司祭会議(2)
【3】
「それでは次の議題に、これは我らの方からの要請だ。聖女ジャンヌ・スティルトンに教皇猊下の治癒を依頼致したい」
「その前にセイラさんの、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢のご様子をお教えください!」
ペスカトーレ枢機卿の発言に対してジャンヌは勢い込んで身を乗り出した。
「今その話は関係ないだろう」
とっさにジョバンニが口を挟んだ。
「関係ないはずはないだろうね。何よりセイラ嬢は教皇猊下の治癒に赴いたんじゃなかったのかい。そのおかげでこうして回復して王都まで来られたと言う事は、その治癒施術に対してそれ相応の結果を聞く権利はあると思うよ」
「だからといってパーセル枢機卿が口を挟むことではあるまい」
「これは異なことを言うねえ。ペスカトーレ枢機卿はご存じないのかな。セイラ様の成人式の祝福を行ったのは私だよ。彼女は今でもクオーネ大聖堂の信徒なんだよ」
「そうです! だからセイラさんの安否をはっきりとさせてください! まさか教導騎士団がセイラさんに暴行を働いたようなことは無いでしょうね。セイラさんにもしもの事が有れば許しませんよ」
「そんな事がある訳なかろう。あの傍若無人な女が大人しく俺の言う事など聞くわけが、それは今は関係ない! あいつは恙なく元気にしている。教皇猊下の病根の治癒はジャンヌにしか出来んというのもあいつの提言だ」
ジョバンニはくってかかるジャンヌの言葉にうんざりしたように答えた。
ジャンヌも少なくともアジアーゴではセイラが通常運転だったことに安堵した。
「それでは元気なんですね。それなのに何故会わせて貰えないのですか? セイラさんは王立学校の学生です。こんないつまでも王都大聖堂に拘束される謂れはないはずです」
「それを其の方が言うのか? 立場が違うのではないか。ここは司祭会議の場で発言権は大司祭以上のものに限定されておるはずだぞ」
ハッスル神聖国の枢機卿と思しき一団が口を挟んだ。
「それならば何故に参加するメンバーの中にジャンヌを入れる事を無理強いした。そもそもここに来る予定の無かったジャンヌを名指ししたのは教皇庁では無いか」
ボードレール枢機卿が怒声を上げる。
「お兄様、今日は少々冷静さを欠いておられますよ。腹立たしいのは理解しますが少し冷静に」
「分かっておるが、セイラ殿の洗礼式を行ったはドミニク司祭。儂も十歳の時から知っておる。ジャンヌと同じ娘や姪のような気持ちが抜けんのだ」
「それだ! それが我らハッスル神聖国としては許し難い。聖属性を謀りおったその所業がな」
ハッスル神聖国の枢機卿の代表が立ち上がりそう言うとボードレール枢機卿に向かって指を突きつけた。
【4】
その無礼な所作にムッとした表情を浮かべたボードレール枢機卿は又怒気を含んだ声で言い返した。
「どう言う事だ? そもそも我ら管轄地区の問題で、王都大聖堂ですら口を挟むべき話ではない。それを何の故が有ってハッスル神聖国の枢機卿が口を挟む」
「今、ラスカル王国に何人の聖属性者がいる? 三人だ! 今まで一つの国に複数の聖属性保持者が出た事は無かった。それが三人もおるのはジョアンナが我らを謀ったことが原因ではないのか」
「そうだ。ハッスル神聖国では光の聖人が身罷ってから十八年。ハスラー聖公国でも三年前に聖人が亡くなった。ハウザー王国は知らんがもう何年も聖人が現れておらんのではないのか」
ハッスル神聖国やハスラー聖公国の枢機卿が捲し立てる。
「だから何だと言うのだ。それが我が妹と何の関係があると言う。言いがかりもほどほどにしていただきたい」
ボードレール枢機卿が不快げに言い放つ。
「関係あるではないか! 聖女ジョアンナがハウザー王国に渡ったためあの国には聖属性持ちが生まれなかった。そして聖属性持ちのジャンヌ・スティルトンをグレンフォード聖教会が隠したためセイラ・カンボゾーラに聖属性が顕現した」
「本来ハッスル神聖国で死んだ聖人の後に顕現するはずの聖属性がセイラ・カンボゾーラに顕現したのだ」
「そう、本来セイラ・カンボゾーラはハッスル神聖国に生まれるべき聖女だったのだ!」
ハッスル神聖国の枢機卿たちが捲し立てる話を唖然として聞いていたボードレール枢機卿は吐き捨てるように言った。
「バカバカしい、これは郢書燕説、牽強付会と言うものだ。こじつけも甚だしい」
「そもそもその様なことが聖典のどこに記されているというのだ」
「第三章第五節に荒野に一人の聖人が顕現し預言者に祝福を与えたと記されておる! 聖人は一人とな!」
「それが何の根拠なんだろうね。ハッスル神聖国はおろか教皇も聖教会すらなかった頃の聖典には国のことすら記されていないのだよ。そのような屁理屈は今まで聞いたこともない。創造主も呆れ果てるだろうね」
パーセル枢機卿は両手を広げ天を仰いだ。
「不敬な! これは教皇庁の見解だ」
