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異端

【1】

 日の出前に目覚めたジャンヌは身支度をしてジャックたちや修道女たちと共に出発の準備にかかっていた。

 今日の一日馬車を進めればアルゴイ州を抜けてアヴァロン州の州境には入れる。

 翌日にはアヴァロン州を縦断してゴルゴンゾーラ公爵領の端まで至れるだろう。

 ゴルゴンゾーラ公爵家の協力が得られれば夜間も馬車を進めて夜中にはカマンベール男爵領に至れるかもしれない。

「アナ大変でしょうが宜しくお願い致します」

 ジャンヌはこの旅の間、御者を務めてくれている聖導女に声を掛ける。

 アナ聖導女はぎこちない微笑みを浮かべて会釈を返すと黙々と頸木に繋いだ馬にハミをかけている。


 すると街道の向こうから地響きと馬の嘶きが聞こえて来た。

 驚いたジャンヌたちが嘶きの聞こえる方角を見ると山裾から登り始める薄明に照らされて血のように紅く染まった鎧を輝かせながら七騎の騎馬騎士がこちらに向かっているのが見て取れた。

 先頭の騎馬が掲げる旗の紋章は教導派を象徴する羽を広げた鷺の紋章が翻っている。

「教導騎士団…」

 ピエールの驚愕のつぶやきを聞いて怯える修道女二人がジャンヌの背中にしがみついてきた。

 ジャックとポールは既に抜刀しており、ピエールの声を聴いて一気にジャンヌの前に立つと二人で壁を作る。

 その後ろでピエールがジャンヌを左手で庇うと右手の杖を迫る騎士たちに向けて突き出し魔法の詠唱を始めた。


 馬車を背にして構えるジャンヌ達七人をぐるりと取り囲むように騎馬が取り巻いた。

「聖女ジャンヌ殿に布告が有る。心して聞かれよ!」

 そう告げると隊長と思しき騎士が鞍嚢(鞍に付けた鞄)から何かを取り始めた。

「たかだか教導騎士の分際で聖女様に馬上から不遜だろうが! 教導騎士は礼節の指導もされないのか!」

 聖堂騎士のポールが怒りの声を上げて怒鳴り返す。

「そうだ! てめえらなんて…”ポカッ”」

 続けて叫びかけたジャックの頭をピエールの杖が打つ。

「お前はしゃべるな。隊長殿! 聖女様に用が有るなら下馬されよ! 手渡す物が有るなら尚更では無いのか」

 ピエールの杖はその先を騎士隊長の頭に向けしっかりと狙っている。詠唱を終えて発動呪文を待つだけだ。


「不遜なガキどもめ。…分かった降りよう!」

 隊長は小声で悪態をつくと馬を降りて鞍嚢から取り出した書状を掲げた。

 その間ピエールの杖の先は隊長の頭から外れる事は無かった。

 張り詰めた空気の中、隊長は書状に押されたシェブリ大司祭を現す封蝋の印章を指し示す。

 ジャンヌが頷くと封蝋を割り書状を広げた。

「告げる! 聖女ジャンヌ・スティルトン。其方の思想に異端の疑いあり。直ちにリール州ロワール大聖堂に出頭して審問に応じるべし!」

 そう告げると書状をひっくり返して、文面をジャンヌ達に示した。


「バカな! ジャンヌ様が異端だなんて。そんな事あり得ない。そんな話ではなかったはず」

 一番初めに口を開いたのは意外にも聖導女アナ・クリスタンであった。

「アナ様、それは一体どういうことですか!」

 アナの言葉を聞きとがめたのはジャンヌにしがみ付いていたカタリナ修道女だった。

「そんな話とはどういう事なのです! アナ様、貴方は聖導女でありながらジャンヌ様を…」

 カタリナの言葉にアナは泣き崩れた。

「違う、違う、違う。私はセイラ・ライトスミスに近づけたくなかっただけ。ハウザー王国と関わらないようにしたかっただけ」

「ハウザー王国であろうがラスカル王国であろうが清貧派教徒は清貧派教徒でしょう。何の違いがると言うのです。ジャンヌ様はそんな事で分け隔てなさらない方じゃないですか。それなのに貴女はなぜそんな事を言うのです」

