ある朝
【1】
木工所の裏の広い空き地は木材置き場になっている。
ここ数年、そこは近所の悪ガキ達の遊び場になっている。
「きょうもカンタムごっこをやるぞ」
悪ガキのリーダー格、ウィキンズが宣言する。
「エー、マジョッコセンシごっこにしようよ」
「ダーメ。お嬢はなまえがおなじだからセイラやくな」
エマ姉さんが反論するが、男の子達にあっさり却下される。
「アルテイシアに戦いは向かない。私、ジャー・アナオホルは過去を捨てたのだよ」
「お嬢のやつ、ジャーになりきっていやがる」
「ぼくはアムロ・ナミをやるよー。ぼくがいちばん、カンタムをうまくつかえるんだー」
「レンポーのちからをみせてやる」
「当たらなければどうと言う事もない」
「えらそうに!きょうこそお嬢をやっつけるぞ!」
「「「オー!」」」
木の棒や枝を振り回して、悪ガキ達が殺到する。
「セイラちゃん、がんばって。つきにかわってせっかんよ!」
私は、悪ガキ達の攻撃をあっさりといなす。
「ワハハハ、ザコとは違うのだよ。ザコとは」
「おい、ちがうのがまじってるぞ」
そして、長い棒を振り回し反撃へ移る……つもりだった。
「この馬鹿タレがー!!!」
いきなりの怒号とともに首根っこをつかまれ持ち上げられた。
「父ちゃん…」
「今日は朝から用事があると言っただろうが」
父ちゃんのゲンコツが脳天に炸裂する。
「いて~なぁ」
私はそのまま父ちゃんに木工場の中へ引きずられて行く。
「お嬢のようじってなんだ?」
「きょうは八さいの女の子が、きょうかいにゆくひだよ」
「えー? おとこはらいげつじゃなかったのかなー」
「てめー! エド! ぶっ殺すぞ!!」
「セイラ! 黙ってろ!」
父ちゃんの2度目のゲンコツがさく裂した。
【2】
「親方、セイラちゃん、おめでとう」
「セイラちゃん。洗礼式おめでとう」
「セイラおめでとう」
「親方、ご苦労さんです」
木工所に入ると職人たちが次々に声をかけてくる。
「おう」
父ちゃんは鷹揚に返事を返すと、私を引きずって2階の居間へと向かう。
居間のドアを開けて、私をソファーの上に乱暴に放り投げるとお母様に笑顔を向けた。
「レイラ捕まえてきたぞ」
綺麗なドレスを着たお母様が私に微笑みかける。
「セイラちゃん、いけないわ。お父様に迷惑をかけては」
「せっかく綺麗な見た目をレイラから貰ったんだから、中身の1/10で良いからレイラに似てくれ」
「父ちゃんの血が1/1000でも混じった時点で無理だね」
「なんだと、この野郎」
「セイラちゃん、いけないわ。こんな素敵なお父様にそんなことを言っては。お父様は強くて凛々しいし、誰にもお優しい素敵な方よ」
「乱暴でガサツで私には優しくないわ。お母様は目が腐っているのよ」
「セイラ!レイラになんてことを言うんだ。レイラの黒い瞳は世界一だ」
「アナタ♡」
「レイラ♡」
見つめあって、いつものように二人の世界に入って行く。
「お嬢様、バカップルは放っておいて、さっさと着替えましょう」
メイドのアンがテキパキと私の服を脱がし始める。
「アン、アナタ、雇い主に遠慮が無いわね」
「手のかかるお嬢様がいるのに、その上奥様と旦那様にかまっていては、手が回りません」
あきれ顔のアンは、衣装箱から洗礼式のドレスを取り出した。
「馬子にも衣装でございますよ。黙っていればお綺麗なんですから」
反論の隙もなく、白いドレスを被せられ、白いリボンの腰ひもで絞めつけられる。
「旦那様もいつまでそうしているのですか。さっさと着替えていらっしゃいませ」
アンの声に驚いたように父ちゃんは、慌てて居間を飛び出していった。
多分この家で一番強いのはメイドのアンだ。
【3】
聖教会の前の広場は、洗礼式に来た子供と付き添いの親たちでごった返していた。
父親たちは聖教会の神殿に、八歳の洗礼式の手続きに行っている。
母親たちが集まって世間話に余念がない。
退屈した子供たちは、暇を持て余し私の周りに集まってきた。
「セイラちゃん、またマジョッコカメンのお話してよ」
「そうだよ。カンタムのおはなしより、マジョッコカメンやビショウジョセンシのおはなしのほうがいいよ」
「じゃまなおとこのこがいないからマジョッコカメンのおはなしのつづきをして」
