夏至祭の後
【1】
夏至祭の終了後のパーティーはいつにもまして盛大であった。
自国の王子が二人も参加する上、婚約者のハウザー王女と公爵令嬢が居るのだ。
ラスカル王国、ハウザー王国共に半端ない費用がかけられて贅を尽くして料理が饗されていた。
しかし主賓の四人以外には、例年幅を利かせているAクラスの教導派貴族たちや清貧派の貴族やジャンヌたちが姿を見せていない。
高位貴族はマルコ・モン・ドール侯爵令息くらいであとは平民寮の男子と近衛騎士団の団員だけでその近衛騎士もイヴァン・ストロガノフは姿を見せていないのだ。
参加している生徒たち、とくに下級生や平民寮の生徒たちの間ではセイラが間に合ったと安堵している者が多い。
三年の一部の上級貴族子女の間には清貧派が何か不穏な事をしていると喧伝する者もいたが、それも王子たちがいるこの会場では声高に糾弾できず尻すぼみになっている。
会場内はあの祝福はセイラが帰還して舞台に上がったものととらえられている様だ。
「なあアイザック先輩、セイラお姉さまはどこに行ったんだ? 今日祝福してたのはお姉さまじゃねえだろう」
「でもセイラ様しか光の祝福は出来ないだろう。身長が伸びてるのはみんなセイラ様がハイヒールを履いているって言っていたじゃないか」
「その程度の観察力だからアイザック先輩たちは幾何の頭を張れねえんだよ。セイラお姉さまの胸があんなにデカい理由がねえだろうが!」
「「「「ハッ! 本当だ!」」」」
「じゃあセイラ様はまだ帰還されていないという事か? ならあの祝福は?」
「それを聞こうにも兄貴すら居ねえんだ。ジョン王子殿下たちはみんなに取り囲まれて近づけないし…」
「確かにAクラスは殆んど居ないな。教導派など皆欠席でマルコ・モン・ドール近衛騎士だけだし」
事実ここ数週間欠席している者は多い。
教導派ならばクラウディアとユリシアの二人の伯爵令嬢とジョバンニ大司祭。清貧派もカロリーヌ女伯爵とオズマ・ランドック、そしてセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢…、当然エド・シュナイダーもだ。
二十八人のクラスの内、四分の一が来ていない。
この会場にいる三年Aクラスは主賓のジョン王子たち三人。
参加生徒はマルコ・モン・ドールとヨセフ・エンゲルスとウラジミール・ランソンの三人の近衛騎士、平民男子のアイザックとゴッドフリートとアレックス・ライオルの三人の計六人だけだ。
【2】
その頃当然ながら清貧派の主要メンバーは清貧派の高位貴族や聖職者たちはサロン・ド・ヨアンナの特別室に集まっていた。
まあ今はボードレール伯爵家の面々とジャンヌとジョアンナの二人の聖女母娘の感動の対面を鑑賞しているのだけれど。
「余もまさかド・ヌール夫人がジャンヌ殿の母君だと知らず驚いておるのです。色々とハウザー時代から農奴の逃亡を手伝って貰っていたのですが」
「北部諸州からの小作農民たちの脱走や農村解放要求を出したのもあの人の様なのだわ」
「ポワトー枢機卿様はいつからご存じだったのですか? 今回の司祭会議招集は何か考えがおありなのですか?」
レーネ・サレール子爵令嬢の直球の問いかけにポワトー枢機卿はバツが悪そうに笑って答えた。
「そもそもは儂が怒りに任せて司祭会議を招集してしもうたのだ。枢機卿の椅子と引き換えにセイラ殿を奪還しようと思ったのだが、そのタイミングでジョアンナ殿が参られた。司祭会議の細工はこれからじゃがな」
「あとは教皇がその挑発に乗ってセイラを連れて動いてくれればいいのだわ」
「そう簡単に動いてくれるでしょうか」
「うちの治癒術士の話ではテーベーにはジャンヌの治癒が必要だそうなのだわ。根本原因を治癒するためならジャンヌに頼らなければならないのはセイラも知っているのだわ」
「と言う事はセイラ殿がうまく誘導してきてくれるということかのう」
「多分あのチビ助の事だからアジアーゴでもやりたい放題やらかしているでしょうね。ジョバンニくらいなら口先三寸で踊らせていると思うけれど」
「ポワトー伯爵様。『お父さん』…セイラさんはきっと直ぐに動き出すと思います。いえ、もう動き出している可能性もあるかと」
