南部からの凶報(3)
【5】
ちょうどそのタイミングでボードレール枢機卿とジョアンナ枢機卿の兄妹がパーセル枢機卿を伴って姿を現した。
「今回はわが教区である南部の騒乱でありその上教導騎士団が関わっておると聞きました。さらには福音騎士団を教導騎士団が配下に加えたとも聞いております。これはグレンフォード大聖堂も係わりが無いとは申せぬ事と考えて馳せ参じました」
「これは助かった。三枢機卿が来られたならなら聖教会の対応もお任せできるというもの。助かりました」
どうもこれはフラミンゴ宰相も枢機卿たちに使いを出していた様だな。
タイミングが良すぎるじゃないか。
それに続くように今度はエヴァン王子とエヴェレット王女が護衛の二人の留学生とヴェロニクと共に入って来る。
「馬車の中で概要は聞きました。ただこの事態は余の国や父王陛下の本意では無い事はお汲み取り戴きたいのです」
エヴァン王子の詫びの言葉に被せるようにエヴェレット王女が話し出した。
「リチャード王子殿下、王妃殿下。今すぐに僕が特使に立ってこの身を張って奴らを成敗いたします。サンペドロ辺境伯の軍勢を借りてすぐにでもプラットヴァレー公爵領に攻め入りましょう」
気が逸っているのだろう。
ヴェロニクも後ろで頷いて何考えてるんだ。そこは年長者として止めろよ。
「それはさせん! お前はもうラスカル王国の王子である俺の婚約者だ。それを身の危険がある前線に送るなど国の恥だ! お前がプラッドヴァレー公爵に捕まればハウザー王国との今の友好関係も潰えてしまうのだぞ」
慌てた様子でそう怒鳴ったのは意外にもリチャード王子だった。
「しかし。はい、わかりましたリチャード殿下」
私としてもエヴェレット王女の事だから一番に前線に赴こうとするだろうとは思っていたので止めるつもりではあったが少し意外に感じている。
「僭越ですが、今エヴェレット王女がおっしゃられた特使はどなたか国内から代表を立ててその仲立ちをヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢にお願いいたしたいのですが」
私が立ち上がりそう発言すると留学生の事情を知らない諸侯たちがざわざわと話し始めた。
「ヴェロニク様は次期のサンペドロ辺境伯で騎士の称号もお持ちです。さらにはエヴァン王子やエヴェレット王女の従姉にあたられるので最適かと存じます」
「如何かな? お頼み申し上げて宜しいか」
フラミンゴ宰相の言葉にヴェロニクは勢い込んで頷く。
「否やはございません。この身をもって父を説得し直ちにあちらの第一王子派を攻め滅ぼしてごらんに入れましょう。それで特使なのですが、出来うる事なら危険が伴うので武人を、近衛騎士団の中隊長クラスの方を付けて戴ければが好ましいのですが」
「判った。それは考慮致そう」
おい! トラ女! そこでこんな個人事情をぶっ込んでくるのか。
「それともう一つ。枢機卿の方々にはこれからの教導派のハッスル神聖国との交渉の場に於いて王都に留まっていただかねばなりません。かといってグレンフォード大聖堂はこの先南部で教導派や福音騎士団と戦いになれば最前線になる可能性もあります。そこでグレンフォードには大聖女ジョアンナ様に赴いていただきたいのです。ジョアンナ様ならば南部の民の慰撫もハウザー王国との仲立ちも教導派の説得も可能。最適任だと思います」
私が教導派を連呼することに露骨に顔を顰める領主もいるが、会場全体には教導派=敵といった印象が醸成されつつあった。
「それは一理ある。グレンフォード生まれの我が妹ならば枢機卿職も賜っておるし教導騎士団でも迂闊に手を出せぬ。済まぬが行ってくれまいか」
ボードレール枢機卿は聖女ジョアンナに向かい頭を下げた。
「時間が惜しいので今すぐに出発の準備を行いましょう」
ジョアンナは挨拶もそこそこに席を立って出て行った。
そして最後は本命である。
「僭越ながらエヴァン王子殿下にもお願いの儀が有ります。ジョアンナ様と共にグレンフォードに向かっていただけませんでしょうか」
