ジョージ・ディッケルク・ハウザー第一王子
【1】
腹が立って仕方がなかった。
ラスカル王国との婚姻による友好関係の樹立を思いついたのはこの俺だと言うのにその手柄を掠め取られたのだから当然だろう。
ジョージ王子の頭の中ではそう事実が変換されている。
話を持って来たのは福音派総主教だ。
婚姻も捨てられ王女なのだから形だけのもので、それでもラスカル王国の後ろ盾が得られるならと飛びついたのだから友好関係はどはなから頭になかった。
生意気な王女に軽くあしらわれ、何がどうなったのかエヴェレット王女とラスカルの第一王子の婚約が成立し、エレノア王女は帰国する事になってしまっていた。
その間ジョージ王子は全て蚊帳の外に置かれ、事態が決した時はもう手遅れの状態だった。
朗報も有った。
愚物のヘブンヒル侯爵がルクレッアの暗殺を試みて廃嫡されて第三王子が失脚。その第三王子派の勢力の一部が彼の派閥に付いたのだ。
王都で人気の高いテレーズ聖導女が重傷を負ったと聞き、それでエレノア王女の帰国が取りやめになるかと期待したがそうはならなかった。
その上その件が不満だったのか福音派総主教が離反してしまったのだ。
総主教がテレーズを気にっていた事は知っていたが、たかだか平民の修道女如きに何を考えているのか理解が出来ない。
そしてとうとうテレーズ王女は帰国の途についてしまった。
伯父のプラットヴァレー公爵が手を回してデスティラドーラ子爵を唆して王女一行を襲撃させたが、あっさりと反撃にあって撃ち殺されてしまった。
裏で手を回したマエストリ州のマエストリ伯爵も何らかの処罰を受けそうだ。
結局なすすべも無くエレノア王女たちはサンペドロ州に辿り着きメリージャに引きこもってしまったのだ。
こうなればもう武力で取り返す以外の方法は無いだろう。
そもそも栄光あるハウザー王国の第一王子夫人になる予定だったものだ。
高貴なる血には迎えられる妻も高貴でなければならないのだ。
もう彼には作られた結論以外に見えていなかった。それ以外の選択肢は彼の頭の中に入る余地はなくなっているのだ。
そして伯父のプラットヴァレー公爵もそれに輪をかけた視野の狭い短絡的な思考の持ち主であった。
止めるどころか後押しをする方法を考えているのだから。
そんな公爵家にもたらされた使者はラスカル王国のペスカトーレ枢機卿の代理人と名乗った。
メリージャ大聖堂のダリア・バトリー大司祭と今回の総主教の変心に不満を持つ人属福音派司祭達が共謀して教導派への改宗とラスカル王国への越境保護を求めていると言うのだ。
そして福音騎士団を越境させて教導騎士団と共にエレノア王女一行を襲撃すると言うのだ。
ただ兵力的に少数なので奇襲以外の方法では確保は難しいのだと言う。
後詰めの援軍が欲しいのだ。
越境はプラッドヴァレー公爵家の息のかかったジョージアムーン州の領主に手配させれば良いと言う事だ。
「伯父上、これが功を奏すればエヴェレットの婚約は反故になる。その上で俺の婚姻でその汚名を返上しサンペドロにも一泡吹かせる事が出来るのではないか」
「おお殿下、その通りだな。それに詫びとしてラスカル王国にブリー州の割譲を迫る事も出来る。そうなれば次の王座は間違いないであろうよ」
「ならば俺が親征せねば意味があるまい。デイッケルクの旗を立てて打って出ようでは無いか」
「ならばこの公爵自ら先陣を仕ろう」
こうして愚者は戦場に赴いて行った。
【2】
話が違う。
こんな事は聞いていない。
奇襲に出たはずの福音騎士団と教導騎士団の連合勢力は万全の布陣で待ち構えていたグレンフォード州都騎士団と対峙し一歩も動けない状況に陥っていた。
後詰めで待機していたジョージ王子旗下の一千騎は敵の虚を突いて一気にファナタウン迄駆け抜けて敵の殲滅にかかろうとした時側面から一千騎のラスカル王国兵が襲い掛かって来た。
