王都入城(2)
【3】
夏至祭の興奮が冷めやらぬ翌々日の夕刻に何の先ぶれも無く突如として教皇の一団が王都の城門に現れた。
「なんだ! 王都大聖堂の出迎えも無いと言うのか」
「これは先ぶれも全て清貧派の奴らに邪魔されておったようですな。我らが同道して正解でしたぞ。さもなければ清貧派の襲撃に会っておったかもしれませんぞ」
ジョバンニに怒りに対して護衛を引き継いだ王都騎士団の騎士が冷静に答えると駒を進め始めた。
「忌々しい清貧派め。フフフ、いつまでも偉そうに構え通るなよ。王都に入れば目にもの見せてやるからな」
「それでジョバンニよ。王都に入ればあのセイラ・カンボゾーラとやらの替わりはおるのだな」
「ええ、王太后様の治癒を行ったのはロックフォール侯爵家の治癒術士団。それが還俗して王都で診療所を開いております。教皇庁の権限で呼び付ければ済む事です」
「清貧派の平民獣人なのだろうが、ロックフォール侯爵家が邪魔立てせんか?」
「そんなもの、我らの手にセイラ・カンボゾーラが有る限り嫌だとは言えないでしょう。獣人属の奴らはあの女を慕っておるようですから」
「それでセイラ・カンボゾーラの身柄と引き換えにジャンヌの治癒を受けると言う事か。しかしケダモノの治癒術士など…」
「お爺様心配成されるな。王立学校に派遣されておる優秀な人属治癒術士も居りますからな」
「ならばこれ以上言うまい。後は其方が手を尽くすのだぞ」
【4】
王都城門に教皇の車列が到着したと言う情報は間を置かずゴルゴンゾーラ公爵家にもたらされていた。
今やゴルゴンゾーラ公爵家は清貧派重鎮の本拠地となっているのだ。
三人の枢機卿とロックフォール侯爵、サン・ピエール侯爵、ボードレール伯爵そして当然ながらゴルゴンゾーラ公爵家の面々もである。
それだけでは無くアヴァロン商事の代表としてカンボゾーラ子爵とライトスミス商会のグリンダとエマ・シュナイダーそしてその幹部メイドや商会員も常住している。
さらにハウザー王国からの留学生一行もだ。
そしてナデタとナデテが交代で王宮への連絡員を務めつつ諜報活動を進めている。
そのナデテからの報告である。
王都に入った車列は王都大聖堂に入ったとの連絡であったが、馬車には教皇とジョバンニ大司祭、そしてアジアーゴ大聖堂の司祭長と副司祭長もやってきていると言う。
何よりも皆の関心であるセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢は最後列の馬車でメイドと共に大聖堂に入ったと告げられた。
渡河後の船着場で確認された状況とも一致する。
一台の馬車に監視の教導騎士と治癒術士がセイラたちと一緒に詰め込まれていたと言う事だったが、どうせセイラの事だから文句を言って自分たち専用の馬車を仕立てさせたのだろう。
集まった面々に安堵の空気が流れた。
夏至祭の夕方にエポワス伯爵令嬢がエポワス伯爵に協力依頼を出してくれたのだが、その翌日の昼にはアジアーゴのド・ヌール夫人の、聖女ジョアンナの作っていた組織から教皇が王都に移動するように情報を流したとの連絡が入った。
そして翌日の夕刻には教皇の車列が出発して王都を目指しているとの情報がもたらされたのだ。
緊急にそして極秘裏にモン・ドール侯爵領のジュラ州都騎士団に向けて指示が出されて、ギリギリで渡河後の車列を補足、誘導することができた。
王都の城門から王都騎士団に先導された教皇の車列が王都大聖堂に到着したと連絡が入るまでは冷や汗ものだった。
「これで一安心とは言うものの、実際はこれからが勝負だな」
ファン・ロックフォール卿が左手に右手のこぶしを打ち付けてそう言った。
