福音反主流派の襲撃(1)
【1】
「まったく、ふざけた事をしてくれたものだな」
のっけからヘブンヒル侯爵に詰め寄られた。
「何を仰っておられるのかとんと見当もつきませんな。ふざけた言い回しは侯爵閣下の方では御座いませんか。人を呼び出しておいていきなり謂れも無い事で詰め寄られるとは。はなはだ迷惑ですな」
「そうやってしらを切りとおすつもりか。もうバトリー子爵は吐いておるわ。裏帳簿ももう手に入っておるわ」
「だからどうだと言うのです。脱走農奴を売ったところで何を咎め立てされる謂れが有ると言うのでしょう。ヘブンヒル侯爵閣下、あなたがジェイムズ王子の伯父で南部の神輿かも知れませんが、我がコルデー家も代々司法を司る伯爵家。その程度の事でとやかく言われる筋合いは…」
そう言って立ち上がろうとするコルデー伯爵の両肩を押さえる者がいた。
「まあそういきり立つな。ゆっくり話をしようでは無いか」
「プラッドヴァレー公爵閣下…」
コルデー伯爵の肩を押さえ付けていたのは第一王子の伯父に当たるプラッドヴァレー公爵だったのだ。
「いったいどう言う事です」
「まあ聞け。貴様我々の間を上手く泳いで渡ろうと思っておったのだろうが腹を括らねば共倒れだぞ。エヴァン王子が即位すればコルデー伯爵家は存続できるのかよく考えてみる事だな」
「これは…第一王子派と第三王子派が手を組んだと言う事なのか」
「いがみ合ったところでエヴァン王子の趨勢は覆らん。農奴解放と言う一文において妥協できる者と出来ぬ者に分かれると言う事だ。もう傍観は許されんぞ」
「それで我が家に何をさせようと」
「第三王子派は実績がない。第一王子もエレノア王女との婚約を成立させる事が出来ていない。エヴェレット王女の婚約に先を越された形だからな」
「ならばそれを反故に出来る方法は無いかと考えたのだ。貴様は法務官僚に顔がきく。ペスカトーレ侯爵令嬢の動向を見張らせて帰国前の警備に隙を作れ」
目的はルクレッア・ペスカトーレ侯爵令嬢の暗殺だ。
エレノア王女に手を出せば当然戦争に発展する可能性が高い。手を出したものもただでは済まない。
そこで考え出されたのがペスカトーレ侯爵令嬢の暗殺のようだ。
ハウザー王国の南部貴族にとって農奴を養って庇護しているペスカトーレ侯爵令嬢は農奴解放派の象徴のような存在である。
疎ましいのは判るが短慮すぎないか?
現教皇につながる係累ではないか。
「しかし一つ間違えばハッスル神聖国との騒乱になる」
「安心しろ。これはペスカトーレ侯爵家も容認している。人員も派遣されておる」
ヘブンヒル侯爵が手を挙げると長身痩躯の騎士らしい貴族の男が入って来た。
「ペスカトーレ侯爵家はバトリー大司祭にコネがありましてな。ただ書簡のやり取りではこう言った緊急時に対応がつかぬ。そこで直接こうやって罷り越した次第です」
そう言ってペスカトーレ侯爵家の印が押された書簡を見せた。
多分ペスカトーレ侯爵家にとってもルクレッア・ペスカトーレ侯爵令嬢の帰国は好ましくないのだろう。
ペスカトーレ家はルクレッア嬢の暗殺を理由にエヴェレット王女の婚約に異を唱え破談に持ち込むつもりなのだろうが、つくづく哀れな娘だと思う。
とは言えこれで農奴解放派の勢力が削がれるならば、そしてコルデー家が直接手を下す訳でも無いのならば利は大きい。
ラスカルとハウザーの両国内で関係者の合意が出来ているのなら、たかが貴族娘の一人だ。犠牲になってもらおう。
【2】
帰国前、エレノア王女一行が王宮に上がり帰国の挨拶と国王への礼の言葉を述べる式典が催された。
メイドと農奴の二人は玉座の間に上がることはできない。
別室で待機し玉座の間を出た廊下の警備をコルデー伯爵は外してしまった。
そもそも王宮に入るまでの警備は厳重であるが、王宮内の警備は王族や貴人の目につくことを憚って手薄になっている。
その玉座の間の外の廊下にはヘブンヒル侯爵が送り込んだ貴賓に偽装した刺客が入り込んでいた。
はじめに警備に偽装した三人の刺客がエレノア王女を襲う風を装って護衛騎士の二人に切りかかってきた。
ケインとマルケルの二人の聖堂騎士はエレノア王女を壁に押し付けて刺客の警備兵と相対した。
