疑惑
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【1】
貴賓室の扉が閉められる。
パブロがゴルゴンゾーラ卿の耳元で何やら囁いていた。
ゴルゴンゾーラ卿は頷くと一緒に連れてきた騎士に伝令を命じた。
「お前は今からパーセル大司祭へ事の顛末を説明して、聖女様たち一行にはカマンベール男爵領に向かうように願い出てくれ。今からパーセル大司祭に書簡を書くからそれを持って直ぐにたて」
そう言うと勝手に貴賓室の隣の部屋の扉を開いて中に入って行った。
随員や秘書官が使う部屋の様でライティングビューローと応接セットが置いてある。
「灯りを持って来てくれ。それから茶の用意をしてくれ」
修道女にそう告げるとライティングビューローの前に座り中のインク壺と羽ペンを勝手に取り出すと、引き出しを弄り洋紙の便箋を見つけて机に置いた。
直ぐに修道女が燭台を持って現れた。
便箋に何やら書き付けるとそれを畳んで、ポケットから取り出した封蝋を燭台の火で炙り便箋の折り目に垂らし指輪の印璽を押す。
騎士に手渡しながら私たちに受かって一言言った。
「どうされた? 皆くつろがれれば良かろう。そんなところに突っ立っておらずに」
その言葉を受けて皆ドカドカとソファーに腰を下ろす。
「ルーシー殿、貴女もセイラと一緒にお掛けなさい。疲れているでしょう」
「私も机をお借りします。レイラお従姉様に…兄様にも手紙を書かねばなりません」
「あっ、それなら私も…」
「セイラ、お前は今は止めておけ。ルーシー殿セイラの分も併せて頼む。パブロ! お前はその手紙を持って、カマンベール男爵領に走れ。見たこと聞いた事全部をレイラ・ライトスミスにセイラの代わりに報告しろ。出来るな」
パブロは黙って頷いた。
「書けました」
ルーシーさんの言葉を受けて、これにもゴルゴンゾーラ卿が印璽を押す。
パブロは黙って受け取るとそのまま走り去った。
「納得しきれないと思うが、それでも納得しろ。そしてこれからの話しは黙って聴いていろ」
ゴルゴンゾーラ卿はそう言うと、ポワトー大司祭とシェブリ伯爵が据わるソファーの向かいにどっかと腰を下ろし、左右に私とルーシーさんを座らせた。
「さあ、これからはチョットばかり後ろ暗い話し合いの時間だ。州兵の三人は部屋の前の警備をしてくれ。あんたたちは誰が残るんだ?」
「ギボン司祭と教導騎士以外は席を外せ」
シェブリ伯爵が吐き捨てるように答える。
ポワトー大司祭は状況をまだすべて把握できていないようだオロオロしている。
州兵と修道士・修道女たちが部屋から出て行った。
「お茶を…お茶を入れましょう」
重たい空気に耐えられないようで、アナ聖導女がお茶の支度を始める。
男達三人は何か話しかけようと口を開きかけるが、牽制しあってか誰も口火を切らないで睨み合っている。
「ひとつ疑問に答えてくれませんか。なぜ十五日なのです? その日にちに一体何の意味があったんです」
「とっ…特に意味などない」
シェブリ伯爵がそっぽを向いて答える。
「十五日後と言えば来月の一日じゃな。枢機卿の任期切り替えか?」
騎士団長がポツリと言った。
ゴルゴンゾーラ卿が私の方を見て問いかけてくる。
「それは何の話だ」
反射的にポワトー大司祭とシェブリ伯爵が話を遮ろうと立ち上がりかけて、諦めたように又座り直す。
「治癒を開始する前に言われました。十五日持たせられるように治癒を行えと」
「アナ聖導女は何か思いつくか?」
「私も枢機卿の任期かと。ただポワトー枢機卿が任期切り替え明けで亡くなるのと前に亡くなるので何が違うのかはわかりません」
それを聞きつつゴルゴンゾーラ卿は上目遣いにポワトー大司祭とシェブリ伯爵を見上げた。
「わしから話そう」
そう言ってポワトー大司祭が話始めた。
枢機卿の任命は聖教会の司祭会議で決められるが、一度決まると滅多な事で変わる事は無い。