「一昨日の続きね。それじゃーねえ……」
私は調子に乗って一昨日夢で見た内容を話し始めた。
「~たとえヨシツネが許しても、このパープリンが許しません!」
「「「「キャー、かっこいい」」」」
「命ある限り戦いましょう。愛、燃え尽きるまで…!」
「大したもんだ。イヤー、セイラちゃんの話は面白いねえ」
「セイラちゃん、吟遊詩人にでもなれば大うけだぜ」
「芝居小屋の座頭が目をつけてるんじゃないか」
いつの間にか手続きから帰ってきた父親たちが、子供たちと一緒になって話に聞き入っていた。
「うちのセイラは、レイラの血を引いてるんだ。伯爵夫人になってもおかしくはないんだ。場末の芝居小屋になんかやるもんか」
「伯爵夫人とは親馬鹿が過ぎるだろう」
「はあ? この町随一の木工所の一人娘だぞ。その辺の商家の嫁には勿体なさすぎるんだよ。そもそもうちのレイラは…」
「またオスカーの女房自慢が始まった」
「まあレイラさんは、オスカーには出来過ぎた嫁だがねえ」
「レイラさんは元男爵家の令嬢かもしれねえが、オスカーが父親じゃあなあ」
「そうだぞ、父ちゃん。木工所は私に任せて、とっとと隠居でもしな」
「セイラ。おまえまで…」
「みなさーん。教会の聖堂に入場くださーい」
聖教会の鐘が鳴って、見習いの聖導女が大声で呼びかけた。
【4】
聖教会の鐘が鳴る。
父ちゃんとお母様に両手を引かれて、町の聖教会の階段を上る。
聖堂で司祭の訓話を聞き終わると、順番に洗礼室へと導かれる。
洗礼室で魔力の特性を告げられると洗礼は終わりだ。
平民の私たちは火・水・地・風のどれかの属性を告げられて、貧乏な子供は商家や工房などへ奉公に出される。
余裕のある一般家庭は十二歳になるまで、聖教会で読み書きや算術を教わったり、家で手習いをしたりする。
十二歳になると、女の子は貴族や金持ちの商家などに行儀見習いとして預けられる。
中にはそのまま召使やメイドとして雇われることも、雇い主の手がついて妾になることもある。
男の子は徒弟見習いや見習い兵、そして稀に貴族の小姓見習いとして召し上げられることもある。
そして裕福な家庭や何か秀でたもののある子どもは、家庭で専門の教師を雇ったり、聖教会や騎士団に預けられて十五歳になるまで教育を施される。
十五歳の秋を迎えると、聖教会か騎士団の推薦を受けた子供は王立学校に入学が許される。
貴族の子弟が学ぶその学校で、一緒に学び王室や貴族社会の習慣を身に付けて、将来の官吏や軍人・貴族の家令や侍女になる知識と処世術を学ぶのである。
多分父ちゃんは、私を王立学校に入れて貴族の侍女かあわよくば貴族の嫁にでもなればと考えているのだろう。
父ちゃんはお母様を平民の嫁にしてしまったという負い目を持っている。
だから私を貴族に嫁がせたいのだ。
貧乏貴族なら持参金目当てに貰ってくれるかもしれないが、私はお断りだ。
私は父ちゃんのような一流の木工職人になりたい。
同じ手が二本ついているんだから、女でも職人に成れないわけでもないだろう。
そもそも女性が使う家具を男が作っても、好みに合うものが作れるはずがない。
私は父ちゃんの跡を継いで、ライトスミス木工所を王国一にして見せる。
…などと思っていた。
【5】
洗礼室に入ると聖導女様がテーブルの上に置かれた大きなクリスタルの球に触れるように仰った。
「触れるとこの球はあなたの属性の色でほんのりと輝きます」
「火なら赤、水なら青、風なら黄、に。そして地なら緑になるのです」
「さあ、触れてごらんなさい」
男の子に多く職人や軍人に向いている火属性か植物と相性がいい地属性がいいな。
女の子に多い水や風属性でも植物との相性は悪くないけど。
そんなことを考えながら、おずおずとクリスタルの球に掌で触れてみた。
眼の眩むような白銀の光が、私の前に溢れた。
「何だ?!」
「何が起こりましたの?」
父ちゃんとお母様の声が響いた。
聖導女様は唖然とした顔で目を見開いている。
次の瞬間私の意識は暗転した。
手が離れたクリスタルの球は、一瞬にして光が消えて元の状態に戻った。
薄れる意識の中で、崩れ落ちる私を抱きかかえる父ちゃんの腕の感触と、私にしがみつき頬をよせるお母様のぬくもりを感じながら闇の中に沈んでいった。