その間にテレーズは控えの間に逃げ込むべく三人の留学生を両手でかばいながら廊下を駆けた。
その四人に向かって廊下で棒立ちになっている貴賓たちの中からナイフを手にした刺客たちが躍り出てきたのだ。
それと呼応するかの如く控えの間のドアが大きく開きセイラカフェメイドが刺客たちに躍りかかった。
テレーズは突き飛ばすように三人を控室に押し込んだ。
しかしここで予想外の事態が起きたのだ。
怯えたカンナがベルナルダを追って廊下に出てきてしまいルイージがそれを追いかけてしまったのだ。
「殺せ! 農奴のガキだけでも構わん、殺せ!」
貴賓に混じって様子を見ていたヘブンヒル侯爵が興奮して怒鳴り声を上げてしまった。
離れた場所で同じ様に様子をうかがっていたコルデー伯爵は思わず舌打ちをする。
愚か者の侯爵が! 自ら正体をバラしてどうするつもりだ。
これで第三王子派の芽は潰れた。
コルデー伯爵は踵を返すと急ぎ足でその場を立ち去った。
廊下ではベルナルダが控えの間の入口に仁王立ちになり外に出ようとする留学生たちを押し留めている。
テレーズはルイージとカンナを抱きかかえて廊下に突っ伏していた。
シャルロットたちは刺客相手に奮戦し制圧しつつある。
「その女ごと殺せ! どうせ平民だ! 死んでもどうとでも出来る!」
またヘブンヒル侯爵の罵声が響く。
それと同時にエレノア王女を襲っていた三人が動いた。
いきなりテレーズに切りかかったのだ。
慌てて飛び出したケインが後を追うが、刺客の騎士が突き出したショートソードの切っ先はテレーズの背中に突き立っていた。
次の瞬間その騎士の首は宙に舞いその隣の騎士はケインの返す刀で喉笛に剣が突き立っていた。
もう一人の騎士はマルケルが背中から剣を突き立てている。
他の刺客たちもメイド達に組み伏せられており宮殿の衛兵たちが大挙して押さえ付けている。
「テレーズ!」
「子供…たち…は?」
「大丈夫だから喋るな!」
「「「「先生!」」」」
「すぐに治癒施術を致します。みんな、先生の命を繋いで!」
エレノア王女が真っ先に駆け寄り大声で告げた。
「ケイン様! 私の止血処置が済むまでは剣に触れないで! 傷口が開きます!」
ルクレッアの声が響く。
「服、切るっすよ。先生」
「ナイフを貸して! 私が切るからシモネッタは呼吸補助に専念して!」
シモネッタが拾って持っていたナイフをアマトリーチェが取り上げると傷口のまわりの服を切り裂き始めた。
その間シモネッタはテレーズの口と鼻に手を当てて呼吸の補助を行う。
「ベルナルダはルイージとカンナをお願い!」
ルクレッアが泣き叫ぶ子供二人をベルナルダに託す。
「王女殿下! 最低限の止血は整いました!」
「アマトリーチェ! なんでもいいから傷口を、出血を押さえるものを」
アマトリーチェは直ぐに自分のドレスにナイフを立てて切り裂き、ショートソードのまわりの傷口に宛てた。
「ケイン様! 私の指示に従ってそっと剣を引き抜いて下さい。ゆっくり…そう真っ直ぐに…揺らさないで」
剣が抜けると傷口から一気に血が溢れ出す。
「ゲホッ」
テレーズが血を吐いた。
「「「「テレーズ先生!」」」」
「大丈夫! 落ち着いて、あなた達なら出来る」
シモネッタは両手をテレーズの血に染めて泣きながら呼吸補助を行っている。
ルクレッアも嗚咽を堪えて止血魔法をかけている。
そしてエレノア王女とアマトリーチェは二人で全力で傷口に治癒施術を施していた。
「ダメ! 縫合が間に合わない! 誰か! 早く治癒機材を持って来て!」
悲痛な叫び声が響く。
「いやだ―! テレーズ先生!」
ルイージの叫び声が大きく響くとベルナルダの手を振り払ってテレーズのもとに歩き出した。
不自由な左足を引き摺りながら歩み寄るルイージからは紫と白の光が舞っている。
そしてテレーズの背中にその両手を当てると傷口のまわりも同様に紫と白の光が溢れた。
愚か者たちの襲撃がおこりました
そして新しい救世主も現れました
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