福音派からの帰国(2)
【3】
マルケルは男の顔を見るなり廊下の警護の騎士を三人連れてエレノア王女殿下とシャルロットについて部屋に入った。
「あなたは以前王都の聖教会の治癒施術に毎回来ておられましたね」
「ああ、気付かれておるのは知っておった。まあ風体の怪しい人属が紛れ込んでいれば当然だろうがな」
ケインの言葉にさも当然と言うように余裕の笑いを浮かべてそう答える。
「それでいったいどんなご注進なのだろうか」
「その前にせめてロープは解いてくれぬか。騎士三人の拘束は…まあ仕方が無かろう」
「ロープを解いてやれ。その代わり監視の騎士はもう二人増やす」
「念入りな事だな。それはそれで正解だ。それで俺のご注進とは、この襲撃はプラッドヴァレー公爵の陰謀だと教えに来たのだよ」
それはある程度の予想の範囲だったのでケインや王宮騎士達は左程驚いたそぶりは見せなかった。
しかしその言葉にギョッとして振り向いた者たちがいた。
治癒術士たちとそれを連れてきた町長だ。
「そう言う事だよ。町ぐるみで、町長や宿の主も含めてな」
その言葉が終わるか終わらないかの内に治癒修道士の一人がいつの間にかダガーを握って王女殿下の部屋に向かって駆けだした。
騎士がそちらに気を取られた隙に後の二人のテレーズに襲い掛かった。
一人は騎士に切り倒されたがもう一人がルイーズを羽交い絞めにすると喉元にダガーを突き立てて叫ぶ。
「こいつの命が惜しければエレノア王女を連れてこい! 王女に無体な事はせん。だから手を汚させないでくれ」
「素人をこんな事に、それも修道士をよくもこんな事に使ったもんだ。呆れるな」
「貴様何者だ! 何故そんな事まで知っている」
男の言葉に町長がいきなり腰のサーベルを抜きはらって叫ぶ。
「その女を殺せ! 我らの本気を、グッ…」
町長の腹に男の蹴りが入るとそのままサーベルを奪い取ってテレーズを拘束する修道士の喉元にその切っ先を突き立てた。
「手が震えていたぞ。本意ではないんだろう。手を放せ、罪を犯したくないのだろう」
修道士はそのままダガーを落とすと地べたにへたり込んだ。
「聖堂騎士殿よ。其方再び同じ轍を踏むつもりだったのか。任務に忠実なのは良い事だが少々愚かすぎるぞ」
男はそう言うとサーベルをケインに向かって放り投げた。
「あなたはいったい何者なんですか」
ケインは足元に転がったサーベルを拾い上げると男に問いかけた。
「まあ謎の男と思ってくれ。それよりも聖堂騎士よ。室内戦闘や要人警護はロングソード向かんぞ。サーベルにしておけ重装騎士相手の戦闘などまず起こらんからな」
そう告げると襟口の近衛騎士団の徽章を見せた。
そして唖然とする王宮騎士を押しのけて去って行った。
「バッ、バカ者。何をボーっと見ておる。ケイン殿もシッカリしろ! あの男を引き留めろ」
警備隊長がいち早く気を取り直してそう言ったが、もう男の姿は見当たらなかった。
【4】
結局のところは領主家がヘブンヒル侯爵家を見限ってプラッドヴァレー公爵家について、その忠誠を示す為この襲撃の手引きをしたと言う事だ。
町長も州境辺の農場主も巻き込んでエレノア王女の誘拐を画策したのだ。
昨夜のうちにハスラー王都には緊急の伝令が走っていた。
留学生たちは応援兵が着くまでこの町に留まる事を選択した。
王宮騎士団が町長と庁舎を掌握して一時的に支配下に置いている。
自棄になった領主軍が襲撃してくる可能性もあるが、城壁で囲まれた町の中で時間を稼ぐ方が安全であると判断したからだ。
このまま北部ブルックス州に進めば領主軍に襲撃されてひとたまりもないだろう。
この不祥事に対して国王直属の武装兵団が大挙して応援に駆けつけて領南部では小規模な戦闘が繰り広げられている。
この町にも領主軍の一部が襲撃をかける可能性は大きい。
留学生を人質に領主家の存続を求める為だが、プラッドヴァレー公爵家の応援は先ず出ないだろう。
この事態に介入すれば即座に王子の廃嫡が決定し第三王子派の二の舞になるのだから。
応援の軍隊は直ぐに到着するだろう。ならば四十二騎の騎士でそれまで持ちこたえられればいい。
「テレーズ殿、すまない。又あなたを危険な目に合わせてしまった。マルケルに後悔するような事はするなと釘を刺されたが俺のやる事は後悔ばかりだ」
