸州はゴッダードの北で幾重にも防衛網を張って迎撃に出た上、後詰めとして唆して派兵させたジョージ第一王子の軍団もファナタウンの西岸で足止めを喰らっていた。
そこに躍りかかった南西部の援軍により壊滅の憂き目にあったのだ。
お陰で国内では教導派は裏切り者と言う審判が下され、西部地域のハスラー王国との国境近くでは教導騎士団に与した領地と周辺領地の小規模な内戦が発生している。
関係しなかった教皇派西部領地は今は息をひそめる様に沈黙してしまっている。
そして市井では王妃殿下の発表を受けて教導派に対する不満と憎悪が爆発していた。
そのために今は王立学校でもハッスル神聖国への怒りと批判が渦巻いている。
一部エヴァン王子やエヴェレット王女に対する批判を口にする者もいるが、農奴廃止を唱え清貧派を標榜する二人に対しても支持が大きい。
何より国に帰れば立太子が確実なエヴァン王子と、ラスカル王国の第一王子であるリチャード殿下と婚約するエヴェレット王女に対する期待が大きいのだ。
教導派憎しの声は王都以外でも顕著で一部地域では市民による教導派聖堂や大司祭への襲撃も起こっているようだ。
またこの事態によって東部や西部で清貧派に宗旨替えする聖教会が多数現れている。
そう言った保身から宗旨替えをする司祭連中の弾き出しもこれから大変になって来るだろう。
ラスカル王国では一挙に教導派聖教会への不満が爆発
国中が反ハッスル神聖国に舵を取り始めたようです
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