表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
815/892

福音派からの通達

【1】

 福音派聖教会からハウザー王国全土に通達が出された。

 農奴の洗礼が義務付けられたのだ。

 これまで農奴は人として扱われない為に洗礼は所有者の判断に任されていた。

 しかしこれからは毎年一度その任地の聖教会が聖職者を派遣し洗礼を施すようにと一斉に通達が成されたのだ。


 これまで実態が把握できなかった農奴の人数や年齢などの戸籍管理を聖教会が代行して行うことにより、不当な農奴の売買を阻止し農奴売買の課税を明確に出来ると言う事と脱走農奴の管理が行いやすくなることを挙げての通達である。


 農奴の所有者や領主たちは農奴に名を付けると言う手間が若干増えるが、殆んどは聖教会が代行するので大きな負担も無く概ね歓迎された。


 表向きは簡単な歩み寄りであったが、その実大きな負担が聖教会に降りかかる事を考えてテンプルトン総主教は溜息をついた。

 姪と余り年齢の違わないメイドが提案してきた事は簡単なようで重かったのだ。


「農奴に、全ての農奴に洗礼を義務付けて頂きたいのです」

「それだけなのか? それが歩み寄りと言うのか?」

「はい、これで第二王子の求めている農奴解放に大きく寄与する事になります。もしエヴァン王子が立太子に推挙されればその時はこの成果を掲げて歩み出れば良いのです」


「今一つ話が見えんのだがな」

「洗礼を受けると言う事はその農奴は全て洗礼を施した聖教会の信徒になると言う事です。信徒が増えると言う事は聖教会にとって良い事でしょう」

「ああ当然であるな」


「そして信徒は礼拝の義務が有ります。週に一度聖教会に赴いて礼拝をおこなわなければいけません。農奴は礼拝の日は仕事を休む事が出来ます。そして聖教会は礼拝の場で信徒にとって一番大切な事は聖教会に帰属し創造主の御心に従う事であると説く事が出来ます」

 そう、領主や所有者より優先されるのは聖教会であると教育する事が出来る。


「フム、聖教会の意に従わなければ領主や所有者であれど農奴が反旗を翻すと言う事か」

「その代わりに聖教会は信徒を守る義務が生じます。信徒が不当に扱われた時には聖教会が保護し所有者や領主に対して是正を要求する権利も生じると思うのです」

「信徒の権利を擁護するという建前のもとに内政に口を挟めると言う事で良いのかな? もろ刃の剣ではあるが聖教会の力になるな」

「信徒の不利益にならない限りは」


「手に入る果実は甘くて大きいがその枝は高くて細いぞ」

「しかし取りに行く価値は大きいのでは御座いませんか」

「其方、メイドにしておくのは惜しいな。我が子爵家に来る気は無いか?」

「脱走農奴の娘をここ迄仕込んで頂けたライトスミス商会には恩が有ります、それに私程度のメイドならメリージャのライトスミス商会にはごろごろしていますよ。それも殆んどが脱走農奴です。農奴であっても教育さえ行き届けば優秀なものは多くいるのです。この洗礼はそう言った人材を発掘する端緒にもなりますよ」


「肝にお命じておこう。福音派聖教会は全力でエレノア王女一行の早期帰国を働きかけよう。この事は特にテレーズ聖導女によく申しておいて貰いたい。福音派女子神学校はこれからも治癒施術に力を入れてゆきたいのでグレンフォードの助力を賜りたいとな」


