福音派からの帰国(3)
【5】
矢はケインの鎧の肩当に刺さったが距離が遠く腕までは通らない。
それを合図に次々と矢が撃ち込まれ始めた。こちらは木の盾を並べて矢を防いでいるが今のところ防戦一方だ。
そもそも町の兵士に弓兵がいないのだ。
「城壁を上がらせるな! 梯子や鉤縄さえ落とせば耐え忍べるぞ」
農奴たちが城壁の上から石を投げ落とし、鉤縄は片っ端から切って行く。梯子がかかれば人が上がって来る頃合いを見て兵士たちが槍で突き反対側につき落す。
そういった連携を取りつつ防衛を進めて鐘一つ分が過ぎた。
敵軍には落下する兵士たちの負傷者が出ているが、こちらも矢に当たってかなりの負傷が発生している。
その時城壁を内側の階段から上がって来る弓を持った一団が有った。
猟師や冒険者たちだった。
マルケルがギルドや町をまわって搔き集めてきたのだ。
町の冒険者や市民たちも町長たちと共に死刑になる可能性がある。ならここで領主に対抗してエレノア王女を守ったという実績を掲げて国王陛下の許しを乞えとマルケルが説いて回ったようだ。
三十人は超える男たちが集まって来ていた。
「旦那、こいつは使えねえか?」
そう言ってケインに手渡されたのは火縄銃だった。
「俺は猟師だ。効率よく猟が出来るなら弓以外の武器の方が良いに決まっている。だから北の商人から大枚はたいて買ったんだ。それを聖典に乗っていない武器だとか言って聖教会に取り上げられそうになったんで隠し持っていた。俺は農奴なんか使わねえから清貧派の方が暮らしやすいんだ」
猟師の男から手渡された火縄銃は以前近衛騎士団で扱った事は有る。
射程は長く至近距離なら鎧を貫く事も出来るが一発撃てば次の装填まで時間がかかるのが欠点だろう。
しかしこの銃は玉も込められて火縄に火も付いている。
戦闘は城壁の前で行われている。
そして指揮官のデスティラドーラ子爵は騎馬で悠然と城門前で檄を飛ばしている。
弓矢が無い事を知って舐めてかかっているのだ。
ケインは慎重に照準を合わせると馬上のデスティラドーラ子爵の左胸を狙って引き金を引いた。
ドキューン!
轟音と共にデスティラドーラ子爵が馬上から崩れ落ちる様に落馬した。
ケインの一撃はデスティラドーラ子爵の心臓を貫いたようだ。
それと共に数は多くないが冒険者や猟師の持つ弓から一斉に矢が放たれる。
弓は無いと高を括っていた領兵は城壁の上からの矢に打ち抜かれてバタバタと倒れて行く。
一瞬で領主軍にパニックが広がり城壁の下は阿鼻叫喚に地獄となった。
そして領主を失った領主軍は総崩れの撤退となった。
その追い打ちをかけるように南から地響きがおこり、砂塵が舞い上がった。
「国王軍がきたぞ。王国軍だ! 援軍が到着したぞ!」
誰が叫んだのだろう。
その声は次々にこだまし、城壁内に大歓声が湧き上がった。
【6】
「王女殿下やルクレッア様ならともかく、私みたいな商人上がりは狙われることなんて無いっすよ。だから大丈夫っす」
町の庁舎の広場の前ではシモネッタがメイドのウルスラと一緒に負傷者のトリアージタグの取り付けを行っている。
「皆さま、怪我のひどい方から治療を優先いたします。黒札の方が最優先です。庁舎内で治療を行います」
手伝いに訪れた市民や農奴の女性たちがウルスラの指示に従って湯を沸かしたり、器具の熱湯消毒を行ったり包帯を用意したりと忙しく動いていた。
シモネッタはトリアージの傍らで応援の女性たちに緑札の軽傷者への治療指導と治癒施術を並行して行っている。
重症者たちは庁舎玄関のホールと玄関前の屋根付きの車寄せに簡易のベッドが並べられて、数人が寝かされている。
どれも矢傷を負った負傷者だ。
中には矢が刺さったまま運ばれてくる患者もいる。
テレーズとアマトリーチェがその治療を血だらけで行っているのだ。シャルロットもミアベッラもマスク姿で切開手術や縫合手術の補助を行っていた。
