王都入城(1)
【1】
翌日の早朝、レスターク伯爵家では慌ただしくも静かに豪華な馬車の車列に粛々と人が乗って行く。
巨大な寝台馬車に教皇の身柄が運ばれてそれに続きジョバンニ大司祭と治癒術士が二人。
先導の馬車にはアジアーゴ大聖堂の司祭長と副司祭長が《《メイド》》! 二人を連れて乗車した。
その二台の馬車のまわりをアジアーゴ大聖堂の教導騎士が取り囲む。
その後ろの馬車には治癒術士が六人乗り込んでいる。
最後尾についた馬車には貴族令嬢らしいオドオドした娘と獣人属のメイドが乗り込んだ。
あれが例のセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢なのだろう。
狂暴な子爵令嬢と噂に聞く割に大人しそうだが、獣人属のメイドを連れているので間違いないだろう。
ジュラの州都騎士は車列の先頭と最後尾に騎士を配置すると出発の号令をあげた。
後はこのまま中央街道をヨンヌ州を抜けて一路王都に向かうだけだ。
ヨンヌ州内は各領地が領兵を出して周辺の警護と言う名目で教導騎士団の牽制をしてくれる。
教皇とセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢を王都に送り込めれば任務は完了だ。
【2】
朝、レスターク伯爵家のメイドに起こされるまで熟睡していた様だ。
ルイーズも少し前に起きたところらしい。
お互い緊張が溜まっていたのだろう。
レスターク伯爵家と言う事でかなり気が緩んでいた様だ。
顔を洗い着替えるとメイドに案内されて朝食のテーブルに誘われた。
応接室には焼きたての白パンやチーズやハムやベーコンに搾りたてのミルクのピッチャー。
バターのタップリ入ったオムレツに湯気の立つスープ。
そしてレスターク伯爵と御曹司は既に席について私たちを待っていた。
「光の神子殿、昨夜は慌ただしくしておりろくに挨拶も出来ず失礼いたしました。さあ、ごゆるりとされて下され。朝食を御一緒致しましょう」
「ありがとうございます。それで…教皇たちは宜しいのでしょうか?」
部屋の中には私たちとレスターク伯爵家の人しかいない。
本来主賓であるべきアジアーゴ大聖堂の面々がいなにのだ。
「ああ、教皇猊下ご一行ならばすでに立たれました。今頃は中央街道に向かって進んでおる事でしょう」
一体どういうことなのか分からない。
私たちは置いて行かれた? でも何故? 私は大切な手駒のはずなのに。
「まあおかけくだされ。朝食をとりながら御説明致しましょう。メイド殿もここでは客人ですぞ。御遠慮なくお食べ下さい」
促されるまま私たちは朝食のテーブルについた。
私達が座ると伯爵は手で会いぞを送りメイド達の退席を促す。
「ここからは内密の話になりますのでな」
そう言えば一昨日の午後に王立学校の夏至祭が終わり、昨日に帰って来たとなると翌朝には速攻で王都から馬車を出したと言う事だ。
ジョバンニたちも警戒して教皇の王都入りは喧伝していないはずだ。
レスターク伯爵家への滞在も昨日急遽連絡が有って変更になったのだ。それなのにこの対応は早すぎないか。
伯爵とは言え末端の宮廷貴族であるレスターク伯爵が王都での社交も行わず帰領するのは些か異常だ。
「あらかたの状況はリオニー殿から伺っておりました。災難で御座いましたなあ。そうそうデルフィーナ殿ですかな? 一命は取り留めたそうですぞ」
「それは良かった。その事が一番の気掛かりでしたから」
そう言ってから私はアジアーゴに入ってからの状況の説明を行った。
アルハズ州との州境で渡された教皇の病状の情報はレスターク伯爵からもたらされてものだったようだ。
「あのテーベーの情報はとても役に立ちました。お陰で優位に立つ事が出来ました」
「そう言って頂ければ嬉しい限りです。それで一昨日夏至祭の翌朝ナデテ殿からの密書を持った早馬がきたのです」
そう言って御曹司が手紙を開いて見せてくれた。
そこにはエポワス伯爵家とジュラの州都騎士団の連携で教皇の一行が動き出せばレスターク領に誘導して王都までの間情報遮断を図れとの指示が書かれていた。
ナデテの事だからジョバンニが先行してして送った先ぶれの騎士も全て捕獲しているに違いない。
モン・ドール侯爵家は護衛騎士の事やレスターク伯爵家の事はおろか
教皇が渡河した事すら知らないだろう。
「少々想定外の事態が発生いたしましてな。早急に対応が必要だと判断いたしました」
さらに伯爵が言葉を続ける。
「夏至祭の後半で一大事が発生したのです。皆は光の神子殿が王都に戻られたと思っている様だが、光の神子殿に変わって祝福を行った者がおるのです」
「えっ? それはジャンヌさんでは」
「事実を端的に申しましょう。ジャンヌ殿の母君ジョアンナ大聖女様です」
「それは、一体どういう事なのでしょうか」
いきなりの話に私は混乱してしてしまった。
セイラの拉致を知らされていたレスターク伯爵も事態が呑み込めずゴルゴンゾーラ公爵家に使いを出したそうだ。
そして夜半にゴルゴンゾーラ邸での晩餐会と言う名目のジョン王子派集会に招待を受けたレスターク伯爵が聞かされたのは聖女ジョアンナがド・ヌール夫人と名乗りハウザー王国に亡命していた事実だった。
さらに極秘裏にエポワス伯爵家を通して教皇派閥の裏をかく計画が進みレスター伯爵領に密書が送付された事を公爵直々に告げられたそうだ。
翌朝早々に馬車を駆って帰路についたのだそうだが想定以上に早く枢機卿が到着しており焦ったと陽気に笑った。
「聖女ジョアンナ復活の件は出来れば教皇に知られたくはない。ただ偽者扱いでその場を逃げられるのも厄介。それでリチャード王子とエヴェレット王女のセレモニーの折に群衆の前で光の祝福を授け、尚且つ王族や古参の大貴族や聖教会幹部の目にジョアンナ様の姿を焼き付けさせることで認知させようとポワトー枢機卿は考えたのでしょう」
そこまでの経緯は納得いった。
しかし今のこの状況はまだ理解できない。
「それで、レスターク伯爵がゴルゴンゾーラ公爵に頼まれた事は?」
「もちろん教皇一行を情報遮断しつつこの地で一泊させて王都に送り出す事。後はペルラン州とヨンヌ州の州都騎士団が上手くやってくれるでしょう」
「それでは教皇たちは州都騎士団に誘われて王都に向かっていると言う事ですよね。なら私とルイーズは何故ここに取り残されているのでしょう」
「それは、これから光の神子殿たちに行方不明になって頂くためで御座いますよ」
レスターク伯爵は言ってニヤリと笑った。
セイラの知らないところで救助計画が進行中
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