南部紛争(3)
【4】
カプロン中隊長もハッキリとした調査のあてが有る訳ではない。
勘の良いイヴァンが指さす道を行くとすれ違う旅人たちから思った以上に話が聞けた。
南西に抜ける街道を走りながらイヴァナがすれ違う商人や村人から色々と話を仕入れてくる。
元異国人で言葉に訛りも有る上朴訥なカプロン中隊長一人ではこう簡単には行かなかっただろう。
国境方面に南下すればするほど風体のおかしなハウザー王国訛りの人属商人たちが東に向かっているという話しを耳にする様になった。
人数や馬車の数、馬の数などバラバラで一貫性が無いのは集団が複数のグループに分かれて動いているからだろう。
話を総合するとハウザー王国と国境を接する西部地域の東端を目指している様だ。
南部地域との境に沿って街道をどんどんと南下すると西部山岳方面からやってくる荷馬車とすれ違う頻度が多くなった。
途中の村で話を聞くと山岳地帯の西から隊商が来るのは珍しいという。
輸入品は大概ゴッダードやファナタウンを経由して西に運ばれるか河船の港を介して北から運ばれることが大半で、こんなに多くの商隊が一体何を売りに南部領に向かうのかと皆訝しがっている。
「そうそう、少し前に二十頭あまりの馬を連れた商人が東に向かったぜ。馬市でも立つんじゃねえか」
一膳飯屋の主がそんなふうなことを口にした。
馬の群れならかなり目立つ。
街道筋を進むとかなり先から馬の蹄の地響きが聞こえる。
追いかけて馬の群れを誘導する男たちに追いつくとカプラン卿が口を開いた。
「お主ら馬商人であろう。拙者ら東へ向かう所要があってな。良い馬がいるのならば買い替えたいのだがな」
「あんたお貴族様かい。悪いんだがこの馬は売り手が決まってるんだ。勝手に売買するわけにはいかねえんだよ」
「そうなのか。俺達はこの先でハウザー王国の商人と合流する予定なんだ。もしその時にでも合って都合が許せば声をかけてくれ」
「おいおい、もしかして南部との州境にゆくのか? それならそうと言ってくれ。俺達はそこに馬を収める予定なんだ」
「もしかしてその話はペスカトーレ侯爵家の関係の話か? 違っていたら面倒だから聞くが近衛騎士からの依頼じゃないのか」
「ああそうだ。近衛騎士団の、なんて言ったかなナントカ中隊?」
「北大隊の第十二中隊であろう」
「そうそう、それだ。なら間違いないな。いいぜ、交換して先に乗ってゆきな」
「いや、止めとこう。あの上司は堅物だからバレたら煩いんだよな。こんな事くらいでもグチグチと煩いんだよ。気を使わせて悪かったな」
「へへへ、本当にそんな感じの騎士様だったな。蛇みたいな目つきで、オット口が滑ったのは勘弁してくれよ、兄ちゃん」
イヴァンの機転で上手く話が聞けた。
三人は馬を飛ばすと先程の馬商人から聞いた街を目指した。
しかしあの近衛騎士団の男はハウザー王国から来たあの商人(?)たちと関係が有るのだろう。
何よりもあんなに多くの馬を買ってどうするつもりなのだろう。
「なあ兄貴、意味が解んね。ハウザー王国の商人が集まって市場でも開くのか? なんであの騎士やペスカトーレ侯爵家と係わりが有るんだ?」
「うるさい、俺に聞くな」
「ハウザー王国から来た隊商は商人では御座らん。多分ハウザー王国の騎士が商人に偽装してラスカル王国に侵入して来ておるのだ。目的はエレノア王女の誘拐かルクレッア嬢の暗殺、あるいはその両方。その手引きにペスカトーレ侯爵家の息のかかった十二中隊のあの騎士が派遣されておる。先ず間違い無いであろう」
「そう言う事だ。分ったか」
「兄貴だって分からなかったんだろう。でもそれならこのまま南部と西部の境界に集結しても南部領内で見つかっちまうって事だよな」
「だから商隊に偽装しておるのだ。あの領はかつて奴隷制度で亜麻の栽培をさせて潤っておったが、奴隷制度が廃止されてからは領民が居着かず、おまけに亜麻の相場の下落で困窮しておると聞く。元が教皇庁派の領主のはず。ペスカトーレ家と結託してハウザー王国の第一王子派に手を貸して漁夫の利を狙っておるのだろう」
【5】
午後にはその領地にたどり着くと不審な商隊の車列が街から離れて州境目指して進んでいる。
三人は近くの村に宿をとり馬を預けると、往来する市民たちに紛れながら集結地を探りに向かった。
