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ムートンブーツ

【1】

 結局メアリー・エポワスは私の靴を返してくれる事無く、今日も履いて来ている。

 更に普段履き様にモカシン靴を二足、冬至祭のプレゼント用にモカシン靴とブーツを新作の仕様で注文してきた。

 エマ姉は普段履き用で追加で更に金貨十枚をせしめ、モン・ドール中隊長からせしめた鹿革の切り端を使って普段履きから先に製作中だ。

 エヴェレット王女も試作のモカシン靴を乗馬用に愛用している様で、男女問わず乗馬仲間の関心を集めている。

 もちろん乗馬用ブーツも追加注文を受けている。

 二人は良い広告塔になってくれている。


 それと併せてイヴァン達近衛騎士団用の靴の製作もオズマと進めていた。

 こちらは革の選定から始め、牛革と豚革を使う事にした。

 中敷きも革敷きとは別に廉価品として葦で編んだ靴底や中敷きも取り入れた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()で覚えたスペイン靴の作り方を真似て作らせたのだ。


「豚革で葦底なら俺たち薄給でも十分賄える値段だな。それに靴底の修理費用が安く上がるからな」

「ああそれに牛革底にソールや踵が着けば多分今までの数倍は長持ちするだろう。擦り減ってもつま先と踵の張替えだけなら修理に時間もかからないしな」

「メアリー・エポワスは鹿革がお気に入りのようだが、強度を考えれば牛革だろう。同じ厚さならば馬革の方がしなやかで強度は上がるかも知れんからそれも検討に値するが、騎士は馬革は嫌うし値も張るからなあ」

 昼休みには食堂でイヴァン達の三人に試作品を提供して、騎士団寮の近衛騎士や同期や新入生の王都や領都騎士団員たちにも声を掛け貰うようにお願いした。

 集まって来た騎士団寮の学生に廉価品で試作しておいた十二足を紹介して、学生騎士に買って貰えたが大変好評だ。


 オズマは試作を買ってくれた騎士団員全員から足にフィットするフルオーダー品の注文を受けており、更にその同僚たちからも大量のオーダーが告げられている。

「この製品ならば平民寮でもかなり売れますね。いえ、かなりどころか維持費や修理費用を考えるとこの靴が今の靴に取って代わりますよ。セイラ様宜しいんですか、これをオーブラック商会が独占して」


「独占とはちょっと違うかな。急激に売り上げが伸びるかと思うから、馬革や鹿革の高級品はエマ姉に任せましょう。オーブラック商会は私の特許権を管理して靴屋や武具屋を系列化してちょうだい。特に一般靴はシュナイダー商店の既製服の手法を良く学んで系列商店以外での特許侵害を見張るのも仕事よ。後は騎士団関係だけれど、近衛騎士団への牛革・豚革の靴は、実績のある靴工房を子会社化しましょう。品質も有るから他所は算入させないわ。一般騎士団向けも幾つか工房を買収して王都騎士団とシャピ騎士団を中心に販売を始めましょう。それがうまく行くなら後は貴方の裁量でシッカリと儲けて頂戴」


 午後の講義室でオズマとそんな事を話していると、それを聞いていたジャンヌがオズオズと私の端にやって来て口を開いた。

「あの…セイラさん。それでしたら一つお願いが有るのですけれど…」

「お願いですか? そんなに畏まらなくてもジャンヌさんのお願いならばたいていオッケーですよ」

「あの、セイラさんの領地は羊を飼っていらっしゃいますよね。ならばムートンは手に入りませんか? 出来ればムートンで作ったブーツが欲しいのですけれど…。私南部育ちなので王都の冬は足が冷えるんです」


 盲点だった! ムートンブーツ! 私も欲しい。

「そうだわ! カンボゾーラ子爵領やカマンベール子爵領でもムートンのコートや服は沢山あるのにブーツは作ってなかったわ!…「オズマちゃん、直ぐに試作の準備よ。この冬はジャンヌブーツを女子寮で売りまくるわ」」

 …あれ?後半だれが喋っているのだろう?