「私達のために戦っておられる方々を座視して見ていることはできません」
いつの間にか現れたエレノア王女とルクレッアが現れた。
そしてその傍らにはルイージとカンナを連れたベルナルダが居た。
「王女様がいらっしゃったぞ」
「教導派教皇の令嬢もだぞ」
「王女って、まさかラスカル王国の」
「その王女殿下とハッスル神聖国の教皇の令嬢だ」
ルクレッアは実際には教皇の孫娘だがいつの間にかハウザー王国では教皇に逆らい追放された令嬢と言う事ですでに有名になっていた。
「まさか王女殿下と教皇令嬢様が俺のような農奴を」
「身分なんて関係ないのです。私はこの国に来て農奴も我々人属も獣人属も全て等しくい同じ命を持つ事を学んだのです。このルイージとカンナが教えてくれました」
そう言ってルクレッアは二人の子供を抱きしめた。
負傷者や作業応援のの人々から”おお”と言う感嘆の声が上がる。
「ルイージはテレーズ様のお手伝いをお願い」
「はい、お姉様」
そう言うとルイージはテレーズのもとに駆けて行った。
「カンナは私たちと一緒に治癒のお手伝いよ」
「はい、お姉さま」
「良い娘ね。私が治癒している時には風の呼吸補助を手伝ってちょうだいね」
「はいがんばります」
そしてルクレッアとカンナが黒札の患者のもとに急ぐとカンナが風呼吸の補助を行い始めた。
「おい、あの農奴の幼女は洗礼前じゃないのか」
「あの兄の方が去年洗礼を受けたと聞いているがどう言う事だ?」
「ルクレッア様が指導成されたとか」
「農奴でも正しい導きが有れば皆に等しく魔力は与えられているのですよ。魔力を使えるものを無駄に農奴として虐げて潰しているこの制度は間違っているのです」
治癒施術を行いながらルクレッアが皆に説いて回る。
「だから、王女殿下たちは農奴の解放を訴えていたのか」
「それだけじゃ無いぞ。教皇令嬢様は我ら獣人属へのラスカル王国やハッスル神聖国の迫害を非難して国を追われたんだ」
「王女殿下も教皇令嬢様もラスカルの王子とエヴェレット様の婚約に尽力して聖教会を悔い改めさせるために国に戻られるのだそうだ」
「それをあの領主め。ラスカル王国との和平が気に食わないんだわ。私たちの命より地位が大事だったんだ」
その間にエレノア王女は矢が刺さったままの負傷者の傷を切開している。
返しの付いている矢は無理に引き抜くと更に傷口を大きくするからだが、返り血を浴びて血だらけで縫合を行う王女殿下の姿は凄まじいものがある。
「一国の王女殿下が我ら平民兵や農奴兵にまであそこまでの慈悲深い行為を」
「俺たちは軽傷だ。治療が片付けばすぐに城壁に戻る!」
「ああ、命に代えても留学生たちを守り抜くぞ」
負傷兵や集まった市民は王女たちの姿やルクレッアの説得の言葉に感銘を受けて士気が著しく上がっている。
いつしか町の者は殆んどが清貧派と農奴解放とラスカル王国との和平を賛同する者ばかりに変わった。
市民たちは町の城壁下に向かって武器になるようなものを持って集まり始めた。
そこに城壁の上から歓声が上がる。
「「「くそ領主が討ち取られたぞ!」」」
「「「領主が死にやがった! ケイン殿がやったぞ!」」」
城内に歓声が上がったが未だ戦闘が終了した訳ではない。
「まだ終わってない。援軍が来るまでは気を抜くな」
「「「「おー! 俺たちが王女殿下を守り抜くぞ」」」
その時聖教会の鐘楼の鐘が鳴り始めた。
「おい未だ昼には早いぞ」
「いや違うあれは昼の鐘じゃあない」
鐘楼の鐘は狂ったように連打されている。
そうだ国王陛下の援軍がやって来たのだ。
城壁内の民衆が今度こそ歓喜の声に包まれた。
戦場で庶民や兵士に治癒を施す王女のインパクトは絶大
存亡の危機の中留学生一行はこの町の住人を完全に味方にしてしまいました
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