ゴルゴンゾーラ公爵の告白
【1】
貴賓席の一部の物を残して会場の観客は殆んど退席していた。
もちろん貴婦人たちや女学生たちは表の倉庫で行われる即売会やレディーメイド品の発注に向かったのだ。
そして服飾商会の関係者やバイヤーも舞台のコーディネートをした生徒を確保するために走り回っている。
そんな喧騒とはまるで別世界のように貴賓席に残っている古参の上級貴族や高位聖職者が睨み合っているのだ。
「待て! 余は聞いておらんぞ、こんな話は。今初めて知ったのだ。王妃! 其方は知っておったのだろう!」
「まさか。わたくしも知ろうはずが御座いませんよ。そもそも実兄であるボードレール伯爵や枢機卿が知らぬと申す事を他人のわたくしが知りよう筈が御座いません」
「そうだ! ポワトー枢機卿だ! あ奴が連れて参ったのであろう。我ら王都大聖堂の面々に司祭会議を要請したのも、あの女を連れてきたのもあ奴では無いか!」
ペスカトーレ枢機卿が怒りに血管を浮かせて怒鳴っている。
「ああ、ポワトー枢機卿ならば体調が優れんと申されて退席なされたぞ。シェブリ大司祭ならばポワトー枢機卿の病状もよくご存じであろう。命の綱の光の神子殿は教皇殿の要請で治癒治療にアジアーゴに赴いておると聞いたが、それで体調が優れんのではないのか?」
「きっ、貴様…ロックフォール侯爵! 其方が糸を引いたのではないのか!」
「シェブリ大司祭殿、異なことを仰るな。グレンフォード大聖堂が与り知らぬ事を若輩のわたしが知る由も無いであろう。ポワトー枢機卿が王族への祝福に知識がある者がおると申されたので学生たちに頼んだまでの事。そもそもわたしはジョアンナ殿と面識は御座らんからな」
「そう言う事じゃ。誰一人真実を知るものはおらんのだからどうしようもなかろう。まさかこの様な爆弾が仕掛けられておるとは、ジジイのわしにとっては心臓に悪いわ。すまんがとっとと引き上げさせて貰うぞ。ああ、国王陛下、王妃殿下この度の婚約、婚姻祝福いたしますぞ」
そう言って話を締め括ろうとしたのは先代侯爵、今は隠居のロックフォール翁であった。
「ワシらも学生たちを労ってやりたい。これは我がゴルゴンゾーラ公爵家においても慶事なのでな。我が娘の婚姻と併せて、リチャード王子の婚約を祝福させて頂くぞ」
そう言って立ち上がるゴルゴンゾーラ公爵の後に続いて清貧派閥の貴族や聖職者が後に続く。
「待たれよ! 未だ話は終わっておらん。ボードレール伯爵! ロックフォール翁! ゴルゴンゾーラ公爵!」
ペスカトーレ枢機卿の怒鳴り声を無視して清貧派閥の面々は控室に去って行った。
【2】
貴賓席から舞台裏の学生たちを労いに向かう清貧派の高位貴族や枢機卿の面々は夏至祭初日の昼に顔合わせも打ち合わせも終わっている。
その為和やかに笑いながら舞台裏の控室に向かっていた。
「なんともあのドミニク司祭がここまですべてを欺いておったとは」
「いや、兄上。ドミニクは正しいと考えれば躊躇せぬ胆力の持ち主。ゴッダードの八年前の事件の時もセイラ殿の光属性を隠した事も独自の判断であったから意外では無いぞ」
「しかし先程のペスカトーレ枢機卿の顔は傑作だったな。ジョアンナ様とは面識すらないこの俺にまで噛みつくとは。焦っておるうちに畳みかけねばなあ、父上」
そんな会話を続けながら控室に入ると、そこにはジャンヌとジョアンナとドミニクが向かい合って泣いていた。
さすがに全員が表情を引き締めて部屋に入って来る。
そしてジャンヌに声をかけようとボードレール枢機卿が近寄って行った時に『ピシリ!』という大きな音がした。
怒りの形相のヨアンナが自分の父であるゴルゴンゾーラ公爵の頬を扇子で張り倒した音だった。
ゴルゴンゾーラ公爵は驚愕の表情で頬を押さえている。