この私の発言には王妃殿下もフラミンゴ宰相も驚いた顔でこちらを見た。
「もしも国境を越えてジョージ・D・ハウザー第一王子が来た場合に兵に向かっての説得をお願いしたいのです。教導騎士団に対してはジョアンナ様が同じことをなさるでしょう。どちらに非があるかを説けば無用な流血が防げるかもしれません。お頼みすることは出来ないでしょうか」
王妃殿下も宰相閣下も驚いた顔をしているが止めなかった。
頭の中で利害を考えているのだろう。
第三継承権を持つ第三王子は臣籍降下されている。
第一王子は今暴走している。
このまま抗争になればハウザー王国は内戦に入るだろうが、もう一方の旗頭はエヴァン第二王子だ。
そのエヴァン第二王子が国外にいれば友軍の士気にかかわる。
状況を見て国境を封鎖される前に即座に動ける場所で指揮をとる事は有効であるしラスカル王国の軍勢を率いて第一王子派を挟撃できればその先頭に立ち援軍を連れてきた英雄である。
ラスカル王国の息のかかったエヴァン王子がラスカル王国の大聖女と共にハウザー王国に凱旋すれば今後ラスカル王国の影響力は計り知れない。
「もちろんそのつもりです。余が動かずしてこの紛争を止めることは出来ぬと自負しております」
「しかし先ほど兄上の申したように客人として迎えた王子を前線に送るのは」
ジョン王子が口挟むのを王妃殿下が押しとどめた。
「ジョンよ。エヴァン王子のお立場を理解してたもれ。わたくしも心苦しいし我が国の恥になるやもしれぬ。しかしそれを我が国が被ってもエヴァン王子には立ってもらわねばハウザー王国で戦火に喘ぐものが増えるのじゃ」
王妃殿下はそう言ってハンカチを取り出して涙をぬぐう。
…涙なんて出てねえぞ。
「エヴァン王子殿下。妹のエヴェレット王女はしっかりと我が王宮で預かりました。何が起きようとも教皇派の者どもには指の一本も触れさせませぬゆえご安心下され」
そう言って王妃殿下がエヴェレット王女を見てほほ笑む。
当然だろう。
エヴァン王子にもしもの事がおこればエヴェレット王女はその次の継承順位を持つ第四子なのだから。
第二王子派の残存兵力を率いて次の女王に祭り上げるつもりだろう。
王妃殿下としては第一第二王子が共倒れになってエヴェレット王女とリチャード王子の夫妻にハウザー女王として君臨してもらうのが最善手だろ。
そんな思いを知らず、ジョン王子は壇上を下りてエヴァン王子の両手を取って握りしめると言った。
「この二年で培った俺たちの友情はこの先も潰えない。必ず生きて戻ってくれ」
「ああジョン王子、この騒乱などすぐに終わる。余は必ずここに戻って、その時は一緒に酒を酌み交わそう」
何か二人して死亡フラグめいたことを言いながら涙を流して抱擁している。
まあエヴァン王子を死なせるつもりは無いが予防線は張っておこう。
「ボードレール枢機卿様、ジョアンナ様、もしもの時は何をおいてもエヴァン王子殿下のお命をおも守り下さいませ。王子殿下に傷でもつければそれこそ南部武人の恥。御武運をとは申しません。血を流さずにすべてを収められることが何よりのご功績と思召してくださいまし」
「了解いたした。余は誰も傷つけづ全てを収める事を誓う」
そう宣言すると留学生たちはエヴェレット王女を残してみな席を発って出て行った。
「エヴェレット王女、そしてセイラ・カンボゾーラ。其方らはこの後わたくしの離宮に来てたもれ。ポワトー枢機卿にも我が離宮で療養して貰う事としたのでな。ボードレール枢機卿とパーセル枢機卿が連れて来てくれる。何かと物資の調達のが有るのでエマ・シュナイダーが弟とか申すものを連れて待っておるし」
そう言ってニヤリと王妃殿下が笑った。
口では政治に首を突っ込むのを拒んでいる風で結局は他国の貴族や聖教会まで顎で使っているのは何処のどいつだ?
おまけに王宮であの男まで動き始めているし…
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