 キャサリンもアナにくってかかる。

「だから、心無い政治と利権に汚れた者から私たちが守らねばと…それが何故こんな事に」

 更にアナが泣き崩れる。


「およしなさい二人とも。それより今どうするか考えましょう」

 ジャンヌの冷静な声が響いた。

 ジャック達三人は前方の騎士団に神経を集中させていつでも戦闘に入れるように態勢を維持し続けている。

 ジャックとポールは騎士では無く騎馬に集中している。

 ジャンヌを逃がした後彼らの足止めの為七頭の馬をどうやって倒すかをシュミレーションしている。

 そしてピエールは隊長を打倒した後ジャンヌをウマに乗せて逃がす算段を巡らせていた。


「聖女殿は良い護衛をつけておいでですな。ただ貴女が拒否されるとこの三人は命を捨ててあなたを逃がす行動に出るでしょう。それはお望みで無いはずだ。引くようにお命じ頂けないものでしょうか」

 隊長は薄笑いを浮かべてジャンヌに告げる。

「聞く必要なねえ! あんた達を逃がして俺達も逃げ延びる! 命を捨てるような真似はしねえ」

 ジャックが吠える。


「判りました。ついて行くのは私一人。他の者はここで開放してください。それ迄は私もここを動きません」

「そんな事させません! 聖女様が行かれるのであれば私はついて行きます」

「そうです。絶対にジャンヌ様から離れません! こんな奴らに指一本触れさせません」

「おいおい。それは護衛騎士の俺たちの仕事だ。あんた達はここに残りな」

 ポールが言うが修道女二人はジャンヌにしがみ付いて離れようとしない。


「教導騎士団に要求いたします。わたくし共は聖女ジャンヌ様をお守りすることが使命。ジャンヌ様からは一時たりとも離れる事は致しません。連行するのならばわたくしどもも同道致します。これは一寸たりとも譲れません」

 そう言うピエールの右手の杖の狙いは常に隊長の頭部から離れる事は無かった。

 いささか顔色の悪い教導騎士団の隊長は諦めたように首を振った。

「仕方ない。認めよう。出立するから準備をせよ」

 隊長が右手を上げる。


 それを合図にピエールは杖を下げ、ジャックとポールは剣を治めた。そしてすぐさま馬に跨るとジャンヌの馬車を囲んだ。

 ジャンヌは修道女二人を伴って馬車に乗り込む。

 そして未だに地面にへたり込んで嗚咽する聖導女アナに一言「息災に」と声をかけた。

 その言葉に顔を上げてジャンヌを見上げたアナはそのまま地面に突っ伏して号泣するのであった。


「キャサリン、御者をお任せしても良いかしら」

「はいジャンヌ様」

 修道女キャサリンが馬の廓を取った。馬車と護衛の三騎はゆっくりと進み出す。

 それを取り囲み遠巻きに七騎の騎馬が進み始める。

「ご苦労だったな」

 殿の騎馬騎士が通りすがりにアナに一言投げかけて行く。

「違う! そんなつもりじゃ無かった! 異端だなんて! 嘘つき! 卑怯者!」

 行き過ぎて騎士たちの背中に向かってアナの声が投げつけられる。

 朝焼けの朱に染まる東部高原にアナの号泣だけが響いた。


「違う、違う、違う。シェブリ大司祭! 初めからこうするつもりだったのね。ジャンヌ様、必ずお助けいたします。私の命を懸けても」

 立ち上がったアナはよろよろと歩き出し村の中に消えた。

ついにジャンヌの身にも悪の黒い影が

ジャックたち三人はジャンヌを守り切れるのか


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テレーズ以外にもこんなアホが居たのかよ
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