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エレノア王女の決断(2)

【3】

 しかし市庁舎の二階の重傷者処置室では未だに多くの負傷者のうめき声が響き渡り、今でも周辺の戦場後から重傷者が運び込まれている。

 この二階の緊急病棟はまだ戦争が終わったわけではなかった。

 当然のことながらこの病棟では退院して行くものがすべて回復したものであると言うわけではない。


 四人に一人は帰らぬ人となり遺族と共に運び出されて行く。

 今でもケインたち以外に遺体の前で涙にむせぶ遺族たちが数人るのだ。

 四人の留学生とカンナとルイージはそういった遺族の横で一緒に泣く以外にかける言葉も出来る事も無かった。

 それでも遺族たちは彼女たちに深々と頭を下げて礼を言ってくれる者が殆どだった。

 幼い留学生たちにはそれが辛くてたまらなかった。


「エヴァン王子殿下は敵兵にまで頭を下げられたと聞きました。敵味方関係なく兵を死なせて住民を巻き込んだのは王侯貴族の責任だと仰って」

 エレノア王女がそう辛そうに言った。

「それでも今回の事は教導派聖教会の、私の祖父や父たちの責任です。教皇庁が行った悪行です。そしてその一族に私は連なっている。それが悔しくて恥ずかしくてなりません」

 ルクレッアがそう言うと泣き崩れた。


「ルクレッア様は何も悪くないっす。今までも教導派の間違いを指摘してルイージたちを守ってきたっすから。悪いのは私っす。留学生になれば伯爵家の養女になれる。前よりはよい暮らしができると思って安易に養女になった私みたいなものがいたからこんな事になったっすよ」

 シモネッタ・ジェノベーゼ伯爵令嬢の言葉もルクレッアには慰めにならない。


 全ての元凶である教皇家の末席に生まれ、ハウザー王国へ追い払われるように留学に出された挙句、実家から暗殺の刺客を送られ続けてきた。

 本来守ってくれるべき肉親がすべて敵に回り、母国に対してまで反逆を企てているのだから。


「シモネッタは教皇派の事も聖教会の事も何も知らないで留学生になったけれど、私は聖教会がどんなところか知っていて何もしなかった。教皇庁の腐敗は叔父上からも忠告を受けていたのに」

 アマトリーチェ・アラビアータ伯爵令嬢が唇をかみしめる。


「皆、出来ること以上の事をやっている。本来ならラスカル王国では予科の二年生ではないか。成人も迎えていない其方たちが何も気に病む事は無いのだ。余とてこうやって兵に謝罪する以外に何の手立ても打てなかったのだから」

 そう言ってエヴァン王子はエレノア王女の肩に手を乗せてつづけた。


「余などより我が妹の方が優れておる。知識はあっても何も出来ず手を拱いておった余と違い、妹はラスカル王国との軋轢を回避し獣人属の民を守るために即座にリチャード王子との婚約を決断したのだ。余はそれに感化されただけだ」