案の定集結地には多くの荷馬車が輪になって馬囲いを作っている。
そしてそこには福音騎士団の旗がなびき、兵装に着替えた男たちが焚き火の大鍋を囲んで酒を食らっていた。
「あれで聖教会の騎士団とは呆れ申すな」
「しかしあの程度の練度の騎士ならあまり脅威にはならないのではないですか?」
「兄貴、あっちだ。あの丘の向こうからなにか来るぜ」
イヴァナが指さした南の方角から夕日を浴びて赤く照り輝く一軍が進んでくるのが見えた。
「なんと、あの丘の向こうはハウザー王国でござるぞ。ならばあ奴らは堂々と国境をこえてやってきた一団ということか」
夕日を浴びて向かってきたのは百騎あまりの重装騎兵だった。
「いったい何なんだ? 聞いてた話じゃあ福音騎士団って言ったがあれもそうなのか」
「簡単に国境が超えられるならはじめからこんな回りくどい手を使わなくても、全員ここに集まればいいだろうになんでだ?」
ストロガノフ兄妹はかなり混乱しているようだ。
「あの重装騎兵は多分ジョージアムーン州の正規兵。プラッドヴァレー公爵の持つ騎兵でござろう」
「なら国境侵犯! 宣戦布告も同じじゃないですか」
「多分あれは後詰めであろう。戦端は福音騎士団が開いてエレノア王女のもとにまで攻め寄る。その場合は福音派聖教会の私兵の暴走であってハウザー王国の本位ではないと言い逃れる。事がうまく進めば良し、しくじって国境線が危なくなるなら後詰めのこの騎士団が動く。あるいは頃合いを見て南部諸州に進行を開始する。口実はなんとでもつけられる。エレノア王女の救出、脱走福音騎士団の捕縛、それこそ言い逃れならいくらでも」
「なあイヴァナあれが見えるか。俺にはあの鎧は教導派の紋章に見えるんだが。いや、あれは絶対教導騎士団だ」
「その様で御座るな。あれはアジアーゴ大聖堂の教導騎士団のようで御座るぞ。あちらはジュラ大聖堂の、あの向こうで指揮を執っておるのはロワールの教導騎士団で御座ろう。やはりペスカトーレ侯爵家が糸を引いているようで御座るな」
「でも、でもこの事とペスカトーレ侯爵家にどんな関係があるんだよ。私にはわからないよ」
「たぶん南部を抜けてファナタウンかグレンフォードに向かうまでは教導騎士団に偽装するつもりじゃねえか。その為に教導騎士自体が南部まで手引きしているって事だろう」
「それでも同じラスカル王国の民じゃねえか。なんでよその国の騎士なんかを攻め込ませるんだよう」
「最悪は南部諸州の騎士団とハウザー王国のジョージアムーン州の戦争に持ってゆき南部の勢力を消耗させたい。サンペドロ辺境伯家はプラッドヴァレー公爵家を攻めるであろうがラスカル国内では敵はハウザー王国と認識され友好関係にある南部や北西部の諸侯が非難を浴びる」
「なぜこんな事をペスカトーレ家は出来るんだ! 売国行為でじゃないか! どう考えても反逆行為にしか思えない」
「イヴァン。それがペスカトーレ家で教皇庁の考えなのだ。ラスカル王国がハウザー王国と戦になれば利を得るのはハッスル神聖国。あの一族はその手先でござる」
「でも、それって誰の為なんんだ。全部自分たちの為だろう。戦いになれば敵の騎士も味方の騎士も死ぬんだぞ。巻き込まれた村や町の人間だって死ぬんだぞ! 南部の麦畑だって踏み潰されて焼かれ、戦いで死ななくても食べるものが無くなっても。きっと、きっとみんな不幸になる。それでも自分たちが良ければそれでいいのかよ」
「良く理解致し申したな。ならイヴァナは状況を確認でき次第南部に入り周辺の領地に協力を要請しつつグレンフォードを目指されよ。どれだけ救援を集められるかが勝敗を分ける。多くの軍勢を集められれば戦争は起こらぬかもしれん。奴らとて負けると解って無駄な戦いはせん」
結局下船してから二日目の午後に州境の教導派領にハウザー王国の福音騎士団が教導騎士団の指揮下で襲撃準備を行っている事を確認し、その集団の動向を監視するためにカプロン中隊長とイヴァンはその地に残り、イヴァナは南部の街道を一路グレンフォードを目指した。
教導騎士団の目論見は看破された
イヴァナが立ち上がる
私はやるぜ!
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