女騎士の近状報告
【1】
冬期休暇が明日に迫り、寮内が帰省の準備で湧いている頃、ヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が下級貴族寮の私の所にやって来た。
「おお、セイラ・ライトスミス! 頼みがあるのだ。済まないが話を聞いて…」
「オホホホホ、ヴェロニク様ったら、セイラ・ライトスミス様とはお親しいとは言え、私と名前を間違えるなんて。私はセイラ・カンボゾーラですわ」
この粗忽者! ライトスミス家で私に啖呵を切ったくせに!
「ああ、そうであったな。辺境伯家の跡取りである私としたことが、面目ない。新興子爵家の跡取り娘に恥をさらしてしまったな」
こいつ、自分の失敗を棚に上げて何をマウントを取ろうとしてるんだよ。
「本当に私ごとき子爵家の小娘に辺境伯令嬢様に対して出来る事など御座いませんもの。残念で御座いますわ」
「あー待て待て待て! 悪かった。少し話を聞いてくれセイラ・カンボゾーラ」
直ぐに手の平を返すなら言わなければ良いのに。
「アドルフィーネ、ファナ様の所に行ってお菓子を分けて貰ってきてちょうだい。ウルヴァはお茶の用意をお願いするわ。アーモンドハウザーコーヒーを」
「待て、菓子は…菓子は下級貴族寮の物で…物で良い。上級貴族寮に知られたくない。それからアーモンドハウザーコーヒーはホットにしてくれ」
とても残念そうに考えあぐねた末、ファナのお菓子を断って来た。ただこの女には、お菓子はいらないと言う選択肢は無いようだ。
私はヴェロニクを自室に招き入れると、彼女は特に言われるでも無くソファーにふんぞり返って座った。
「ウーン、王女殿下の部屋からすると格段に見劣りするが、近衛騎士団の部屋と比べると格段に良い部屋だな」
「まあ、末席と言えども子爵令嬢用の部屋ですから。そう言えばヴェロニク様は近衛騎士団寮に未だ住んでおられるのですか」
「ああ、部屋が見つかる迄の間と思っていたが存外居心地が良くてな。結局部屋を探す気も失せた」
「えっ? あんな男ばかりのむさ苦しい場所で大丈夫なのですか? 浴場や洗濯物は困らないのですか?」
「アハハハ、そう言ってやるな。みんな気の良い連中ばかりだぞ。それに部屋も風呂の有る上級士官用の良い部屋を宛がって貰っているしな」
ヴェロニクの話によると中隊長室の隣りの副官クラスが使う部屋を一室借りているそうで、洗濯やベットメイクもライトスミス商会からの派遣メイドが昼にやって来るので困っていないと言う。女騎士と言ってもスイカップ美女のお姉さんが寮内を徘徊していて大丈夫なのだろうか。
「まあ私に勝てるような男は中隊長殿くらいであろうよ。むしろこの私を抑え込める男がいるならばウェルカムだ!」
「何をバカな宣言をしているんですか! 少しは辺境伯令嬢である自覚をお持ちください。ブル・ブラントン王家騎士様もいらっしゃるんでしょう。付け込まれるような事にでもなったらどうするのですか!」
「それなら大丈夫だ。ブルは気に入らぬと言って別の中隊寮に移ったからな」
「一体どういう事です? そもそも今何処の寮に住んでいるのですか?」
「私は第四中隊寮にそのまま住んでいるぞ。部屋はルカ殿の隣りに移ったがな。ブルは直ぐに平民どもと同じ寮になど住めぬと言って第七中隊の寮に移って行ったが、未だに下士官室にいるそうだ。聞く話では内装は立派だが部屋の広さどの寮も同じだそうだ。あそこは家具がデカい分第四中隊寮より狭くなるとさ、アハハハ」
そう言ってバカ笑いをしているヴェロニクにウルヴァがコーヒーを出す。さっき入れて冷ましていたものだ。
テーブルにはアーモンドプードルのかかった生クリームとガムシロップの壺が置かれた。
猫舌で甘党のヴェロニク用だ。
私の前には炒れたてもブラックコーヒーが香しい薫りを漂わせている。
「お前そんな苦いものよく飲めるなあ。それより菓子は未だなのか?」
「お菓子の催促より、私に仰りたい事が有ったのでしょう。いったい何なのです?」