「お父様、ご存じだったのでしょう! そうで無ければ王都より南部まで無事に逃げられる訳がないかしら。極秘のうちにサンペドロ辺境伯家に繋ぎを付けられるような貴族はあの頃は我が家かロックフォール侯爵家だけ。それがロックフォール家の頭越しにゴーダー子爵家に話を付けられるのは」
「いや、ワシは…」
「お父様! 言い訳は聞かないかしら。ドミニク様が頭を下げていらっしゃるのよ。全ての筋書きを作ったのは父上しか考えられないかしら。あの当時南部は教皇庁に警戒され教導派の締め付けが厳しかったかしら。そんな中でスティルトン騎士団長に情報を流せるのは王宮にも伝手が有るお父様しかいないかしら」
「ヨアンナ、それはそうかも知れんが公爵殿は二人の事を慮っての行動では無いか。だから自ら先頭に立って南部まで送り届けたのであろう」
「だからと言ってジャンヌとそのお母様を悲しませた事の言い訳にはならないかしら。起きてしまった事は仕方ないとはいえ、結果が良いからと二人の苦しみを水に流させるのは許せないかしら」
ジョン王子の執り成しにもヨアンナは耳を傾けなかった。
「そうだな。その通りだヨアンナ。よくぞ申してくれた。其方が頬を張ってくれねば道を踏み外すところであった。勝手に満足して全てを終わった事にしてしまう所であった」
ゴルゴンゾーラ公爵はそう言うとジャンヌとジョアンナの前に膝をつき頭を垂れた。
「すまない。いや、本当にすまなかった。全てはワシの不徳の致すところだ。全ての責任はワシに在り、罪は全てワシが受ける。聖女ジャンヌよ、これは其方の母と父とドミニクが其方の為を思って成した事。受け入れ難いかも知れぬが二人を許してほしい。憎みたいならワシを憎んでくれ。母と娘のすれ違いを生み出してしまった事は本当に申し訳ないと思っておるのだ」
ジャンヌはその言葉で改めてド・ヌール夫人の、母であるジョアンナの顔を見た。
憂いを含みつつも誇らしげにジャンヌを見つめる涙にぬれた瞳と視線が合うと自ずと言葉が零れだした。
「お母様、ありがとうございます。生きていてくれて。私はそれだけでも十分幸せです」
その言葉を聞いたジョアンナから嗚咽と共に、両手でジャンヌは頭を抱えられてしっかりと抱きしめられた。
「ごめんなさい。何度会いたいと望んだ事か。でも出来なかった。ごめんなさい。ごめんなさい」
「もう言わないでお母様。大切な人が今まで私を支えてくれていた。それを知る事が出来た。だからもう余計な言葉は要らない。お母様がお母様として私の側にいて下さるならば」
「ゴルゴンゾーラ公爵様、私はお怨みする様な事は御座いません。私のお母様をハッスル神聖国から救ってくださった。私の事も救ってくださった」
「それは違うぞ、ジャンヌ殿。全ては其方を命を賭して守り抜いたスティルトン騎士団長、其方の父上こそが其方を救ったのだ。褒められるべきは其方を救ったスティルトン騎士団長と協力した冒険者ディエゴなのだ。ワシはその情報収集の手助けと秘匿をしただけで安全な所から見ておっただけだ」
「そうね。お父様は出来る事をただやっただけかしら。無私の協力者だった冒険者ディエゴと比べれば何一つ誇るべき事が無いかしら」
「いや、ヨアンナ。そこまで言わずとも良いでは無いか。少しは父として褒められる事もあったのではないのか?」
「無いかしら。それよりこれからの事を相談しなくてはいけないかしら。ジョン王子、リチャード王子殿下、エヴェレット王女殿下。これでハッスル神聖国との亀裂が大きく成るかしら。早急にこれからの対策を考えるべきかしら」
性格が真っ直ぐなヨアンナは父であっても
ジャンヌを泣かせる原因を作った公爵が許せなかったようですね
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