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暗転

 救急車のサイレンの音。

『救急車が通ります。道を空けてください』

「熱傷面積、両下肢全面及び体幹後面全体」

「熱傷深度Ⅰ度からⅡ度。意識低下あり」

「しっかりしてください。わかりますか?意識を保って」

 救急救命士の声が遠くから聞こえる。


「島崎君と坂本君は?退避できたのか?」

 下半身が焼けるように痛い。

「大丈夫ですよ。みんな助かりましたから。しっかり意識を保って」

「あああ、ああ、良かった」


 目の前が暗くなってくる。

「駄目ですよ。ご家族のところへ帰るまで意識を…!」

「そうだ、大学病院へ、娘の病院へ行ってくれ」

「このまま救急医療センターへ向かいます。娘さんには連絡を取りますから」

 下半身に激痛が走り、意識が途切れそうになる。

「それじゃあ、実家に。実家の両親に連絡を…」

「とりあえず、救急医療センターへ…」

「心拍数上昇。呼吸不全です」


 口元に酸素マスクを押し当てられる。

「それじゃあダメなんだ」

 マスクを手で払い叫ぶ。

「ドナーカードを、俺のドナーカードを! 俺の臓器をすべて娘に」

「意識レベル低下」

「臓器を娘に、冬海に移植してくれ。おねが……い…………だ」

 妻の絵里奈の笑顔がぼんやりと浮かんだ。

『ごめん、絵里奈。約束、守れそうもないや』

 冬海の泣きそうな顔が目に浮かぶ。

『二人とも許しておくれ。父さんもうダメみたいだ。だから俺の分まで生きてくれ。俺の命を冬海につないでくれーー』


【2】

 眼の眩むような光が瞬くような感覚が、頭の中に溢れる。

 眼を閉じているものの目の前が真っ白に輝いているように感じる。

 そして記憶の奔流が、脳の中に雪崩れ込む。

 これは(俺)の最後に見た記憶の再現。

 全身を貫く焼けるような激痛と、身を焦がすような絶望感。

 瞼の裏に焼き付いた少女の顔。

「フユミ…フユミ…」

 止めど無く涙が流れる。


 まぶたを開けると、泣きながら私を抱きしめるお母様の顔が見えた。

 その後ろには鬼のような顔で泣くのを堪える父ちゃんが、私とお母様をしっかりと抱きかかえていた。

「セイラ、だっ、大丈夫か?」

 父ちゃんの震える声を耳にして、大切なものを失おうとしている(俺)の末期の記憶が私を苛む。

 今、父ちゃんとお母様の思いが痛いほどに判る。


 お母様と父ちゃんを目にした私の安堵と、すべてを失った(俺)の絶望の感情が一気に流れ込み二人の胸の中で号泣した。

 声をあげて泣いたことで、気持ちが落ち着いて冷静さが戻ってきた。

 とりあえずは、私の感情が、気持ちが口をついて言葉になる。

「お母様、父ちゃん、大好きだよー」


「なんだよう。レイラの方が先かよ」

 父ちゃんが少し不貞腐れたようにつぶやく。

「セイラ、ビックリしたの? 怖かったの? もう大丈夫?」

「怖い夢を見たの。お母様、驚かせてごめんね」

「それから、父ちゃん。男の嫉妬はカッコ悪いぞ」

「うるせえ。もう金輪際お前の心配なんてしてやらねえ」

 父ちゃんが顔を赤くして吐き捨てると、クックとおかしそうに笑った。

 それを聞いてお母様もウフフと笑う。


 今は私でいることが、両親に抱き締められていることが無性に嬉しくて、二人にしがみついて一緒に笑った。

「セイラさん。あなたは火属性の魔力が少し強かったようですね。この部屋で少し休んでいてください。それからご両親には少しお話がありますので、奥の間に来てください」

 聖導女様が静かに私たちに告げた。

 そして聖導女様は両親を伴って部屋を出て行き、私(俺)は一人残された。


【3】

 私の中に大量に流れ込んできた(俺)の記憶と何よりも(俺)の最後の感情が、私の中で収拾を付けられずに渦巻いている。

 一人になることができて助かった。

 激情を抑えるため、声を殺して嗚咽する。

 少しずつ頭が冷えて冷静さが戻ってくる。


 (俺)のこの記憶は何だ?

 それは多分八年前の私が生まれる前の記憶だろう。

 私が私として存在する前の記憶として、私は今思い出し認識した。

 感情を伴った生々しい記憶がよみがえり、それに伴って過去の記憶が次々と思い出されてきた。

(俺)はある大手企業の研究員だった。

 あの日もプラントで実験の立ち会いをしていたのだが、そこに運悪く運転を誤ったタンクローリーが突っ込んできた。


 そして(俺)の部下が二人巻き込まれて、機材の下敷きになった。

(俺)は一人目の女子社員を救い出し、二人目の男子社員を引きずり出したところで、ローリーに火が走った。

(俺)は咄嗟に男子社員に覆いかぶさる。

 一瞬遅れて、耳を(つんざ)く爆発音と業火が両足と背中に走るのを感じた。

 周りの悲鳴を耳に、(俺)は意識を失いかける。

 霞む視界の端で助け出された男子社員が、ほかの社員の方につかまり歩いて避難するのが見えた。


 (俺)は消火器を噴霧されて、両脇を抱えて担ぎ出された。

「課長、死なないでください!」

「課長、がんばって、すぐに救急車が来ますから」

 皆が泣きながら、口々に何か言っているがもう何も聞こえない。

 そして次に意識が戻ったのが救急車の中である。

(俺)が助け出した島崎君も坂本君も、無事だったようだ。

 二人とも大きな火傷の痕は無く、歩いて退避できているので大丈夫だろう。

 そう思うと少しは安心できる。


 残してきてしまった家族の事が心配だ。

(俺)には高校生の娘がいた。

 労働災害だから補償は十分に払われるだろう、生命保険や企業補償も出るだろう。

 会社の規定では、娘の就学補償も大学卒業まで支払われるはずで、年金もいくばくか支払われる。

 少なくとも一人前になるまでのお金はある、健康であるならば。

 そう、健康ならば……。

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