サンペドロ州特使
【1】
十騎の騎馬兵が中央街道を南にひた走っていた。
いやそのうち一人は乗馬服姿の貴族女性であった。
後の九人は軽装の近衛騎士の装備であるがそちらも先頭を走る二騎のうち一騎は女性に見える。
全員軽装で兜も被っていないので長い髪が目に付くのだ。
当然先頭を走るのはヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢で轡を並べるのはルカ・カマンベール近衛騎士団第七中隊長だ。
その後ろに七騎の近衛七中隊の精鋭一分隊が付き従う。
その真ん中で近衛騎士に守られて疾駆しているのは内務省からの特使であるクロエ・カマンベール内務書記官であった。
「其方、セイラ・カンボゾーラの従姉らしいな。中々優秀だと聞いておる。なら箔付けだ。特使として行ってこい」
昼に訳の分からないまま内務卿の一存で特使に任命されて、その日の夕刻にはもう発つ事になってしまった。
特使書簡も辞令さえも出発の直前に渡されると言う事態である。
内務省での協議には参加して話も聞いていた。
セイラの提言も理に適ったものだ。
それにセイラがヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢と親しい事も何となくは知っていたが、だからと言ってなぜ自分が指名されたのかさっぱり理解できなかった。
宿舎に帰り旅装を整えて荷物を持って集合場所の近衛騎士団に赴くとすでに特使の護衛の近衛騎士団の準備は整いヴェロニクと兄のルカが馬上で談笑していた。
「いや、ここは近衛の護衛として気心の知れた俺が行くのが得策かと思ってな」
「ルッ、ルカ殿は私が気を使わぬ様に親切に名乗りを上げてくれただけで他意はないのだぞ」
二人は聞きもしないのに何やらもごもごと言い訳を始めている。
卒業してから近衛騎士団に顔を出す機会も減っていた。
クロエは激務に追われ残業に明け暮れてウィキンズと合う時間もろくに取れ無いのにこの兄貴はと怒りが込み上げてきたがグッと飲み込んだ。
ウィキンズはいまゴッダードに居る。
この任務が終わればすぐにゴッダードに向かおう。事後処理や何やらでしばらく滞在できるだろうから
それだけを糧に今日を頑張ろう。
そうでも思わなければこのブラック職場でやって行けないのだから。
【2】
王都から中央街道をひた走り、夜を徹して駆け抜けた。
途中で馬を何度か変えてどうにかパルメザン迄走り抜けた。
この街で一泊して、この後は又一昼夜走り抜けてそこからは船便で一気ファナタウン目指す。
そこからメリージャ迄は半日だ。朝に出れば午後には到着する。
クロエはクタクタになりながらパルメザンの街に辿り着いた。
同期のシーラ・エダム男爵令嬢からこの街には古くからセイラカフェがあると聞いていたが侮っていた。
パルミジャーノ州の州で一番大きな株式組合であるパルミジャーノ紡績株式組合の社屋の一階が全てセイラカフェなのだ。
三階建ての建物の二階の半分がライトスミス商会の事務所でヴェロニクが事務所長に何か告げた後、クロエがセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の従姉だと聞くと何故か大歓待を受けた。
疲れ果てたクロエは湯に浸かる間も惜しんで食事を済ますと眠り込んでしまったが、他の九人はまだセイラカフェでカツレツと酒に舌鼓を打っていた。
軍人とはやはりタフなのだろうと思いつつ眠りについた。
【3】
翌朝は日の出とともに出発に準備をするが、兄も辺境伯令嬢もかなり酒臭い。
この二人は任務を何と思っているのだろうかと思うと情けなくなってくる。
分隊長が怒る私をとりなして、あの二人は馬に乗れば態度が変わると言ってくれたが、クロエ達の目的は行軍する事でも戦闘する事でもない。
サンペドロ辺境伯に国境沿いの警備の増強と第一王子派プラッドヴァレー公爵領への出兵の依頼の為だ。