「ああ、王都大聖堂は伏魔殿じゃ。魑魅魍魎がはびこっておる。あそこから光の神子殿を連れ出すのはかなり骨が折れる事になるな」
ポワトー枢機卿もそれに同意するがその顔はやる気がみなぎっている。
「私の治癒を代償にセイラさんを開放してもらいましょう。当然王都大聖堂以外の場所に出てこさせて、できれば衆人環視のもとで治癒施術をできるように図っていただけないでしょうか」
ジャンヌは食い気味に提案してくる。
「ジャンヌよ。セイラ殿が気になるのは判るが、初手からそこまで譲歩する必要はない。まずは安否確認からだ。そして初めは診療所での治癒を提案しよう。獣人族の治癒術士を嫌うならばアナ司祭やカタリナ聖導女たちに頼む程度の譲歩はしても良いが。初めはそのあたりだろう」
「そうだね。まずはセイラ殿の安否確認か先だ。彼女の安全と手厚い保護の確約を取ってからの交渉と言う事になるだろうね」
ボードレール枢機卿とパーセル枢機卿がこれからの方針を話す。
「それならば馬車の状況をもう少し詳しく知りたいものですな。遠目に見てセイラに異常はなかったか? 不審な様子はなかったか? そこをもう少し知りたい。現場で確認したものの話を聞かせてもらえんだろうか」
フィリップ・カンボゾーラ子爵が気づかわしげに口を開いた。
すぐに警備についていた王都騎士がその場に呼ばれた。
王都騎士団の士官であるようだが、このメンバーでは緊張が隠せないようだ。
「初めに司祭長と副司祭長らしき聖職者が二人おりて王都大聖堂に取次ぎを依頼したようであります。先ぶれは無く連絡が無かったようでかなり混乱していたようですが、ペスカトーレ枢機卿らしき者が多くの聖職者を引き連れて現れて我々は馬車の警護を教導騎士に引き継ぎ車列を離れました」
その後は車寄せに入った馬車から降りてくる人員を後ろで見守っていたそうだ。
椅子駕籠のようなものに乗せられた教皇が寝台馬車より運ばれてその後をジョバンニ大司祭と司祭長親子、そして治癒術士が続いて最後に最後尾の馬車からセイラがおりてきたと言う。
「貴族らしい服装の小柄な令嬢とそれをかばう様にメイドが並んで王都大聖堂に入って行きました」
その言葉に部屋全体にホッとした雰囲気が漂った。
「無事に大聖堂に入ったようだのう」
「王都に入ったなら急つの手段は…」
「待ってください! それはおかしい。セイラ様に付いていたのはルイーズ。彼女はセイラ様の妹分ルイーズを庇うなら兎も角ルイーズに庇われるなんて」
アドルフィーネの声が響く。
ナデタもナデテも顔色が変わっていた。
「まさかぁ何かセイラ様の身にぃ!」
「過剰な治癒施術を強要されて魔力不足の状態に陥っているのではないでしょうか」
ジャンヌが震える声でそう言った。
「お母様を使い潰そうとしたあのペスカトーレ教皇ですよ。何を強要したのか判りません」
「そうですぅ。きっとセイラ様の事ですからぁ、アジアーゴの市民や船乗りの為にぃ治癒魔法を使っていたのですよぅ」
「そうね。そうに違いありません。あのお優しいセイラお嬢様の事、領民や市民を人質に取られれば教導騎士の言い成りになるしかありませんもの」
「其方らの言う事は一理あるぞ。セイラ・カンボゾーラは我が一族の血統。先々代王の末孫に加わるものだ! 一侯爵家如きが手をかけて許されるものでは無いぞ! 早急に王都大聖堂にセイラの安否と対面の要請を行おうぞ!」
ゴルゴンゾーラ公爵の吠える様な叫びが邸内に響いた。
セイラの悪行は留まるところを知らない
本気でセイラを心配しているみんなに謝れ!
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