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教皇の治癒施術

【1】

 私が目を覚ました時には日が昇っていた。

 ルイーズが憔悴した顔で私の横に座って見降ろしている。

「ごめん、ルイーズ。心配かけさせて。もう大丈夫よ、魔力も戻って来たようだし」

 そう言いながら起き上って両腕を回すと、グーッと盛大におなかが鳴った。


 ルイーズは微笑んで部屋の隅に佇んでいる治癒術士二人に声をかけた。

「用意していたスープを温めてお持ちして頂戴」

 どうも私が倒れてから、責任を感じた治癒術士ももしもの場合を想定し付き従っていた様だ。


「今何時かしら。倒れたのが午後の四の鐘を過ぎていたのは判っているのだけれど」

「午前の二の鐘が鳴って少し経ちます。先程日が昇ったところです」

「なら食事をしてまた少し休憩するわ。午前の五の鐘から治療を始めましょう。ルイーズはこれから朝まで睡眠時間よ。寝てないんでしょう」

「わかりましたセイラ様、そうさせて頂きます」


「朝はカツレツが…、アジフライでもエビフライでも」

「ダメですよ。いきなりそんな重たいもの! その代わりじっくりと脛肉を煮込んだクリームシチューを用意していますから」

「ハイハイ、分かりました。その代わりお肉はたっぷり入れてよね」


「光の神子様、揚げた肉は良くないのであろうか?」

「疲れている時は消化に悪いものは良くないんですよ。セイラ様は直ぐに吸収できる栄養を求めているので、栄養をたっぷり含んだスープやよく野菜や肉を煮込んだシチューはとても良いんですよ。医食同源と言って、これは病人にも言える事で、フィリポやグレンフォードの治癒院ではそういう研究もされているんですよ」


「医食同源…。治癒行為と食事は根本は同じという事か」

「これは治癒施術以上に学びたい。これは万人が知るべき事だ」

 修道士資格しか持たない治癒術士ではあるが彼らはそれでもその使命感からこの職に誇りをもっているだけに向学心も旺盛なのだろう。


「あなたたちも一緒に食事をしましょう。今日は教皇の治癒施術に入るわ。私一人じゃあ全てを回せないのよ。風術士も水術士も土術士も必要なの。昨日みんな練習をしていたのなら施術開始までに、休息と栄養補給を! ルイーズが作ったものと同じ物を作ってみんなで食べておいてちょうだい」