着いてからの交渉こそがすべての要なのだ。
実際に馬に乗ると二人の態度は改まり昨日と同じペースで行軍が続いた。
このまま中央街道を進み続けても良いのだが、南部に入る前に蛇行する大河のどこかで船を徴用して一気にファナタウンまで下る方が早くメリージャに到着する。
パルメザンからは西部を斜めに走り、大河を目指す。
日が暮れて夜の騎行になるがそれでも馬の速度はほとんど落ちていない。
街道が整備されている事もあるが、やはり近衛騎士団の技量が卓越しているのだろう。
クロエの馬も近衛騎士たちが交代で誘導してくれる。
夜の西部の平原を駆け抜ける騎馬隊の流れに乗って進んでいると分隊長の大きな声がした。
「中隊長西の方角を見てください」
「おう、おっ。あの光は、かなりの数だなあ」
「あのあたりに街はねえ。それにあの横に長い隊列で規則正しく並んでいるのは野営をしている部隊の様ですぜ」
「敵か味方か」
「あの規模ならば教導騎士団だろうな。アヴァロン州の遊撃部隊なら東岸側を、それもこんな内陸部を前進するだけで時間の無駄だ。なにより船で河を下るだろう」
「規模的に千から千五百といったところか」
「この規模の軍から奇襲をかけられればゴッダードはともかくファナタウンは危ないぜ」
「警告は入っているし、援軍も出ているから滅多な事は無いだろう。城壁の無いファナタウンでも二日持てば確実に撃退は可能だ」
「でもその二日で被害が広がれば」
「ロックフォール侯爵もバカじゃない。市民の大半はゴッダードとグレンフォードに避難させているはずだ」
「兄上、私たちに出来る事は無いのですか」
「バカ野郎が、だからこうやって夜をかけて走っているんだろうが。教導騎士団の連中は四日かけてロワールからまだこの距離で野営している。その間に俺たちは先行して進めるだけ進む。その時間を作るのが使命なんだ。余計な事は一切考えるな」
「そう申すなルカ殿。こうやって旅程で知った情報を持ち帰る事は大きな成果だぞクロエ殿」
「しかし中隊長。この行軍は遅すぎねえか」
「どうせ奴らの事だ。輜重部隊など連れてねえ。行く先々で徴用と言う名目で略奪でもしてるんだろうぜ。そのせいで足を取られてやがるんだ」
「ならこの先俺たちも騎士団長の所の嬢ちゃんの真似をしながら走らねえか」
「どう言う事だ?」
「こうやるんだよ。教導騎士団が略奪に来るぞ! みんな奴らを村に入れるな! 教導騎士団が略奪に来るぞ! 奴らを進ませるな!」
「こいつは良いや! 街道筋の村々に一晩中告げて回ってやろうじゃねえか」
「おう! 盾を打ち鳴らせ! 十六の娘っ子に負けるなよ。野郎ども!」
そこから大きな音を立てて警告を叫ぶ一団が夜通し西部の各領地を抜けて走り去っていった。
【4】
千三百の兵を率いて南下してきた教導騎士団は西部領地の途中から村々の抵抗が激しくなった。
どの村も柵を降ろし徴用に対して金銭の要求を繰り返してきた。
周辺の聖教会も門を閉じ居留守を決め込んでいる所が見受けられる。
それでも領主家や聖教会の司祭に圧力をかけて兵糧を提供させ、場合によっては金を払ってまで買い付けを行った。
領主や司祭への交渉だけでも時間がとられて歩みが遅れるが、だからと言って西部で無駄な戦闘を行えば兵力も時間も消耗してしまう。
徴用を諦めて理不尽な金銭要求を呑んで、最低限の兵糧を購入して手形で支払いを行いながら進んだ。
二日かかって大河の東岸近くに辿り着いた時対岸の後方に輜重隊らしき軍勢が移動しているのを発見したと物見の騎士から報告が入ったのだった。
入省してからは救貧院解体に北海の海賊騒ぎそして治癒術士制度の改革、内務省はブラック職場
クロエの激務の元凶は実は自分の従妹とは知る由まない
↓の☆☆☆☆☆評価欄↓を
もし気に入っていただけたなら★★★★★にしていただけると執筆の励みになります。




