不安の種
【1】
マルカム・ライオルの赴任地についてはライトスミス商会を通じて調べさせているが、北部には伝手も少なく遠いので情報が集まらない。
マルカム・ライオルの行方などなおさらだ。
それでも地道に調査依頼だけはしている。
あの情報交換から大きな動きはないが、時折アントワネットの使いの男爵令嬢が連絡にやってくる。
私もフランやエマ姉に頼んでマルカム・ライオルの噂は集めてもらっているが決め手になるような話は上がってこない。
下級貴族や平民には家格を笠に着るマルカム・ライオルは蛇蝎のごとく嫌われていたらしい。
それよりもフランが持ってくるクロエの情報のほうが興味をそそられるのだけれど。
クロエはやはりモテるらしい。
いつもAクラスの清貧派同級生四人とそれに加えてAクラスの平民騎士四人が一緒にいるそうなのであからさまに手を出して来る者はいないそうだけれど、上級貴族で狙っている者は多いという。
これまで男爵家だったので下級貴族や平民の間での人気は高かったそうだが上級貴族は妾程度にしか見ていなかったという。
しかし陞爵して子爵になった事で王家の覚えも良いという事だと解釈され家格的にも申し分ない。
父は次期子爵でその上長女である。上級貴族からすると家格が下なので御しやすいと考えているのだろう。
何より成績は優秀で法科ではトップ。この冬に代訴人資格を取得している。その上昨年新しく発布された特許弁理士の資格もいち早く取得している。
そして何より美人で献身的で大人しい事から同級生の第一王子も目をつけていると噂になっているそうだ。
そのおかげかウィキンズに対する男子のあたりはキツイそうだが、クロエに対しては親族筋に凶暴な令嬢がいて新学年のはじめにクロエに絡んだ令嬢を絞めたという根も葉もない噂が流れているそうで直接手を出す令嬢はいないそうだ。
私は手を出していないもの。出そうと思ったし出しかけたけれどクロエのほうが早かったから。
まあクロエの身辺警護は学校内ではウィキンズや同級生の騎士たちが、女子寮やそれ以外でも凶暴な親族の令嬢やナデタが付いているしアドルフィーネやウルヴァも目を光らせている。
まず滅多なことでは手を出してこれないだろう。
ジャンヌに対してもナデテとリオニーがついているのだから大丈夫だ。
そんな状態が暫く続き二月も終わりに近づき寒さもそろそろ収まりかけてきていた。
【2】
マルカム・ライオルの新しい情報が入った。北方へ調査に行っていた者から報告が入ったのだ。
マルカム・ライオルは任地に居なかった。
年の瀬に出奔していたのだ。
赴任してすぐの頃は近衛騎士の肩書をひけらかして威張り散らしていたようだが、漁師や船乗り相手にそんなものが通用するはずもなく絞められてすぐに尻尾を巻いたそうだ。
そしてそれからは毎日酒浸りで、昼間から酒を食らってクダを巻いていたという。
それが冬至祭の前にいつの間にか姿を消し、帰省したのかと思われていたが年が明けても帰ってこなかった。
結局二月になっても帰ってこなかったが、これといった業務があるわけでもなく振り込まれた給料はそのまま酒場のツケに充当され宿舎は官費なので誰も困らなかった。
近衛騎士団に報告が行かなかったのはそういう事だったらしい。
近衛騎士団も赴任したマルカム・ライオルの事など忘れてしまっていたようで、定期報告書がとどいていないことすら気づいていない。
私を通してルカ・カマンベール中隊長から報告を受けたストロガノフ近衛団長はエポワス副団長糾弾のカードが増えたことを喜びエポワス副団長は激怒して月が開ければ懲戒処分にして退役させると息巻いている。
「やはり王都に舞い戻っているのでしょうか。そう考えるととても怖いですわ」
近衛騎士団の訓練からの帰り道、クロエがポツリとそう呟いた。
「大丈夫ですよ、クロエ様。相手はあのマルカム・ライオルです。自分がついていればあいつには絶対負けません。いくら卑怯な手を使ってもです」
中々頼もしいじゃないのウィキンズ。
