戦争のシナリオ(1)
【1】
「其方はペスカトーレ侯爵家を使って謀反を唆すと言うのか」
「実際にこれはもうどう考えても謀反です。今のラスカル王国の現状はどう考えても教皇庁の意に沿うものでは御座いません。少なくともエヴェレット王女との婚約を反故にすることを要求してくると思います」
王妃殿下の言葉にジョアンナは語気強く言い切った。
「それにハウザー王国への留学生の帰国も妨害するように働きかけているのではないでしょうか。ペスカトーレ枢機卿は娘のルクレッア様の帰国を望んでおられない。ハッキリ申します。あの男は実の娘を亡き者にしようと画策しています。そうですよね、ボードレール枢機卿様」
「そうなのかボードレール枢機卿。いったいどこからその話を」
「メリージャの大聖堂に伝手があってな。ペスカトーレ枢機卿と繋がっておる福音派の者が居ってな。そこにまあライトスミス商会絡みの内通者がおるのじゃよ。カンボゾ-ラ子爵領にもかかわりのある人物なのでセイラ殿もご存じなのじゃ」
それを聞いてジャンヌとヨアンナが意味深な表情で私を見る。
「留学生のルクレッア様は獣人属の農奴の幼い兄妹を養い、洗礼を施して名前を与え治癒施術の教育を行ったそうです。福音派の教義にも教導派の教義にも反する行為を公に堂々と行っているのですよ」
「それもハッスル神聖国の教皇の直系の孫娘の肩書を掲げてだ。帰国されればペスカトーレ侯爵家の汚点どころか教義すら破壊されかねない。しかもハウザー王国の国民には教皇庁の獣人属排斥に真っ向から対決している英雄とみられているのだから座視するわけにも行かぬはなあ」
のんびりした口調でそう言うボードレール枢機卿にジョン王子がイライラした口調で食ってかかった。
「ペスカトーレ侯爵家が帰国阻止程度で済ませる筈が無かろう。生きているだけでもあの一族にとっては厄災であろう。最悪の事態も」
「起こした様ですぞ。それもハウザー王宮で。その煽りを喰らってあちらの第三王子が臣籍降下したとか廃嫡になったとか噂が流れてきておりますな」
「それならば尚更」
「ですからしばらくは大きな動きはできません。それに強力な助っ人が送り込まれておりますからボードレール枢機卿様もああ仰っているのでしょう」
暢気に構えてそう言う私の袖をジャンヌが盛大に引っ張っている。
あれ? このあと何か『冬海』に、文句を言われそうな気がする。
【2】
フィリポの街から伝馬船が王都に向かって走っていた。
その船には焦った様子のフィリップ・カンボゾーラ子爵が乗っている。
違和感を覚えてから数日、アヴァロン商事とセイラカフェの全勢力を傾けて調査を行った結果を携えている。
シェブリ伯爵領の、ロワール大聖堂の状況を調査した結果を伝える為だ。
ロワールの州都騎士団が大量にジュラに移動していたのだ。
それだけでは無い。
あのロワール大聖堂の教導騎士団の殆んどが臨戦態勢を整えて出立しようとしていたのだ。
ハッキリ言って今のリール州の状況を考えるならば兵力をよそに移す余裕などないはずなのだ。
もちろん小貴族の領主たちが騒乱を望んでいる訳でも無く、その為に兵力を増強している訳でもない。
ただ何かきっかけが有ればすぐにでも応戦するつもりの有る領主もいるのだ。
これまで色々と圧迫を受け続けた領主たちは、特にその宗主家であるシェブリ伯爵家への憎悪が非常に大きいのだ。
特にレ・クリュ男爵家は清貧派のシンパでもあった事から特に圧迫が強く、シェブリ伯爵家へ憎悪も大きい。
そんな状況で自領の兵力を殆んど削いでしまったシェブリ伯爵の意図が見えないのだ。
何より何故モン・ドール侯爵領なのだ。
当然同じ教導派で教皇に近い関係ではあるが、エヴェレット王女とリチャード王子の婚約以来その関係は良くないはずだ。
何より獣人属排斥宣言を発したアントワネット・シェブリはシェブリ伯爵家の唯一の正式な娘である。
そしてその宣言を否定する様に国王家が獣人属のエヴェレット王女との婚約を表明したリチャード王子はモン・ドール侯爵の甥である。
当然この婚約についてはモン・ドール侯爵も後押しをしたのだ。
関係が良好な筈は無い。
当初フィリップはペスカトーレ侯爵家と共謀してモン・ドール侯爵領を含むペルラン州を武力制圧するのではと危惧していたのだが、アヴァロン商事からもたらされた情報はジュラの教導騎士団に迎え入れられたとの情報が帰って来ている。
これはジュラ大聖堂教導騎士団と対立しているジュラの州都騎士団を排除する為に派遣されていたのだろう。
事実、州都騎士団の一般兵の多くは出身領地への転属を強制されており、幹部騎士達は姿を現していないと言う。
情報が足りない。
アジアーゴから逃げてきたセイラならペスカトーレ侯爵家の内情が解るだろう。
ボードレール枢機卿たちなら教皇庁の内情を掴んでいるだろう。
何より王妃殿下や宰相閣下が掴んでいる情報との整合性を付けねばならない。
州都騎士団と教導騎士団が反目しているモン・ドール公爵家である。
一つ間違えばヨンヌ州とペルラン州との内戦に発展するし、それはリール州に飛び火して大義名分を得たレ・クリュ男爵家やモルビエ子爵家は絶対に動く。
当然そうなればカンボゾーラ子爵家は盟主として動く事になる。
それだけでは収まらないだろう。
カマンベール子爵家やゴルゴンゾーラ公爵家もバックアップに回るだろうし、ジャンヌの異端審問の件もある事から南部貴族も参入するかもしれない。
ただ敵はシェブリ伯爵家だけでは無いのだ。
もう一つのラングル伯爵家も侮れない兵力を持っているうえ、北部の教皇派貴族が参入し、西部でも一部の教導派貴族は教皇側につく事になる。
しかしそんな事で州内の騒乱が続けばここ迄裕福になって来た州内がまた疲弊する事に繋がるのだ。
最悪は国内すべてが二派閥に分かれて内戦となり、国中が疲弊する。
そして周辺三国の軍事介入がおこれば国内は分断されてラスカル王国は消滅するのだ。
そんな事は絶対に避けたい。
その為にも一刻でも早く王都について情報の共有を図らなければならないのだ。
フィリップ・カンボゾーラ子爵はもどかしい気持ちで王都に向かっていた。
ジャンヌは何か気付いたような
セイラは大事なことをすっかり忘れてしまっています
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