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王都への旅(2)

【4】

 門をくぐると領館から出てきた迎えの人たちがすでに整列していた。

 教皇とジョバンニが乗る寝台馬車はレスターク伯爵一家の挨拶を受けるとそのまま執事らしき男性に誘導されて館の正面玄関の車寄せに進んで行った。


 レスターク伯爵は王都に行って不在の為、先導する御曹司によって私たちは裏手の通用門に誘われて行く。

 挨拶の為に窓から顔を出した私に向かって御曹司の方から先に声をかけてきた。

「この度は御災難で御座いましたなあ光の神子様」

「御曹司様、その呼び名はご勘弁願います。私はただの子爵令嬢で御座いますから」

「神子様がその呼び名を嫌っていおる事は存じ上げておるが、我が家にとってはそれ以下のものでは無いのだ。心情的にも神子様呼び以外はしかねる。これは我がレスターク一族全ての思いなのだ」


 さすがにそこまで言われれば頑なに固辞するのも憚られる。

「勿体ないお言葉です。ありがとうございます」

「今宵はゆっくりとお寛ぎくだされ。御歓待とまでは申せませんが我が領の特産を饗しますぞ」

「それは楽しみにさせて頂きます。それでは後程こちらから伯爵様にもご挨拶に伺わせて頂きます」


 そう告げると私たちの馬車は通用口の車寄せに入って行った。

「普通に令嬢として応対も出来るのだな」

 同乗していた教導騎士がポツリと言った。

 当然だろう。宮廷作法の講義でどれだけ苦労したと思っているんだ。


「私だって相手を見て弁える時は弁えるわ」

「その弁えるタイミングが人と違っていると思うのだがな」

「私だって人として尊敬できる者に対して相応の態度をとるわよ。少なくとも命がけで任務に赴いた部下の首を刎ねる様な者は尊敬に値しないでしょう」

「…違いない。俺もそう思う」

 監視の教導騎士がポツリとそう呟いた。


【2】

 大きくはないが清潔なとても過ごしやすそうな部屋だった。

 テーブルの上には軽い軽食のスコーンとなんと水出しコーヒーのドリッパー迄準備されている。至れり尽くせりだ。


 ルイーズがコーヒーを入れ始めると直ぐに御曹司がやって来た。

「下らぬ教皇と大司祭への挨拶に手間取ってしまい遅参してしまいました。ご容赦の程を」

 伯爵家の御曹司にこうまで遜られるのはこちらとしても荷が重すぎる。

「お立場は重々承知しておりますがからどうかお気遣い無く。如何でしょうお茶を御一緒致しましょう」

「それは忝い。仔細はリオニー殿よりの密書にて聞き及んでおります。随分と思い切った策をとられてものだ。それで勝算の程は如何ですかな」

「ここに、レスターク伯爵領に入れたことでほぼ八割は達しております。これでハッスル神聖国へ連れて行かれる可能性は大幅に減じましたから」


「そう言って頂ければ嬉しい。後は王都に入れば更に勝率は上がると?」

「いえ、王都に戻っても王都大聖堂に監禁される可能性が高いのですよ。卒業舞踏会とジョン王子の婚礼式に私を出したくないはずですから」

「今回の夏至祭でも教皇や大司祭が沈黙を通したのはそれも有ったからでは無いのかな」


「今回の件は偶発的ですし、そもそも教皇庁はオーブラック州とポワチエ州に内戦を起こさせて北海沿岸に進軍し婚姻に圧力をかけるつもりだったと思うのですよ」

 教皇やペスカトーレ侯爵家の考えはともかく、アントワネットとシェブリ伯爵家は絶対にそのつもりだったのだと思う。


「それならば目論見は悉く潰されたという事ですかな。後は昨日の夏至祭の首尾がどうかと言う事ですな」

「それで何か情報は入っておりませんか?」

「さすがに昨日の今日ですからな。もうすぐに王都の父上より連絡が入るでしょう」


 そう言っている矢先に部屋をノックする音が聞こえ、レスターク伯爵の帰還と直ぐに教皇のいる客間に向かった旨の連絡が入った。

 そして御曹司の手に一枚の紙が滑り込まされた。


【5】

「ペスカトーレ教皇猊下、ペスカトーレ大司祭様よくぞいらっしゃって下さいました。ご連絡を聞いてこのレスターク飛んで帰ってまいりました」

「おおレスターク伯爵、其方にはセイラ・カンボゾーラの情報を集めて貰う折には世話になった。お陰でこうしての光の治癒をうけられておる」


「なんでもリチャード王子の婚約の嘆願の為にあの光の神子自らが教皇猊下のもとに出向いたとか。王太后殿下の御要請にも従わぬ光の神子が自ら足を運ぶとは、全て教皇猊下の御威光の賜物で御座いますな」