【2】

 少しうつらうつらしていた様だ。

「セイラ様、少しまた何か食べておいた方が宜しいのでは? 長引く可能性もあるでしょう」

「そうね。今日の治療を担当する治癒術士も集めてちょうだい。食事をしながら治療の打ち合わせもするから」


 それから程なくして部屋に治癒術士が十三人も集まって来た。

 風、水、土が三人ずつ火属性は四人いる。

 私が火属性だから過剰だといえば、彼らは是非私の施術を見たい知りたいというのだ。


 おいおい、清貧派治癒術士の秘伝中の秘伝だぞ! 『冬海』が心血注いだ秘伝をそう易々とは教えられない。

 まあ私も教えられる程には知らないし。

 仕方ないから、私が教えられる範囲では教えておこう。


 火属性は静脈瘤は初心者には難しいので教えないが、腫瘍の焼き切りなどは部位によっては可能だし、当面は痔の治療に専念させて技術を学んでもらおうか。

 厚焼き玉子とハバリーザラダ(コールスロー)ゴッダードブレッド(オープンサンド)を摘まみながら、今日の施術の進め方をレクチャーして行く。


 肺に発生している悪性腫瘍の焼き切りと肺と腎臓に出来ている結核菌の大きな転移巣は焼き切ってしまう。


 心臓にかなり負担がかかるので心不全の危険性も考慮して体力的な負担も考えて進めなければいけない。

 土魔法による心臓マッサージや風魔法による呼吸の補助、そしてしばらくは砂糖水や生理食塩水による水分とミネラルと栄養の補給。


 ルイーズには厨房で施術後の病院食の指導をさせてレシピ指導をさせている。

 …バレたらファナが文句を言ってきそうだけれど、スープとシチューくらいなら良いだろう。

 それにオートミールなどは売れればロックフォール侯爵家の儲けになるし。


【3】

 準備を整えて時間どうりの午前の五の鐘に合わせて病室に入った。

 病室に入る者は全員沐浴をさせて服も清潔なものに着替えさせているが、ここには消毒用の高濃度アルコールも無ければ、熱風消毒が出来る者もいない。

 空気の入れ替えはさせているが、マスクと手袋は一度蒸気で蒸した物を熱湯消毒した銀のトレイに並べさせている。


 本当に治癒技術や衛生に対する概念にの付いてはまるでなっていない。

 南部や北西部が進み過ぎているという言い方も出来るのだけれど。


 金糸銀糸で刺繍が施された薄汚れた派手な服で入ろうとした香水まみれの治癒術司祭達は教導騎士に命じてたたき出させた。

 昨日から教導騎士達は私にとても従順になったのだ。


「ふざけるな! 教導騎士の分際で我ら教皇庁の治癒院を出た司祭に歯向かうのか!」

「黙りなさい。この治療については教皇とペスカトーレ大司祭から全権を委ねられているのは私よ。騎士達はその言葉に従っただけ。今ここでは私の言葉は教皇の言葉! 従うべきは誰か弁えるべきね」


 そう言って私は病室の扉を閉めさせた。

「光の神子殿、かたじけない。我らの矢面に立ってくれた事、礼を言う」

 昨日の武官が二人の部下を連れて、真新しい白衣で抜き身の剣を持って立っている。

 鞘ごと消毒する訳にも行かず、ショートソードの刃と柄を火魔法で熱消毒した為だ。


「別に事実だもの。教導騎士団に頭を下げられても嬉しくはないわ」

「それであっても、我らとしては礼を述べたい」

「ならその言葉は受けておきましょう」


 三人の騎士は窓と扉に一人づつ控えて警護に当たっている。

 風、土の治癒術士が呼吸の補助と心拍の測定にかかった。

 火魔法の術士が教皇の身体に触れて肺と腎臓を中心に治癒魔法を流す。


 私は横たわる教皇の衣服をはだけ、血管に光魔法を流すと、四人の術士から驚愕の声が上がった。

「おお! 今一瞬内臓の臓器の全体が見えた」

「肺を中心に魔力の滞りが有ったぞ!」

「凄い! こんな状態は初めて見た」

「私の流していた魔力が、神子様の魔力と同調して体を巡っているのが見えますわ」


 この火属性の治癒修道女は直感的に魔力の流れで体内の状態を把握する事が出来たようだ。

 有望株の治癒術士はどうにか取り込みたいものだが良い方法は無いものか?


「それでは皆さん、自身の役割をこなしながら肺と心臓に集中してください。肺の腫瘍が感じられたでしょう。ここを焼き切りますが心臓に異常が有ればすぐに言って下さい。心不全を起こす可能性が有りますから」

 私のその言葉で治癒施術は始まった。


 これまでの治癒術士たちの施術と美食と言う栄養補給、そして昨日の私の治癒施術により体力は回復している様で、肺の腫瘍と結核菌の転移巣、そして腎臓の転移巣も焼き切る事が出来た。

 悪いが片方の腎臓はもう機能しないかもしれない。それでもまだ一つは草臥れてはいるものの健在だ。


 しかし病根は残ったままだしリンパ節の病巣は私ではどうする事も出来ない。

 これはジャンヌに頼るしかないのだ。

 今回の私の件も有ってジャンヌは激怒しているだろう。私が戻って説得しても教皇を許すかどうかは未知数だ。


 最後に光魔法により内臓の回復を促して今日の施術は終わりだ。

 ソファーにへたり込んで冷えたレモン水を貰うと一気に流し込んだ。

 いつの間にか正午の鐘は過ぎ、午後の一の鐘が鳴り響いている。

 食事をしてしばらく休憩を入れて午後の二の鐘から昨晩の続きを行うと教導騎士に告げて部屋に引き上げたら、そのままベッドに倒れ込んでしまった。

元日はいかがお過ごしでしたか

なにやかや言いながらアジアーゴの治癒術士を取り込み始めているセイラです


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