「エマさん! またそんな名前を付けないで下さい。ムートンブーツで良いじゃないですか!」

「ジャンヌちゃんの名前を入れると箔が付くのよ。オズマちゃん、スティルトン家の家紋の焼鏝を作らせるから、焼印を入れてサイズは五サイズくらいでね。後は中敷きで調整よ。中敷きもムートンにする方が良いかしら、葦が良いかしら」


【2】

 エマ姉は革靴のオーダーをすべてストップしてしまい、翌日からムートンブーツの製作に全力を注ぎ始めた。

 たった三日でサイズ違いのムートンブーツの試作品を三十足も仕上げてきたのだ。

 朝一番で二年の高位貴族令嬢四人に提供する。

「いくら試作品とは言えエヴェレット王女殿下に葦底の靴なんて、少しは考えなさい。で、私はこのサイズを頂くわ。追加でムートンの中敷きを私と王女殿下の分もオーダーしておくわ」

 おーい、メアリー・エポワス。高位貴族用と言っているのに、なんであんたが出しゃばって仕切っているのよ。

 

 更に一年生の清貧派コルビー侯爵令嬢にもムートンブーツを提供する為、オズマが一年のAクラスに出向いている。

 問題は三年生だ。

 エヴェレット王女殿下とヨアンナを伴なって…、厳密には二人に連行されてカブレラス公爵令嬢の居る三年Aクラスに赴いた。

「カブレラス公爵令嬢様、粗末なものですが新作の暖かいブーツを試作いたしました。もし宜しければお納め頂けないでしょうか」


「何これは! 公爵令嬢様に葦底の靴なんて無作法にもほどがあるわ! こんな…」

 カブレラス公爵令嬢では無く、取り巻きの令嬢がいきなり食って掛かって来た。

「今日は間に合いませんでしたが、明日にはムートンの中敷きをお持ち致します」

「そういう事を言っているのでは無くて、こんな粗末な羊革の靴など…」

「お待ちなさいな、アンナ。エヴェレット王女殿下もヨアンナ公爵令嬢も来ていただいているのよ。あなたこそ御慎みなさい」


「カブレラス公爵令嬢様、僕は南方の育ちのものでここの寒さは堪えるのですよ。僕も履いてみたのだけれど暖かく良いものですよ」

「まあ、それならば私も試してみますわ」

「それが良いかしら。気に入って頂ければジャンヌブーツのオーダー品を注文すればよいかしら」

「まあジャンヌブーツと言う名前ですの。またジャンヌさんが考案されたのかしら」

「カブレラス公爵令嬢様。ハウザー王国の王族の勧めでジャンヌの名を冠したブーツをお求めになるのですか。それも葦底の羊革の…それは如何なものかと…」

「あら、シェブリ伯爵令嬢様。何でも試してみなければ良い物は得られませんわ。それを磨いて育てて行くのも高位貴族の務めですわ」

「私の言いたい事をカブレラス公爵令嬢様がおしゃってくれたのかしら」


 しゃしゃり出てきたアントワネット・シェブリ伯爵令嬢とのイヤミ合戦になるかと思ったがそこに一段の生徒が集まって来た。

「「「まあ、ジャンヌ様が?」」」

 ジャンヌと言う名前だけで三年生の一部の生徒が集まって来たのだ。多分平民寮の生徒だろう。

 あっと言う間にオーダーの依頼が集まってしまった。ジャンヌの名を冠するだけで平民寮ではなんでも飛ぶように売れるのだ。


「ジャンヌ様の名前が付いた商品は、ハズレが無いのだそうですよ。安くても高くても値段以上の価値があるって、一年の教室でも大評判でした。もう一人の高位貴族のご令嬢もお求めになりましたし、上級貴族のご令嬢たちが昼休みに見に来たいと仰ってました」

 この日の食堂はいつもの倍近い女子生徒でごった返す事に成った。


 ムートンだから値段も高くないし、学校内や寮内での普段履き用として上級貴族から平民にまで大好評となり、一週間後女子生徒の大半がムートンブーツで講義を受けるような状態になっていた。

 冬、底冷えのする講義室でこの暖かさは有り難いのだ。


 女子生徒のムートンブーツを求める圧力で、一般靴のオーダーが滞っているがオシャレ関係で女子生徒が男子に譲るような事をするわけが無い。

 騎士団員はむくれながらも、オーダー待ちの間色々と改良点を話し合っているのでそれはそれで良しとしよう。


 因みにメアリー・エポワスはムートンブーツを履くようになって更に身長が高くなった。

 エマ姉の話では分厚目の中敷きの四段重ねに成っているそうだ。もう完全にシークレットブーツ状態である。

 あの女、春に成ってムートンブーツを脱いだ時どうするつもりなのだろう?

この世界で初めてのシークレットシューズ誕生の瞬間に立ち会う事が出来ました

シークレットシューズって近世からもう既に存在していたようです


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