同級生(2)
【2】
「ねえそれで、セイラ・カンボゾーラ様。先ほどから聞きたかった家具の事なのだけれど」
マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢が聞いてくる。
「実はこの部屋の家具は、備え付けの家具に化粧板を取り付けているの。ほら、三年間も使うのだから、味気ない家具より少しはお洒落な物を使いたいじゃない」
これにはミモレット子爵令嬢やコンテ男爵令嬢も興味を示した。
「それは良いアイディアね。宮廷お抱えの職人に誂えさせても良いわ」
ここで少し牽制を入れておこう。
「下級貴族寮では私とお友達のモンブリゾン男爵令嬢だけしかしていないわ。でも先週、平民寮で聖女ジャンヌ様のお部屋に飾り板をお付けしたら平民寮中の話題になってしまって」
「まあ、平民がやっている様な事は真似できないわね。宮廷貴族として平民の流行に追従するなど」
「そうね。優雅では無いわ。それに結局表面を繕っただけの見せかけでしょ。ねえ、あなたもそう思おうわよね」
ミモレット子爵令嬢がモルビエ子爵令嬢に同意を求める。
「…ええ、そうですわね」
モルビエ子爵令嬢がおずおずと同意する。
この娘の立ち位置はどうなのだろう? 教導派の二人に押さえられて本音が良く解らない。
「でも安くて出来るならやってみたいわ。私みたいな貧乏貴族は表面だけでも取り繕っていなければやっていけないもの」
「同じ北部の貴族として恥ずかしいですわ。浅ましい言い分です事」
「宮廷から金を貰ってのほほんと暮らして行けるような身分では無いので仕方御座いませんわ。特に私の様な辺境の田舎領地の者は」
自虐なのか当て擦りなのかレ・クリュ男爵家令嬢はコンテ男爵令嬢に向かて口を尖らせる。
「まあまあ、それよりも王都の流行や最近の輸入品のお話とか聞かせていただきたいですわ。私も成り上がりの田舎者ですから耳寄りな情報をお聞きしたくって」
剣呑な空気になりかけたので私は急いで話題を切り替えた。
「そうね、あなたリール州って言ったかしら。どこの田舎領地かは知らないけれど、王都やハッスル神聖国ではハスラー聖公国から取り寄せる東方の茶葉が人気だわね。それにハスラー聖公国の香辛料も砂糖も良い物を持って来るわね」
ミモレット子爵令嬢が自慢げに言い放つ。
「最近は王都でもハウザー王国からの輸入品を有難がるヤカラが増えているけど、やっぱりハスラー商人が商うものが一番ね。リネン生地でも値段は高くてもそれだけの伝統が有りますもの」
イキるミモレット子爵令嬢の横でモルビエ子爵令嬢が青い顔をして私の様子を窺っている。
さすがにモルビエ子爵令嬢はそのハウザー王国産の商品を取り扱っているのがどこの領主か把握している様だ。
「品質が同じなら安い物の方が良いわ。そもそもリネン生地は西部の特産でしょうに」
レ・クリュ男爵家令嬢が今度はミモレット子爵令嬢に噛みつく。
まあこれは、レ・クリュ男爵家令嬢に分がある話だと思うのでそれに乗っておく。
「ここ数年、西部のリネン生地は品質が向上して、同じ品質ならハスラー産の半分の値段で買えますわ。やはり西部諸州の領主様方の努力の結果でしょう」
ミモレット子爵令嬢が私の言葉を聞いて鼻で笑う。
「それは糸の品質がすこし上がっただけの事よ。パルミジャーノ州では機械で糸を紡いでいると言うじゃないの。いくら品質が上がってもハスラー聖公国の職人が紡いだ物には及ばないわ」
いやいや、そのハスラー商人がパルミジャーノ州の糸を買い込んで持って帰っているんですけれど。
そもそも誰が紡ごうが糸の品質に関係ないし、品質が上がっているのだから何ら問題は無い。
「そう言えばハスラー聖公国の貴族の方が、最近は安さに目移りして良い物を買う人が減っている嘆いておられたわ。見栄えや実用性ばかり気にして伝統をお座なりにしていると苦言を呈されていたの。良く分かるわ」
私にはさっぱりわからない。
なにより実用性があって、見栄えが良ければそれ以上の物は要らないだろう。
趣味で集めるなら好きにすれば良いが、普段使いなら機能性とデザイン性が重要だろうに。
「持っている方々はお好きにすれば良いのよ。リール州の様に弱小貴族が割を食う様な土地では贅沢は出来ないわ。いけ好かないライオル伯爵家が廃嫡されてザマア見ろだわ。ねえセイラ様」
レ・クリュ男爵家令嬢が私に向かって微笑むが、モルビエ子爵令嬢は青い顔でうつむいたままこちらを見ない。
「よくもまあそんな事を。マルカム様は近衛騎士として騎士団寮に居られるけれど、弟のアイザック様は平民寮に移られたのですよ」
だからどうしたと言うのだ。
ミモレット子爵令嬢はライオル家に同情的な事を言うが、王立学校に入学できたなら後は実力次第で何にでもなれる。一般の平民よりもずっと恵まれている。
平民寮の何が不服なのだろう。
「リール州の下級貴族でライオル家の同情する者など居ないわ。貴女も言ってやったら、ロレイン・モルビエ子爵令嬢様」
レ・クリュ男爵家令嬢がモルビエ子爵令嬢を煽る。
モルビエ子爵令嬢は俯いてじっと耐えている。
「まあ落ち着いて下さいまし。ライオル家はもう爵位を剥奪されてリール州に一族は居ませんし、終わった事ですわ」
「まあそうね。平民に落ちた一族の事など気に掛けることも有りませんわ」
私の取りなしにコンテ男爵令嬢が同意する。
この後は少々ギクシャクしたが当り障りのない王都の流行の話と、ミモレット子爵令嬢とコンテ男爵令嬢の自慢話で時間はつぶれた。
宮廷貴族のコンテ男爵令嬢はもちろんだが、ミモレット子爵令嬢も教導派の熱心な信者のようだ。
中央街道を北部と北西部に抜ける分岐点に位置する領地で、ハスラー聖公国との交易で潤っている土地柄から教導派の力が強いのだろう。
ミモレット子爵令嬢の自慢話から推察すると、ハスラー商人が領内に深く入り込んで経済を牛耳っている様だ。
コンテ男爵令嬢は男爵位ながら財務官寮でフラミンゴ宰相の信任も厚いと自慢げに語っていた。
ハスラー商人がアレを持って来ただの、東部貴族がコレをくれただの言っていたが汚職官僚の典型の様な手合いだろう。
終始不機嫌なレ・クリュ男爵家令嬢と顔色の悪いモルビエ子爵令嬢を尻目に、この二人は我が物顔に振舞ってお茶会は終わった。
お土産にビスケットを渡すと、さんざん講釈を垂れておいてモルビエ子爵令嬢の分まで取り上げてキッチリと持って帰った。
「ロレイン・モルビエ子爵令嬢様、マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢様。少々ご相談したいことが御座います。上級貴族寮へのご挨拶について確認いたしたいので少し残って頂けませんか」
私の要望に立ち上がりかけた二人は、又椅子に腰を下ろす。
「事務的なお話ならば私たちは不要よね」
「それじゃあ失礼するわ」
そう言うとミモレット子爵令嬢とコンテ男爵令嬢は振り返りもせずに帰って行った。
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