後ろに回り込まれ西と北から攻められる状況で、ファナタウンの敵兵は一気に渡河して正面を突いて来た。
三方を囲まれて続出する離反兵の為に総崩れになった第一王子軍はジョージアムーン伯爵が討ち取られジョージ王子とプラッドヴァレー公爵はわずかな兵に守られて辛うじて戦場を西に敗走しジョージアムーン州との国境を戻る事が出来たが、そこに待ち構えていたのはヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢率いるサンペドロ州兵だった。
【3】
「不敬であろう! 俺を誰だと心得ておるか!」
「街程度の大きさしか持たんデイッケルク州の小領主で、無断で越境侵略を試みた戦争犯罪者だな」
「無礼な! ディッケルク州は国王陛下直轄領で…」
「それを預かりながら陛下のお顔に泥を塗ったバカ王子が貴様だ!」
「ふざけるな! たかが女の分際でよくもこの俺に大きな口を叩けたものだな。俺が王位に着けば貴様など」
「つければな。その前にその首が明日までその胴に繋がっているかを心配する方が先だと思うがな」
「貴様は俺を手に掛けると言うのか」
「それは私では無く陛下の命じた首切り役人だろう」
「俺は第一王子だぞ。そんな事有り得る筈が…」
「無い訳無いだろう。お前の犯した罪はそれに値するんだ。少なくとも州を二つ道連れにして首が飛ぶんだからその価値は誇れば良い。プラッドヴァレー公爵、あんたもバカな真似をしたな。今頃国王陛下の軍勢がプラットヴァレー州の州都目指して進軍しているぞ。この事態の報告も今早馬で国王陛下のもとに送らせた。もう廃嫡は確定だろうな」
プラットヴァレー公爵抗う気力も失せたのか口を開く事もしていない。
ヴェロニクはジョージ王子に向かって話を続ける。
「そもそも侵攻はプラットヴァレー公爵に任せて大人しくしていればよかったのだよ。ならば最悪言い逃れも出来て臣籍降下でプラッドヴァレー公爵家を継ぐ事も出来ただろうにね。まあ二人してエヴァン王子の下で静かにしていれば継承順位は二位のままで当分は安泰だったのにな」
「黙れ! 名を腐して生きるくらいなら華々しく散るべきであろうが」
プラッドヴァレー公爵が俯いて歯を食いしばったまま吐き出すように言葉を発した。
「そしてこうやって名を穢して死ぬ事になるのだろうな」
「そうやってほくそ笑んでおればいい。プラッドヴァレー州には我が一族が残っておる。すぐに州境を越えてこちらに向かうに決まっておる」
「そっ、そうだ。俺が、この俺が、この第一王子のジョージ・ディッケルクがおるのだ! 笑っておれるのは今だけだからな」
二人の叫び声にヴェロニクは薄ら笑いを浮かべた。
「出兵の準備が整うまでに何日かかるのかな? 何よりこの惨状の知らせがつく頃には国王陛下の軍勢がプラッドヴァレー州の州都に達しておるのではないかな」
プラッドヴァレー公爵の顔色が変わった。
「いったい何を申しておる。陛下の軍勢がどうしたと言うのだ!」
「数日前の福音派造反司祭と福音騎士団のラスカル王国での盗賊行為に対して管理不行き届きを咎める為に今頃はプラッドヴァレー州にご出兵あそばされておるはずだ。今回の行為が三日もすれば国王のお耳に入るのではないかな」
翌日の朝には特別に仕立てられた立派な馬車に一人づ乗せられたジョージ・ディッケルク第一王子とプラッドヴァレー公爵、そして幹部の貴族たちがジョージアムーン州の主街道を南下して王都に向かっていた。
馬車はお召し仕様の非常に豪華な物であった。
違うのは扉や窓が取り払われて太い鉄格子が嵌められていると言う事だけだった。
第一王子派は完全に壊滅
反乱貴族たちはジョージ王子と共に反乱派の領内を進んで行く
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