ケインはそう言うとテレーズに膝を折って頭を下げた。
一生を捧げて尽くすと誓ったのに何一つ誓いを守れることも無く今またそばを離れなければならない。
「ケイン様、あなたの成されてきた決断に何一つ間違いは御座いません。私は貴方の母君やあなたを助けた人たちの死に対する贖罪に為に生かされていると今も思っております。ですからあなたが生きておられる限りは誓いは守られているのです」
「許して下さい。もうそれ以上仰るな。慰められる程己が矮小に思えてならないのです。どうかこのまま無事にこの窮地を切り抜けられる事を祈って下さい。それでは行ってまいります」
そう言ってケインたちが向かった城壁の向こうには領主軍が迫っていた。
城壁には王宮騎士団以外にも動員されたこの町の兵士も交じっている。
かれらもこのまま城内に領主軍を入れても後からやって来る国王軍に蹂躙されるだけだ。
兵士たちはこのままでは反逆者の配下として処刑対象になってしまうと考えたのだろう。
更に二十人以上の農奴たちが自主的に手伝いにやってきている。
戦闘経験はなくとも、城壁に石を補給したりそれを投げたりなら出来る。
警備隊長の説得で大半の兵士が味方に付いたが、それでも農奴を入れても全兵力は百二十人余り。
しかも兵士たちはいつ背中から切りかかって来るか分からない。
昼までには国王軍の一部がこの町に到着するだろう。
装備でも練度でも勝る王宮騎士団と国王直属の武装兵団なら瞬く間に領主軍を蹂躙できるだろう。
「敵はどの程度の兵力が有るのですか?」
「ここから見る限りでニ百、周辺の森や農地に散開している様だが多くても三百と言う所だろう」
もうすぐ午前の四の鐘が鳴る。
精々鐘二つ分持ちこたえればこちらの勝利だ。
「結局領主軍は全兵力を城門前に集めたようですね。城門の強行突破を狙うつもりなのでしょうね」
「ああ、持久戦には持ち込めない。速攻で攻め込まないと奴らの勝ち目はない。やはり一点集中が最善策だろう」
そうこうする内に城門前に着飾った鎧に身を固めた騎馬が進み出てきた。
「聞け反逆者ども。我はマエストリ伯爵家直属の騎士団長デスティラドーラ子爵である。この領の領主として命ずる。直ちに城門を開けよ! 抵抗しても無駄だ。もうすぐ州境を越えて千余の兵力を持ってプラッドヴァレー公爵が応援に駆けつけてくれる。直ちに降伏するのが身のためだ」
「警備隊長、どうやら領主様自ら御出陣あそばされたようですよ」
「いかんなあ。町の兵士に動揺が走っている。城門前には王宮騎士団ニ十人が指揮して守りを固めているが保身に走る町の兵士がいれば雪崩を打つ可能性もある」
「デスティラドーラ子爵殿! プラッドヴァレー公爵軍にはいつ知らせた? 州境からなら鐘二つも有ればこの街に辿り着く筈。先ぶれの一人でももう到着しておかしくないのではないか? 千余の兵だけあって靴ひもを結ぶにも手間取っておるのかな」
ケインがそう揶揄するが子爵からの返答はない。
「皆聞け! プラッドヴァレー公爵がリチャード王子が廃嫡される様な戦闘に関与すると思うか? 奴らに援軍は来ない。しかし国王からの援軍は確実にこちらに向かっているぞ。もう既に早馬の伝令は到着している!」
警備隊長が町の兵士に檄を飛ばし続けてデスティラドーラ子爵に向かって畳み掛ける。
「デスティラドーラ領主殿。プラッドヴァレー公爵の名を一番に出すとは、主家のマエストリ伯爵からも見限られておるのではないか?」
「そうだ、そこまで自信が有るならこの門を破って見せろ! 攻城兵器も無く、こぶしで城門をたたき割るおつもりか? それで国王陛下の援軍が来るまでに間に合うのか?」
警備隊長に合わせてケインも挑発を行う。
「グググ、弓兵! あの若造を射よ! 開戦じゃ!」
それと同時に進み出た弓兵がケイン目がけて矢を放った。
そしてそれが開戦の合図となった。
とうとう籠城戦が始まってしまいました
開戦の矢は有効射程外からの射撃でケインが傷つくほどではありませんから
思わせぶりですみません
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