「私はそのジョージ王子との婚約が嫌で逃げ続けた結果がこのざまでございます」

「それは違うぞ。その婚姻を受ければこの先も農奴が泣くことになった。ラスカル王国でも獣人属の迫害が続いたであろう。王女殿下の選択に間違いはなかったのだ」


「そうでしょうか? 私は民の為では無くただ感情だけで逃げ続けたのです。王女としては最低の行いではなかったのでしょうか?」

「それでもだ。その結果救われる人間が多くいるのならそれは間違っておらぬ。王女殿下も他の留学生も胸を張れ。この病棟は王女たちへの感謝の声で溢れておるではないか」


 それまでのエヴァン王子との会話を聞いていた傷病兵やその家族たちが口々に留学生たちを称賛しだした。

 誰しもがエヴァン王子たちの言葉を尤もだと感じたからだ。


 しかしそうとは感じられぬ者がいた。

 四人の留学生たち本人だ。

 褒められるほどに死なせてしまった傷病者に申し訳なくてたまらなくなるのだ。


「私たちにもっと力が有れば、治癒の技術が有れば死なせる事は無かったでしょうに」

「何よりこの方々は私たちを守るために戦ってくださったのにそれに報いる事が私には出来ない」

「お顔を上げてください。そうして実家からさえ命を狙われてまで私たち市民の側についてくださるご令嬢様方に治癒して頂けたことで私たち家族は十分報いられております」


 まだ遺族に罵られた方が罪悪感も少なくなるかもしれない。

 それなのにそうやって遺族にまで慰められる自分たちは本当に役に立っているのだろうかと疑問すら湧いてくる。


「私、聖堂に参ります。イヴァン様御同行願えませんか」

 アマトリーチェ伯爵令嬢が思いつめたような表情で立ちあがった。

「それは構わないが、俺で良いのか? 何の用事があって聖堂に行くのだ?」

 イヴァンの問いかけにアマトリーチェは涙をこぼしながら答えた。


「私が代表して亡くなった方々や遺族の方々にお詫びの懺悔を行いに参ります。今回の事件には私の父のアラビアータ枢機卿も関わっている筈なのです。ならばその娘である私には償うべき罪があると思うのです。これでも枢機卿家で育ったのです。せめて弔いの祈りと罪の懺悔だけでも致しとう御座います」


「それなら私も同じっす。私は自分の私利私欲でこの留学に立候補したっすけれど今までこうして守られ続けて、私にそんな値打ちは無いっすよ。元々商人の娘の為に死んでいった人たちに申し訳ないっす。アマトリーチェ様、一緒に連れて行ってください。弔いの懺悔の方法を教えてください。お願いしますアマトリーチェ様、私も連れて行ってください、お願いです」

 シモネッタ伯爵令嬢がアマトリーチェのスカートに縋って泣き始めた。


「参りましょう! みんなで参りましょう。もしこれで命を落とすならそれは本望です。ルイージとカレンもこの国ならばジャンヌ様に託すことが出来ます。なにより光の神子のセイラ様に後事を託せば憂いなど御座いません。諸悪の根源たる教皇の孫である私が行かなければ懺悔には成りません。この中で最大の罪人は私なのですから」

 ルクレッア侯爵令嬢が立ち上がって歩き出す。


「それならば私こそすべての…」

「なりません! 王女殿下だけは何一つ罪がないのです。これは罪人の懺悔です!」

 エレノア王女殿下の言葉を遮りルクレッアがピシリと言い放った。


「イヴァン一人では心元のう御座るな。拙者も同行致そう」

 そう言うとカプロン卿がサーベルを掴んで立ち上がった。

「ならば、王女殿下の護衛はケインとジャクリーンさんたちに、イヴァナ! 君も王女殿下の騎士になるのだろう。フィリピーナしばらくの間警護を頼むぞ」


「アーア、又僕は居残りかい。いつもいつもウィキンズは後始末を押し付けやがって」

「まあそんなに愚痴るなって。なあルイージとカンナはベルナルダと一緒にここで暫く留守番をしておくれ。ジャクリーンおばさんが歌を教えてやるからさ」

「弔いなら聖職者である私が」

「テレーズ聖導女、今はケインと一緒に彼の伯父さんの弔いをしてやってくれ。ケイン! お前の任務はエレノア王女殿下とテレーズ聖導女を、それにライトスミス家の皆を守る事だ。もちろん三階に避難している子供たちもだぞ」


「待ってくれウィキンズ。俺は…」

「いや待たない。お前がやる事は任務を遂行する事だろう。感情に流されてヴァランセ団長が喜ぶのか? 涙を呑んで任務を遂行したノルマン副団長に顔向けが出来るのか」

「分かった。エレノア王女殿下。今は辛抱して欲しい。あなたの行った事は皆認めているしルクレッア様の言う通り国王陛下はこの教導騎士団の襲撃に加担した訳でもない。今あなたが行けば、国王陛下迄罪人の誹りを受ける事になるかも知れない。あなたはあなたの成すべき事を行っているのだから」


 ケインの言葉が終わらぬうちにルクレッアたちは血で汚れたドレスのまま市庁舎を出て行った。


ルクレッアたちは立ち上がる事を決意しました

それに共感しつつも立場上同調できないエレノア王女は


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