いつの間にかボードレール伯爵一族も感動の再会を終えて会話に参加してきていた。
「セイラちゃんならもしかしたら今頃アジアーゴで問題を起こして追い出されているんじゃないかしら」
「あのチビ助ならありそうな事ね。ならもう王都に向かっている可能性もあるわね。やはり河船で南に進むのかしら」
「もしポワトー枢機卿様の司祭会議の情報が入って教皇が動くのなら今日の事は知られたくないのだわ」
「船便で来るのならぁ、船着き場までの情報封鎖は確実に実行できるですぅ」
「でもペスカトーレ侯爵家は碌な河船を有しておりませんわ。特に教皇を貨物船に乗せる訳にもいきませんから、渡河以外では使わないでしょう」
「私もナデタの言う通りだと思う。そうなるとどの街道を通って王都に向かうかですよね。でも私は南部育ちですし北部の事情をよく知らないのです」
ジャンヌの言葉にポワトー枢機卿は問い返した。
「それならば普通に中央街道を真っ直ぐに抜けて王都に向かうのではないかね」
「中央街道ならほとんどヨンヌ州内だからエポワス伯爵家が州兵を派遣して王都まで警備させられるわ。近づくものは全て州兵に排除させましょう」
「あら、メアリー・エポワス。良いのそんな事をするとペスカトーレ枢機卿やシェブリ伯爵家の手の者も追い払う事に無るのだわ」
「バカバカしい。街道の警備はそもそも正規の州兵か州都騎士団が担うもの。枢機卿や伯爵本人が来るならともかく得体のしれない教導騎士などと言う聖教会の私兵に来られても信用できませんもの。追い払うくらい容易いものよ。そもそもヨンヌ州は武門の州で領主の大半は近衛騎士上がりの者ばかりなのだから」
「これは頼もしい。それならば奴らも変に小細工など出来ずに王都に入る事は間違い無かろう」
「そうでしょうか伯父様。ヨンヌ州が近衛騎士団の力の強い州である事も、エポワス伯爵令嬢が教皇派から距離を置いている事も、何よりエヴェレット王女殿下の婚約を歓迎している事もジョバンニ・ペスカトーレは知っている筈です」
「ならあなたならこんな場合はどうすると言うの? 王都に向かうのは普通に考えて中央街道へ向かうのが当然でしょう」
「メアリー・エポワス。ジャンヌが言いたいのは、そこにヨンヌ州の州兵が来たなら反対に警戒するかもしれないと言う事なのだわ。私でも同じ立場なら教導騎士団を招集して警備につかせるのだわ」
「そうね。言っている事は理解できる。でもそれならばどうすれば」
「私の思い付きですから可能かどうかはお二人と公爵様たちや枢機卿様たちでご検討下さい」
「ジャンヌよ。教導派聖教会で出来る事はバックアップするので話してみてくれ」
「はい、教皇側が気付くのならモン・ドール侯爵家の力を借りるのが得策だと考えるのではないでしょうか。私なら少し遠回りになりますがジュラの街を経由して王都に入ります。最悪の場合は王都へと同時にモン・ドール侯爵家へ早馬を出し教導騎士団の派遣を要請する事が考えられます。ならばモン・ドール侯爵家から州都騎士団が護衛に来れば躊躇い無く警護を受け入れるのでは? ジョバンニ・ペスカトーレはそれを疑ってかかるほどには聡明ではありません。ただ聖教会のお力は及びにくいかと」
「ウフフフ、ジュラの州都騎士団を従えてヨンヌ州を抜けると言う事ね。あのジョバンニの愚か者なら簡単に引っかかりそうね」
「いっその事、清貧派を煙に巻くとでも言って別街道に引っ張って行けばさらに情報伝達が遅れるのだわ」
「セイラ殿やオズマ・ランドック嬢にも舌を巻いておったが、今年の卒業生は傑出しておるな。皆がカロリーヌの仲間であると思うと今後の憂いも無い」
「私も娘が私以上に成長している事が誇らしゅう御座いますが、ポワトー枢機卿様には未だ役目が御座いますよ。気弱な事は申されませんように」
「ウム、ボードレール卿もロックフォール卿もロックフォールの御大もそれで宜しいか?」
最後にゴルゴンゾーラ公爵が全てを引き取ってこれからの方針が決まった。
Aクラスの生徒はヤローばかりしか残っていません
イヴァナ「フッ…よゆうのえみ」
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