【2】

「オーバーホルト公爵家が手のひらを返しおった!」

 ヘブンヒル侯爵が蒼い顔でバトリー子爵に告げた。

「いったいどういう経緯で?」

「いきなり農奴解放に賛同すると宣言を出したのだ。福音派聖教会の農奴洗礼義務化に呼応して段階的に農奴を開放して行くと言い出した」


「しかしエヴァン王子が大量の農奴脱走を企てた時に一番怒り狂っておったのはオーバーホルト公爵では御座いませんか」

「それだ。その時の脱走農奴の大半がエヴァン王子の手の者が画策したわけではなかったようだな」

 そう言うとヘブンヒル侯爵はギロリとバトリー子爵を睨んだ。


「コルデー伯爵家だ! あ奴らがかかわっておったようだな。知らぬか? 其方は隣領で古くから付き合いがあったそうでは無いか」

「いったい何のことでございましょう」

 バトリー子爵は血の気が引いた顔でヘブンヒル侯爵を見ながら答えた。


 バトリー家は大公国時代から大量の農奴を買い漁っており、奴隷商との取引も裏取引も活発に行ってきていた。

 当然国が無くなり子爵家に降格されてからもそれは続いた。

 いや、それまで以上に活発になった。


 没落したバトリー家にとって闇の奴隷売買は大きな収入源になったからだ。

 何より姪のダリア・バトリー大司祭の持つ聖教会のネットワークは格好の隠れ蓑になった。

 賭場と奴隷売買はバトリー家を支える巨大な闇の利権なのである。


 当然ヘブンヒル侯爵が指摘したコルデー伯爵家とも取引がある。

 それも活発に。

 そもそも大公国時代から交流は盛んで、子爵家に降格されてからも法務官僚畑の宮廷貴族であるコルデー伯爵家には何かと世話になっている。


 そのコルデー伯爵家が脱走農奴に偽装してオーバーホルト公爵や周辺の領地の農奴を盗み出して転売していたのだ。

 当然それらの農奴はバトリー子爵家の裏の奴隷商を通じて他領に流れているのだ。


「オーバーホルト公爵領では不足した農奴の代わりに一般の小作人を補充したことで税収が上がって、小作人を入れた地主の収益もなぜか上がっておるそうだ。それで農奴を使うより利益が上がるのではと考えていたようだ。そこに聖教会の通達が有って人別管理が出来るなら税も取りやすくなると考えてエヴァン王子派に鞍替えしおったのだ」


 実はそれだけではなかった。

 どこから漏れたのか例のペスカトーレ侯爵令嬢の農奴の件がオーバーホルト公爵の耳に入っていたのだ。

 農奴の血筋に託けてオーバーホルト公爵家に揺さぶりをかけようとしていた事も不快に思われたようだ。

 それならば何か第二王子の足を掬う手立ては無いものだろうか。


【3】

「聖教会めが! ここに来て腰砕けになりおって。何が国王陛下の威光には逆らえぬだ!」

「落ち着かれよ、ジョージ王子。いくら申したところであ奴は子爵風情、人属の聖職者ごときに貴族の気概も矜持も無いのであろう。腑抜けたものだ」

「そうかもしれんが、話を持ち掛けたのはあ奴ではないか! 俺を登らせておいて梯子を外したも同然であろう。許せるわけがない!」


 プラッドヴァレー公爵にしてもジョージ王子と同じく憤りは隠せないのだが、立場上今は宥めるほかない。

「殿下が王位についた時は奴らに目にもの見せてやれば宜しい」

「その王位につけるかどうかが問題なのだろう! 今のままではエヴァンに水をあけられたままではないか! 力づくでもエレノアをこの手にしなければ挽回も出来んだろうが。伯父上も聞いておるであろう。オーバーホルトが手のひらを返したと」


 プラッドヴァレー公爵もそれは耳にしていた。

 公にオーバーホルト公爵が農奴解放を容認すると宣言したことを。

 あからさまにエヴァン王子への支持を打ち出したわけではないが、農奴解放を認めると言う事はそういう事なのだ。

 このままでは第一王子派と第三王子派が束になってかかっても第二王子派の趨勢を覆すことは困難だ。


 …第一王子派と第三王子派が束になってかかっても。

 そうだな。

 背に腹は代えられない。

 今一番の邪魔ものは第二王子エヴァン・ウィリアムス・ハウザー殿下の派閥なのだから。

ハウザー王国の後継者争いは混沌とし始めています

シャルロットの更なる切り崩しが悪を結託させてしまったのか


↓の☆☆☆☆☆評価欄↓を


もし気に入っていただけたなら★★★★★にしていただけると執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