 ジョバンニ・ペスカトーレはレスターク伯爵の言葉を聞いて、王都ではそういう風に話が流れているのかと改めて思った。

 王都大聖堂も清貧派も今はポワトー枢機卿襲撃の事実を公にしたくない心情は同じだという事だ。


「それで、レスターク伯爵様。お爺様は旅で疲れておられる。出来れば二人で王都の状況などお聞きいたしたいのだがお手間を取らせる事になりましょうかな?」

「いえ、もっともなお話で御座いますな。すぐに応接に酒でも用意して昨日の夏至祭の様子などご報告させて頂きましょう」

 そう言うとメイドを呼んで、耳打ちするとジョバンニを先導して歩き始めた。


 伯爵もそのつもりであったようで、応接室に入ると高価なワインとチーズやベーコンを乗せたオープンサンドがすでに準備されていた。

「ゴッダードブレッドの名称は御不快かと思われますが、酒の宛てにはちょうど良いと思ったもので」


「いや気にせずとも結構。それより夏至祭の様子をお聞きしたい」

「それなのですが、些か不可思議な事が御座いましたな。いる筈の無い光の神子の代わりに光の祝福を行った者がおったのです」

「光の祝福を? セイラ・カンボゾーラは昨日の朝はアジアーゴにおった上その後はずっと俺と一緒だったぞ。事実なのか?」


「何か偽装かからくりが有るのでしょうかな。委細は分かりかねますが、多くの参加者は光の神子が祝福を施したと持ちきりでしたぞ。ただ…ただ中には、いやこれは在り得ぬ事」

「在り得ぬかどうかはこちらで判断いたすので話してくれ」


「ええ、実は一部の聖職者や古参の高位貴族殿たちの間で聖女ジョアンナが復活したと言い出す者が…」

「バカな、死者が蘇るはずなど有ろうはずもないであろう」

「ええもちろんで御座います。しかしそれで清貧派が勢いづいて居る様で」


「それは不味いなあ」

 ジョバンニはそう思いつつも良い知恵が浮かばない。

「その事実を持ってポワトー枢機卿が司祭会議の前倒し召集を望んだのなら急いで王都に行き対策を」検討せねば


「それでペスカトーレ大司祭様。基本的な治癒と体力向上なら初めの光治療の後は普通の治癒術士でも可能と聞き及んでおりますぞ。根本的な病根を潰すのは聖女ジャンの闇の魔力とも」

「それはあのセイラ・カンボゾーラも申しておったな。セイラ・カンボゾーラの身柄を盾にジャンヌにゆさぶりをかけるのも一手か?」


「そこでで御座います。光の神子を我が城内に留め置いては如何でしょうか? 清貧派の、敵の数も多い王都まで連れてゆけばその所在を隠すのは一苦労。隠しとおす訳にも行かぬはず。襲撃や強奪の危険が有りますぞ」

「それでこの場内に幽閉せよと?」


「ここはモン・ドール侯爵家の治めるペルラン州の外れ。おまけに王都へは馬でなら半日、馬車でもの一日の距離。おまけにこの領城にいる事は我らとジュラ州都騎士団の一部しか知らぬ事。ならば清貧派と極秘裏に交渉を進めるにも持ってこいでは御座いませんか」

 一理ある。

 いやこれは名案では無いのか。

 ジョバンニは良い助言と協力者を得たとほくそ笑んだ。


「それは俺も考えておったが、レスターク伯爵から先にご提案いただけるとは僥倖。出来ればセイラ・カンボゾーラの説得もお願いして宜しいかな。我らは明日早暁に王都に出立するので、明朝あ奴に言い含めて貰えると助かるのだ。後々悪い様にはせんぞ」

「御意に。元より此方から提案致した事。否やは御座いません」


 そう告げるとレスターク伯爵は明日の準備と家人への箝口令の為と言って早々に引き上げて行った。

 これであのセイラ・カンボゾーラにまた一矢報いる事が出来るとジョバンニは小躍りする気分であった。

レスターク伯爵の提案に乗ったジョバンニ・ペスカトーレ大司祭

果たして彼の思い通りに事が動くのでしょうか


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