東部国境の異変(2)
【3】
「後は国内の状況ですな。諸侯がこののち如何出るかでしょう」
内務卿が話を続ける。
いつの間にか大きな地図が張られた黒板が運び込まれていた。
「北西部は問題ないかしら。すでに戦闘態勢は整っていつでも動ける状態になっているかしら」
北西部の諸州はアヴァロン州を中心に戦時体制にすでに移行している。カンボゾーラ子爵領とカマンベール子爵領は軍事基地としての役割を担っており兵力の大半がすでに移動済みである。
「最北端のシャピは我ら海軍の補給基地である。ルーション砦を軸にアリゴの北の漁村を前線基地化しておる。北海の流通は実質シャピ商船団と海軍によって封鎖されておる。北海沿岸部のオーブラック州を含む西半分は我らの勢力範囲だ」
そしてアルハズ州の沿岸部まで進出するのも直ぐだろう。
アルハズ州に王国軍に抗う兵力も気力も物資すらないも無いのだから。
問題はアジアーゴの商船団とダッレーヴォ州だけだ。
北東部国境はハッスル神聖国軍に同調する州がいくらかあるだろう。
アラビアータ伯爵家は領地を明け渡すかもしれない。
そうなればジュラ迄の回廊が開く事になり、ハッスル神聖国軍は必ずペルラン州のジュラ迄侵攻して国内の教皇派教導騎士団と合流する事になる。
「東部諸州は国境線沿いを押さえられる。北部教皇派領も東半分は我らが押さえておる国軍管理の貴族領じゃ。教皇庁の教導騎士団は北東部の国境から越境して北に迂回しながらジュラを目指す事になるだろうな」
宰相閣下がそう言って地図を鉛筆で塗りつぶして行く。
直接脅威になる州はダッレーヴォ州から北東の国境沿いの一州と国境から少し東に入る二州、そしてペルラン州だ。
「問題は西部だな」
「西部北方はカブレラス公爵が押さえられております。パルミジャーノ州は軍用道路が整備されておるので西部中央の軍の駐留地となっており即座に王都に向かって兵を展開できますぞ」
クルクワ男爵の報告にストロガノフ子爵満足そうにうなずく。
「ストロガノフ卿! これは怪我の功名と申すのだ。貴様の下らぬ嫉妬と野心が負の遺産がタマタマ功を奏しただけだぞ」
「結果論でも良いわ。この状況で力になったのだからな」
「フン、全てはセイラ殿の先見の明が有っての事だ」
持ち上げてくれるのは嬉しいがここでケンカは止めて欲しい。
「まあ、我ら西部東側の中央街道に面する地域は先ず問題ないでしょう。北西部諸州と州境を接する地域では一部流通の流れが変わって割を食っておる領地が有る。日和見を決め込む州もある。教皇派閥の強硬派も点在しておる。同じ事が南部の発展に置いて行かれた南西部山岳寄りの領地も起きておる」
二人の喧嘩を引き取った海軍の実務を取り仕切るエダム男爵が説明する。
「しかし紛争地域とは距離が有り連携している訳でもあるまい」
内務卿の言葉に軍務卿は首を振る。
「ああ、脅威とまでは言わん。しかし散発的でも蜂起されれば被害はでるし放置するわけにもゆかんのだ。周辺の日和見州が勘違いでもしようものならかなりの被害が拡大してしまう」
「王太后ですね」
私が発現すると軍務卿が頷いて私を見た。
「今となっては厄介な人物の命を助けたものだと恨みたくなるがな。あの様な状態でも要らぬ口を開けばそれに賛同する者も引き摺られる者もおるのだ」
「ナデタ、其方何か良い手立ては考えつかぬか」
「大妃殿下! 私のメイドに手を汚す様な事をお命じなると言うのですか!」
「そう怒るな。王太后の不審死はどのような状況でもわたくし達に罪を問おうとする者が出てくる。そこ迄は申さん」
「ならばどうせよと」
「この事態を耳に入れぬ方法は無いか。或いは耳に入ってもあのお方が口をつぐむ方法がな」
「ナデタにも難しいでしょう。王太后の離宮には獣人属が接触する事は出来ないでしょうし、もし接触できたとしてもあらぬ疑いをかけられるだけです。確約は出来ませんが私が動いてみましょう」
「グリンダ、あなたがそんな事をする必要は」
「状況によると南部にも火の粉が降り懸かる事態になりかねません。可能性があるなら芽を摘んでおきましょう」
「それでは朝一番で直ぐにも召集をかけてたもれ。わたくしが国王陛下の名代として教皇猊下宛てに教導騎士団の即刻の退去と国王陛下の王都への帰還を要請致す。ジョン、其方もリチャード王子と連名で署名して貰う。ここでの打ち合わせはジョンとヨアンナは与り知らぬ事として通せ。何か問題が発生し罪を問われた場合わたくしの独断として処理するでな」
「セイラ・カンボゾーラ一緒に来い。内務官僚も集めて打ちあわせだ」
王妃殿下はヨアンナたちに火の粉がかからないように配慮しているのに、宰相閣下は私を火の海に引き摺り込むつもりかよ。
「こののち朝一番で諸侯会議が行われる。その間にお前たちには北海周辺の状況の詳細や今後の対策などの打ち合わせを行っておけ。補給や武器調達、終戦後の復興の計画まで含めてな」
おい、私はホントーに官僚なんかじゃないからな。
【4】
夜中からサンドイッチとコーヒーで会議漬けだった。
ノース連合王国との戦後処理の時を思い出す。
夜中から早朝にかけての会議の後に私は内務官僚と共に内務卿の下で流通や資材調達の計画を立てていた。
「銃はどの程度準備できる。砲はどうだ」
内務卿はフス戦争をこの世界で始めるつもりのだろうか。
「ダプラ王国とギリア王国の内戦でダプラの漁民が大砲を乗せた手漕ぎのドラゴンボートで海賊船を沈めたのだろう。なら馬車に積んで移動砲台として使えんか。海軍では砲や銃が戦闘の勝敗を決している。陸戦でも試させて有効なら投資も考えたい」
今ある武器の流通は対応するが、軍事企業化は御免被りたい。
私は死の商人でも殺し屋でもない。
綺麗ごとを言うようだが軍務卿も内務卿も私に何を期待しているのか知らないがその汚れた手で触れられたくはないのだ。
さすがに昼近くになって思考力も低下している様だ。
諸侯会議は夜中の打ち合わせの内容に沿った方針で了承されて動き出したようだ。
特にジュラのモン・ドール侯爵家に送られた書簡にリチャード王子が署名したことは意味が大きい様でその結果日和見の西部諸領の代行者が賛同し直ぐに諸侯の趨勢が決定した。
ジュラの教皇充ての書簡は諸侯会議の前にすでに発送されており実際には後追いの追認のようになっているのだがそれは明かされていない。
そんな報告を聞きながらソファーで仮眠をとっているとゴルゴンゾーラ公爵家から呼び出しが入った。
王太后殿下がまた倒れたと言うのだ。
王妃殿下の離宮に呼び出しがかかり《《たまたま》》診療の為に赴いていたキャサリン修道女が応急処置を施したと言う。
そして彼女の提言でアナ司祭やカタリナ修道女、そして私がいるゴルゴンゾーラ公爵家に運び込む事が得策だと言われてゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂に運び込まれたと言う。
…グリンダ! 何をやった!
ハウザー王国国境から中央部を占める広大な西部地域はまとまりが無い
そして火種も多く抱えるこの地域に王太后の影響力も強い
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