「ウィキンズ様有り難うございます。それの言葉を聞けただけで安心いたしました。そうですよね。でもご無理をなさらないで下さい。もし私のせいで怪我でもなさったらと思うと苦しくて」
「ウィキンズは学内でも一二を争う接近戦の達人ですから大丈夫ですよ。それよりクロエ様にもしもの事が有ればルカ隊長がただでおかないですから」
ウィキンズと同室のケイン・シェーブルもそう言うが、何かあってからでは遅いのだ。
「多分一対一ならば私でも即応出来ると心得ておりますが、一人とは限りません。ウィキンズ様もケイン様も油断はなりませんよ」
ナデタが言う通りでマルカム・ライオルが一人で動いているとは考えにくい。
手紙の件も有るので少なくとも協力者はいるのだ。
「ライオル元伯爵家の旧家臣団はどのような連中なのでしょう。セイラ様は御存じありませんか?」
ウィキンズが意味深な顔で私に問いかける。どうせ調べてるんだろうとその眼が言っている。
当然調べてますよ。あんたの思っている通り抜かりはないわよ。
「もともと準貴族の有力者を団長にした騎士団が有ったけれど一般の団員や下士官は徴兵の農民で殆んど武術の心得は無いし、士官も地元の世襲で訓練を受けたものはいないそうよ。騎士団上がりは団長だけだって」
「それでも数で来られたらどうしようもないぞ」
「ウィキンズ様、大丈夫でしょうか?」
クロエがウィキンズの腕にしがみつく。
「父上にお願いして領内の旧家臣の動向も調べて貰っているけれどライオル家の再興を望む者はいないそうですよ。有力な旧家臣や大地主など数人を祭り上げてカマンベール子爵家やカンボゾーラ子爵家に食い込もうとしているそうです。騎士団長もその一人だからマルカム・ライオルに関わる奴らはいないわ。だから大丈夫よお従姉様、そんなにたくさん人は集まらないわ」
「旧家臣はそれで対処できるとしてもし金で雇った冒険者やならず者が相手となるとそうも行かないでしょう」
ケインが思案顔で言う。
ああ、それが一番厄介だね。
「そもそもマルカム・ライオルはそんな資金を持っているのでしょうか?」
ウィキンズが思案顔で聞いてくる。
「多分本人は殆んど持っていないと思うの。旧ライオル伯爵家の資産は没収されて借金の穴埋めにされているから。元々借金経営の領地だったのよ。ライオル家の資産を全て借金に充当してどうにか返済はすんだけれどこれからの経営は大変よ。特にカンボゾーラ子爵家は全て旧ライオル伯爵領だったのだから。春の種籾もアヴァロン商事からの借り入れで賄う事になっているわ。だからマルカム本人の資産は無いと思って良いわね」
「その上なけなしの給料は北国で差し押さえられているとなるとかなりの貧乏生活じゃないか。本当に王都まで戻ってこれたのか? 無一文で行倒れているんじゃないか?」
ケインが言う事は解る。
「だから人を雇うにしても大した人数も実力者も雇えない」
「それでも…」
「ええ、クロエ様。外に行かれる場合は私が必ず随行致します。お一人で他出為さらぬ様にお願い申し上げます」
「そうですねクロエ様。ナデタが戦っているうちに全力で逃げて助けを呼んでくることを心掛けて下さい。ナデタならマルカム・ライオル程度なら三人居ても対処できますからね」
「ウィキンズ様、あの程度なら五人でも大丈夫ですわ。ですからクロエ様も私の事は考えず助けを求めて下さいまし」
今はこれ以上の警護体制は難しいだろう。
しかし気にかかる事はある。もしもパトロンが居たらどうだろうか。
その可能性が一番高い気がする。誰かが金を出したからマルカムは任地を出奔したんだろう。
悪い予感が頭から離れない。大概の事は金が有れば対処できるのだから。
マルカムに金を出して儲かる者はいるのだろうか…。
マルカム・ライオルはやはり動き出している!
セイラは自分の力を過信しているようですが果たして…
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