「そうやって聖典の記述を自分の都合のいいように捻じ曲げてきたのですよね。信徒に字も教えず聖典も読ませず考えることを奪って教導派の都合の良いことだけを押し付けてきた。そんなこと私達が許しませんよ」
ジョアンナが腹立たしげにそう告げる。
「どうせセイラ譲をハッスル神聖国に寄越せとかいうんだろう。その話は聞けないね。市民は彼女が好意で教皇猊下の治癒に赴いたことを知っている。彼女が姿を表さない限り誰も納得しないよ」
ハッスルやハスラーの枢機卿はともかくラスカル王国の面々はパーセル女史が言ったことは理解している。
そのうえでジャンヌやジョアンナが糾弾すれば市民や下級貴族も納得しないだろう。
「ならば、ジャンヌが代りにお祖父様を、教皇猊下を癒やせ。セイラと交換だ!」
ジョバンニが喚く。
「それも出来ない相談だね。もし聖女ジャンヌの治癒が受けたければセイラ・カンボゾーラ嬢を連れてゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂に来ることをお勧めするよ。あそこなら補助の癒術士も揃っている。体制は万全だからね」
「それよりもセイラさんをここに、ここに連れて来て下さい」
「それは出来ん」
ジャンヌの嘆願にジョバンニは一瞬困ったような顔をしたが即答した。
「なぜ? なぜ出来ないのですか」
「あ奴はここにはおらんのだ。清貧派の蔓延る王都では何をされるか分かったもんじゃないのでな」
ジャンヌの問いに嫌見たらしくペスカトーレ枢機卿が答える。
「そうだぞ、お前らが襲撃しても無駄だぞ。あ奴はペルラン州の…」
「バカ者! その口を塞げ」
ジョバンニが口を滑らせてくれた。
そうなのか。グリンダやアドルフィーネの推測通りやはりセイラは多分ジュラに連れ去られているのだ。
ジャンヌは意を決して立ち上がった。
「セイラさんの無事な顔を見る迄私も要求は呑みません。その時又再交渉いたしましょう」
「其方がラスカル王国の聖女ジャンヌか。その様な強気がいつまで通るかな」
ハッスル神聖国の枢機卿がそう叫ぶといきなりワラワラと教導騎士達が現れた。
「一体なにを?」
「何をしておる。その様な事指示しておらんぞ!」
狼狽して口を開いたのはジョバンニと教皇だった。
「ご安心を教皇庁の教導騎士は精強で御座いますが、なに女やご老人を害するような真似はいたしません」
「そんな事を申しているのではない!」
”ゴキ!”
そのわずかな間にジャンヌの肩を掴もうとした二人の騎士は後ろに控えていたナデタにその首を両腕で掴まれて身動きが出来ない状態に落ちっている。
そしてポワトー枢機卿の隣りではアドルフィーネの足元で二人の教導騎士がのた打ち回っている。
ボードレール枢機卿とパーセル枢機卿とジョアンナの後ろにはナデテに椅子で薙ぎ払われた教導騎士が三人吹き飛ばされている。
さらにアンヌとマリーは教導騎士のショートソードを奪い相手にの首筋に突き付けている。
そしてフォアとウルヴァはカトラリーサーバーからフォークを抜いてハッスル神聖国とハスラー聖公国の代表らしき枢機卿腕を捩じり上げてその首に突き立てていた。
「こっ此処を何処だと思っておる。教皇猊下の面前で血を流すと言うのか!」
「そうだ! この様なハッタリが通じると思うな。教皇猊下の御前であるぞ。そこで流血沙汰など出来るのか!」
教導派の枢機卿たちが叫ぶ。
「愚か者が、その様な事を気安く申すな!」
教皇は呼吸困難に陥り蒼い顔でそう言った。
「煽るな! こいつらは本当にやるのだ。アジアーゴで教導騎士があのセイラ・カンボゾーラに十人近く倒されたのだぞ」
「しかし教皇猊下の御前でその様な事は」
「やったのだ! セイラ・カンボゾーラは」
「しかし我らは枢機卿、高位貴族であるぞ!」
「侮るな! セイラ・カンボゾーラは騎士団の副団長を、現役の伯爵の心臓に一撃で穴をあけたのだ。それもお爺様の御前でだ!」
「まさか、そんな」
もう既に教皇は呼吸困難に陥って治癒魔術士が慌てて治癒施術に当たり始めていた。
「今日の話は終わりのようだね。我々は帰らせて貰おうかな。皆手を引いていいよ治癒術士たちはポワトー枢機卿を頼むよ」
パーセル枢機卿の言葉に皆立ち上がり外へと向かった。
「待て! この惨状を何とも思わんのか! 教皇猊下を、倒れた騎士を放っておくつもりか。貴族を何と思っているのだ!」
「なら直ぐにでもゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂か診療所に来られよ。ロックフォール侯爵家は教導派は門前払いされるのでお勧めはせんが」
ボードレール枢機卿がそう吐き捨てるように言うと全員が席を立った。
セイラの悪行は周辺国にまで知れ渡る
清貧派枢機卿たちは通常運転のセイラに安堵
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