「ああ、そうだった! この間エヴェレット王女殿下が近衛騎士団に見えられてな。散々ブーツを見せびらかして帰って行かれた。なんでもムートンブーツとか言う物で、お前たちが取り扱っているそうではないか。頼む、私にも融通してくれ」
「そんな事で私の所に?」
「そんな事ではない! 切実なのだ。お前も南部育ちなら分かるだろう。この街の冬は底冷えがするのだ。足元の寒さだけは重ね着もきかぬから本当に耐えがたいのだよ」
ああ、ハウザー王国はラスカル王国の更に南部に位置する国だ。そしてラスカル王国の王都はそことは真反対の北辺に位置する街である。
慣れぬヴェロニクは耐えがたいだろう。
「ムートンブーツを取り扱っているオーブラック商会に話を通しておきましょう。優先的に採寸に行って貰う様にお願いしておきます」
「それは有り難いのだが、出来ればすぐに欲しい。今月に入ってからもう寒くて寒くて我慢できない。ほら、王立学校では既製品が出ているそうではないか。それをどうにかならないだろうか」
「それも聞いていみますが、今は品切れ状態で…えーい、仕方ない! 私のお古で良ければ一足差し上げます。ゆったりめの物をお持ち帰りください」
「いや直ぐにここで履く」
ヴェロニクはそう言うと直ぐに乗馬靴を脱いで私の出したムートンブーツに足を通した。
「うんうん、これは暖かい。足にもぴったりだ。これだよこれ。恩に着るぞ」
「この時期の寒さでそんな事を言っていて、この冬を耐えきれるのですか? 着る物はちゃんと準備できているのですか?」
「うん? ああそれならば大丈夫だぞ。ルカ殿から色々と融通して貰ったからな。お前は知らんかもしれんが、カマンベール子爵領は羊の産地で、ムートンの手袋もコートもマントも帽子も全部調達してくれたのだ。ただブーツは王都の王立学校でしか手に入らんと言う事でお前に頼みに来たのだ」
「へー、ルカ様がそんなに色々と準備していたんだ。少し意外だけど」
「ああ、ルカ殿には本当にお世話になっているのだ。剣の腕も立つし部下の信望も厚い。お前とは従兄同士になるのか」
「ええ、戸籍上は。ライトスミス家から見ればお母様の従兄弟の息子、又従兄になるのかな」
「まあどちらにしろお前とは親戚になる訳だ。それは目をつぶるとして、それ以外は言うことの無い武人だな。その上女性に親切で優しいし…」
なんで私との親戚関係に目を瞑らなければいけないだ、しっかり開けて見ろよ!
「それでな…」
「…それで?」
「いや、なに、なんだよ、ほら、冬至祭が近いだろう。だからな…」
「…だから?」
「ルカ殿はだなあ…、ほら、…察しろよ」
何を赤くなってるんだ。
そういえばルカ中隊長は以前ヴェロニクが話していた結婚相手の条件には全て当てはまる。
ヴェロニクより強い男で、下位貴族でも良いが武人でしっかりした男。正規の騎士団員で隊長クラス。
ただ長男だから養子にするには少しハードルは高いが、弟もいるしクロエ様がウィキンズを養子にしても良いし。
既成事実が有ればどうにでも…、むしろウェルカムってそういう意味かよ。
「うーん、妹のクロエ様やウィキンズとは親しいんだけれど、ルカ様の事はあまりよく知らないから。お酒か…騎士だから武具か…乗馬靴は今から無理だし」
「男性用のムートンブーツは作れないのか? 冬至祭までにプレゼントしたいのだが…。本当なら新しい乗馬靴やチャップスも送りたいが」
「乗馬靴の事もご存じなんですか?」
「昨日王女殿下が見えたられた時に見せて貰った。色々と利点も聞かされて感心したぞ。あれは良い物だな。私も欲しい…出来ればルカ殿とお揃いで…」
「わかりました。ムートンブーツはどうにかなるでしょう。チャップスも牛革ならば手に入りますから。オーブラック商会のオズマ・ランドック頼んでおきます」
本当に何が女騎士で武人だよ。フニャけた顔して。これはエヴェレット王女には知られたくないわなあ。仕方ない、一肌脱いでやるか。
久しぶりにあの虎女がやってきました
ヴェロニクとルカにも春が来るのでしょうか
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