閑話3 夕暮れのデザート
【1】
ファナお嬢様のご友人の第二王子様が、公爵令嬢様と宰相様のご子息様を従えて突然にいらっしゃった時は大変でした。
わたくし共も午後のお茶のすぐ後でしたので、おもてなしをしようにも突然の事で直ぐに準備が出来ない状況でした。
第二王子様に粗相が有ってはなりません。
大急ぎで厨房に連絡をいたしましたが、もう夕飯の仕込みにかかっており手一杯の状況で応援の料理人も出せません。
志願したとかで、見習いの方が三人お手伝いにいらっしゃいましたが右往左往するだけであまり役に立ちません。
取り敢えずは厨房にお願いしてパティシエ助手のティアさんからクレープやスポンジケーキと焼き菓子を用意して持って来ていただきましたが、おもてなしに必要な飾りなどまるで出来ずただ並べるだけで御座います。
「俺はこのローストビーフのソースが気に入った。蜂蜜の味がビーフに合う」
ザコさんの用意したゴッダードブレッドをかじりながら王子様が仰います。
「そのソースはわたしが作らせたものだわ。そのバラに見立てた飾り付けもそうなのだわ」
「まあ平民の食べるようなゴッダードブレッドもこうすれば少しは貴族のお茶請けにはなる物だな。」
宰相様のご子息が仰います。
「まあ、ファナ様がご自慢なさいますからどれ程の物かと期待いたしましたけれどゴッダードブレッド以外のスイーツは野暮なのね」
公爵令嬢様も一口サイズのゴッダードブレッドをお召し上がりながら仰りました。
公爵令嬢様とファナお嬢様は同い年で何かと張り合われていらっしゃいます。
公爵令嬢様のお言葉にファナお嬢様は少しムッとした表情でわたくしにお命じに成られました。
「ザコにさせればよいのだわ。ザコをお呼びなさいなのだわ」
ファナお嬢様は事も無げに申されますが、さすがにそれは荷が重いのではないかと思うのでご一緒におもてなしに参られた奥様に目配せをいたします。
「そうね。あの子ならどうにか出来るでしょう。呼んでいらっしゃい」
わたくしは大急ぎでザコさんを呼んで参りましたが、これで何かおとがめを受ける様な事に成るとザコさんがお可哀そうで気が気ではありませんでした。
【2】
ファナお嬢様のメイドのメアリーさんが俺を呼びに来た。
アントルメティエの手伝いに入っていた俺は料理長にお伺いを立てた。
「奥様のご指示なら仕方ない。行ってこい」
アントルメティエは、露骨に嫌な顔をして料理長に食って掛かる。
「この忙しい時にザコを取られると手が回らねえ。リック一人じゃあ前菜が間に合わねえ」
「仕方ないだろう奥様のご指示だ。入れ替わりで見習い三人を戻らせる」
「あいつらが戻っても役に立たねえ。前菜が遅れるのは覚悟してくれ」
「わかった。奥様に一言入れておくから、ザコ! トットと済ませて急いで戻って来い!」
指示されたガーデンテラスに向かうと子供が四人と奥様がお茶を飲んでいた。
メイド頭のジェーンさんがポットを持ってお茶を注いでいる。
パティシエ助手のティアさんがスポンジケーキにクリームやフルーツソースで盛り付けを行っていた。
メイドのメアリーさんとベッキーさんがスイーツやスナックが置かれたテーブルから指示されたものを盆に取り分けて運んでいる。
その横で格上先輩三人が所在なげにたたずんでいる。
おれがガーデンテラスに行くと格上先輩たちがやって来た。
「おいザコ。俺たちが今まで問題なく給仕してきたんだぞ」
「お嬢様に呼ばれたからって付けあがるなよ」
「何か失敗が有ればお前はクビだからな。覚悟しとけザコ」
あからさまに威嚇してくる。
「料理長が入れ替わりで帰って来いと言ってましたよ」
「お前が何かしでかしたら後始末がいるだろうが」
「奥様、こいつの後始末でこちらに残りますので…」
奥様はため息をつくと三人に目をやりこちらに言った。
「ダドリー。あなたはデザートの演出をお願いするわ。フランボワーズのオードヴィーが有るからお使いなさい」
そして三人組に目を向けると
「あなた達はダドリーが帰ったらこちらの後片付けをなさい。料理長には言っておきます。ティア、あなたはクレープとフルーツソースの準備を手伝ってあげて」
ああ奥様は間違い無く、あれをやれと言ってるようだ。
俺はスイーツのテーブルに行くと銀の皿を四つトレイに乗せた。
「ファナお嬢様。フルーツやジャムに何かご希望は御座いますか?」
「そうね。ベリー系のジャムと洋ナシとマンダリンが良いのだわ」
「王子様は何かお好きなフルーツは御座いますか?」
「俺はブドウが良いかな」
「僕も王子と同じブドウにしよう」
聞かれもしていないのに宰相様のご子息が言う。
俺がそれを受けてフルーツを切り分けかけると公爵令嬢がムッとした声で言った。
「私は桃を入れて頂戴。桃よ、桃が良いかしら」
「その様に致します」
ファナお嬢様が俺によくやったと目で合図を送って来る。
そもそも公爵令嬢の好みを聞きかけた時目配せで押し留めたのもファナお嬢様だ。
奥様は笑いながら首を横に振る。
俺が給湯室に戻ると、ティアさんが蜂蜜とマンダリンの果汁を鍋で温めてソースの準備をしてくれていた。
そしてリクエスト通りに取り分けたフルーツをクレープに乗せて畳むと温めたソースを全体にかける。
皿を持ってテーブルに向かうとテーブルの中央に並べて置いてそれぞれにレモンを絞ってかけた。
公爵令嬢がさらに手を出しかける。
止めようと俺が口を開きかけるがそれより先にファナお嬢様が口を開いた。
「未だなのだわ。調理は終わってないのだわ」
そして小声で「なんていやしいのかしら」と言う。
公爵令嬢はキッとファナお嬢様を睨みつける。
俺はお構いなく更にオードヴィーを注ぎかけた。
時間は夕刻。
太陽が西に沈みかけて屋敷に明かりが灯り始めている。
ガーデンテラスは日が陰り薄暗くなりかけていた。
一気に皿に火を入れる。
オードヴィーに火が入り青白い炎が上がる。
ゲストの三人から感嘆の声が上がった。
「オホホホホ、わたしがザコに創らせたデザートなのだわ」
「ファナお嬢様のご指示で創作致しました。夕べの炎セイラフランと申します」
俺は一礼して続ける。
「火が消えたならお召し上がりください」
メイド達は驚きの笑顔で俺を見ている。
ティアさんは感心した風で状況を見ていた。
格上先輩は何故か立ちすくんでいる。
俺は奥様に一礼をすると奥に下がり大急ぎで厨房に戻った。




