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ファナタウンの戦い(3)

【6】

 ゴワーン! ゴワーン! ゴワーン!

 陣地に立ててある柱にもたれて仮眠をとっていたエレン団長の耳に銅鑼の音が響いた。

 夜鷹のカシューに持たせた銅鑼の音だ。

 飛び起きて陣幕の外に出たエレン団長の目に夜空を飛んで行く火矢の灯りが目に入った。


「起きろ、夜襲だ!」

 その声より先に州都騎士団の騎士達が夜襲だと叫びながら麦畑の方角に一斉に走り始めている。


 麦畑の西端あたりに火矢が落ちると一気にその辺りが明るくなった。

 燃える麦わらに照らされて鈍色の軽装鎧姿の人影が映し出された。

 その手にはロングソードらしきものが燃える麦わらに照らされて茜色に反射して輝いている。


 その後を追うように次々と火矢が撃ち込まれて行く。

 一気に燃え上がった麦わらが畑中を照らすとあちこちに人影が見え始めた。

 そしてその人影目がけた第二弾の矢が、今度は火矢では無く普通の矢が降り注ぎ始める。


 進攻して来ていた福音騎士団はこちらの野営の灯りを目印に暗闇を進んでいた。

 それが麦わらに火をかけられて、今はその姿をこちらに晒せてしまっている。

 その上に燃え上がったわら束の煙で反対に視界を遮られ、炎と煙で目と喉を焙られて早々に退却を始めた。

おりから吹く東風に煽られて燃え続ける畑の煙は西の福音派陣地に向かって流れている。


 むせた咳の声が夜の闇に響いて徐々に遠ざかって行く。

 第二人の矢に撃たれて負傷者は出ているようだが、死者はいなかったようだ。

 州都騎士団側も深追いは避けて、追撃はしていない。


 本格的な戦闘を避けて敵を追い払うことに主眼を置いた戦いだからだ。

 今回の夜襲でかなり相手の状況も理解できた。

 まず、弓兵を組織していないと言う事だ。


 本来の貴族は重装騎兵を好しとして、弓兵を下に見る傾向がある。

 昨今の機動力の重視と銃を使用する戦闘で重装騎兵や重装歩兵は時代遅れになりつつあるが、権威重視の貴族や聖教会は重装騎士に拘っている。

 特に教導騎士団はその傾向が顕著である。


 今回の福音騎士団もそう言った類の集団がハウザー王国から離脱したのだろう。

 そうでなければ夜襲をかけるのに弓兵を帯同しないわけがない。

 まして焚火を焚いて集団で集まっている敵陣に向かって先鞭をつけるのは弓兵しかないだろうからだ。


 それともう一つがハウザー王国の福音騎士団でありながら獣人属を伴っていないことだ。

 獣人属なら人属より夜目が効く者も鼻が利く者も耳の良い者もいる。

 偵察や先導にまで人属騎士が出てきていると言う事はラスカル王国に入ったのは人属ばかりで編成された騎士なのだろう。

 教導騎士団と連動するのならと言う事での選別かも知れないが戦闘を考慮せずにバカな事をしたものだ。


 結局、福音騎士団は撤退し多分朝まで戦闘は再開されないだろうが、向こうには大量の騎馬がある。

 朝日が昇れば一気に騎兵が駆けてくることになるだろう。

 こちらに初戦の被害はなかったが、敵も大きな損害は出していないだろう。


 交渉や戦闘の進展の状況によっては明日は大きな被害が出る可能性も高い。

 ラスカル王国側にも負傷者や死者が出る可能性も大きいのだ。

 それでもこの河岸を超えさせてはならない。

 州都騎士団たちは気合を入れなおした。


【7】

 陣地内で何やら喚き散らしている男の横でダンカンが焚火で服を乾かしていた。

「おうエレン団長、又邪魔してるぜ」

「ダンカンの旦那か。帰らなくていいのかい。嫁さんや子供は放っておいて良いのか」

「商会がデカくなり過ぎてな。仕事、仕事でろくすっぽ帰れないんだ。久しぶりに帰ったら末娘に泣かれてしまったぜ」

「何が帰れないだ。子供八人も仕込んでおいてよくそんな口が叩けたものだな」