ただ毎年任期中の査定が行われるのが切り替え月の来月なのだ。任地での各枢機卿の実績に対して査定が行われ場合によっては解任も起こりえる。
二年前ボードレール大司祭は南部の大司祭の支持とジャンヌの知名度をバックに、前任者を糾弾して追い落とし枢機卿になっている。
ラスカル王国の五人の枢機卿は教導派が独占していたが、その末席に清貧派枢機卿が誕生したとゴッダードの聖堂も沸き立っていた事を私も覚えている。
但し枢機卿の死亡により空席が出来た場合は事情が異なる。
任期が十カ月以上残っている場合は四人の枢機卿の話し合いで推薦された大司祭を法皇が承認して決定される。
なら任期二か月未満ではどうなるのか。
その枢機卿の管轄する教区の筆頭大司祭の内から選ばれて司祭会議に赴く事になる。
ポワトー大司祭の言い分は西部と北部の境界にあるアヴァロン州は影響力も大きく、パーセル大司祭がその地位に滑り込む可能性が有ると言う。
ラスカル王国に五人しか居ない枢機卿の二人までも清貧派に取られる訳には行かないのでジャンヌをおびき出して、異端審問を脅しにして治療させようと企んだそうだ。
ポワトー大司祭は思惑以上に事がうまく運んだと思っているので満足しているようだし、シェブリ伯爵に対しても協力して骨を折ってくれて事に感謝していると言っているが…果たしてそうなのだろうか?
何より私に対して発したあの言葉、”殺せ”と言うあの一言はポワトー大司祭の説明と食い違う。
だからと言ってシェブリ伯爵が清貧派のシンパだとは到底考えられない。
爵位貴族以外は人とすら思っていない様なあの男が清貧派に与する事などこの先千年経っても起こらないだろう。
なら目的はなんだったんだ。
そもそもジャンヌに治療をさせる気すらなかったような事をギボン司祭が言っていたように思う。
私がシェブリ伯爵に釘を刺した時の態度を見てもそう思える。
枢機卿に毒でも盛ってその罪を私に着せる心算だったのではないだろうか。
「ポワトー大司祭様。しかし今のポワトー枢機卿のご容態では他への移動は以ての外。司祭会議になど出られるような状態ではありませんよ」
「ああだから父上…枢機卿様に代行を指名していただく。このわしをな」
ああ、また父上と言いかけている。枢機卿に息子が有ってはいけないだろう。
嬉しそうにそう告げるポワトー大司祭ではあるが、あの枢機卿が我が息子であってもこの危機感の足りない男を指名するだろうか。
聖職者の禁欲とか世襲禁止とかそれ以前の話として、この人の性格は枢機卿などに向いていないだろう。
好き嫌いは別にして、魑魅魍魎の集う聖教会の奥の院でやって行くならシェブリ伯爵のような男の方が向いているだろうと思う。
そう言えばシェブリ伯爵は聖教会での身分は有るのだろうか?
着ているシュールコーの紋章は明らかに教導派正教会の物だ。教会の関係者でなければそんなものは着る事は無い。
「シェブリ伯爵様は聖教会で何かお仕事をなさっているのでしょうか。いえ、何故そんなに領を上げてポワトー大司祭の為にご尽力なさっているのかと」
「何が言いたい!」
「ジャンヌ様を呼び出す為、州都のロワール大聖堂を提供し、又こうして領内の関所や村まで徴用してまで何故かと思いましたので」
「おお、その通りじゃ。ポワトー伯爵家に瑕疵が残らぬ様にと申されてな。こうしてすべて提供して下さった。一教導騎士団長の身でありながら過ぎたお心使いよ。シェブリ伯爵にも父君のシェブリ大司祭にも感謝の念は尽きぬぞ」
やはり聖教会関係者か。父が大司祭とは恐れ入る。
枢機卿の息子とか大司祭の息子などと公言して構わないのだろうか?
しかし父親が大司祭と言う事はポワトー枢機卿の側近と考えても良いのだろう。
…もしかして、既に代行の指名が有ったのではないか?
そしてそれがシェブリ伯爵家所縁の者だとしたら…例えば実父のシェブリ大司祭だとか。
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