「貴様ら! いい加減にしろ。俺を誰だと思っておるか!」

 転がされているの夕刻に来た赤いシュールコーの男のようだとエレン団長は気付いた。

「なんだ? こいつは?」

「ああ、船盗人だ。ヒューゴの船を盗みやがった。仲間を捕まえる為にウィキンズが後を追ってるよ」


「ばっ、バカな事を! 俺は栄誉あるロワールの」

「おいおい、盗人の処分を騎士団に持って来られてもなあ。そう言うのは衛士の仕事だろう」

「解ってるがこんな夜中に村まで連れ帰るのもなあ」


「貴様ら! 聞けーえ。俺は盗人なんかでは無い」

「盗人はみんなそう言うんだよ」

「こいつは現行犯だ。ヒューゴの船に乗っていたのをウィキンズが叩き落したんだからな。俺も見ていたから間違いない」


「黙れ、黙れ! この様な事をしてただで」

「仕方ねえなあ。取り敢えず縛って馬屋に転がしとけ。明日の朝には村の土牢に連れて行ってくれよダンカンの旦那」

「貴様ら俺を闇に葬るつもりか?」


「しねえよ。船泥棒なら両手の親指を切り落とすか、額に焼き印を入れて追放だ」

「バカな! 俺は貴族だぞ、教導騎士で」

「バーカ、貴族や教導騎士が船盗人などするかよ。そんな事を言ってると本物のお貴族様に嬲り殺されるぜ」

「良かったな、船泥棒。ダンカンの旦那はその軽口を利かなかった事にしてくれるそうだ」


「違う! 俺は本当に貴族で教導騎士で」

「貴族で教導騎士ならグレンフォードの大聖堂で裁判だな。身分詐称がバレたなら晒し首だ。親指か焼き印で済むんだからもうそれ以上は止めとけ」

「待て、俺の話を聞け! いや、頼む話を聞いてくれ。お願いだ!」


「喧しいから口を塞いでおけ。明日の朝にはダンカンの旦那がタイレルの所に放り込んでくれるそうだからな」

「待て、お願いだあ。待ってくれ」

 泣き叫ぶ教導騎士は猿轡を噛まされて農民と言う名目で来ているダンカンの部下、ライトスミス商会の職員に引き摺られて行った。


「エレン団長良かったのですか。あいつ夕刻に来ていたシュールコーの野郎ですよね。多分上位貴族の縁者ですよ」

「ああ、だから猶の事これで良いんだよ。このままグレンフォードに引き摺られて行けば命は無いのは事実だよ」


 「ああ、貴族家の面子が有るから窃盗などで裁判にかかれば家名に傷がつく。そうなれば本家は知らぬ存ぜぬを貫いて本当に晒し首になるか、裁判が始まる前に暗殺されてしまうか二つに一つ。どう転んでも命はない」


「そう言う事ですか。あの男はエレン団長たちの慈悲心も理解できないバカ野郎が」

「エレン団長はどう考えているか知らんが、俺はあのお貴族様の吠え面を拝みたかっただけだぜ。俺たちは教導騎士団に恨みは有っても助けてやる慈悲心なんてねえんだよ。奴らのせいでセイラ嬢ちゃんがどんな酷い目に合ったか。奥様がどれ程悲しんだか、うちの旦那だって強がっていても奴らには腹が立ってるんだ」


 それならばここでただの船泥棒として処分される方がましと云うものだろうが、それは貴族にとってのプライドを踏みにじる事でもある。

 この先親指を無くしたり焼き印の押された額を晒して貴族社会では今まで通り生きていける訳など無い。

 結局この先生きていてもまともに貴族や騎士として生きて行くのは至難の業だ。

 少なくともあの権威主義の男にはそんな事など出来ると思えない。


「まああっさり死なせるよりも地べたを這いずり回って生きて行くのが相応しいと俺も思う。ダンカンの旦那がそう言うなら俺もタイレル衛士隊長に任せるぜ。それに旦那にはウィキンズの背中を押してくれた事にも感謝しているからそのお礼も兼ねてだ」

 ボウマン副団長もどちらかと言えばこのまま死なれるよりもっと過酷な運命を背負わせたいと思っている。

初戦はゴッダード騎士団の勝利

しかし敵の騎馬も兵士も温存されている状態では予断は許しません


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