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閑話20 ウィキンズと王都(7)

 ◇

「ウィキンズ様。今度我が領でライトスミス商会が工場を作る事に成ったのですよ。あのセイラ・ライトスミス様がカマンベール男爵領にいらっしゃるかも知れないのです」

 クロエ様が少し興奮気味に俺に話しかけてきた。

「あら、以前からクロエはそんな事を言っていましたものねえ。良かったじゃないですか、ライトスミス商会の仲介ならまず失敗する事は無いでしょ」

 カミユ・カンタル子爵令嬢もそれに同意する。


 カミユ・カンタル子爵令嬢が同期の友人と開くお茶会の席だ。他にもレスター州の聖教会推薦の修道女テレーズ女史とロンバモンティエ州のブレア・サヴァラン男爵令嬢、パルミジャーノ州のシーラ・エダム男爵家令嬢がいる。

 月に一~二度ではあるが俺もウォーレンやレオナルドと共にこの二人のお茶会に誘われるのだ。


「まあ、それは羨ましい事ですね。わたくしのお仕えするジャンヌ様もセイラ・ライトスミス様に一度お会いしたいと言いながらなかなかご都合がつかないと嘆いておいででしたわ」

 テレーズ様の言葉にブレア様が驚いたように口を開く。

「セイラ・ライトスミス様は聖女様ともご親交がおありなのですか? たしか商会主でしたよねえ」

「聖教会教室や聖教会工房を始められたのはそのセイラ・ライトスミス様なのですよ。ウィキンズ様ならよくご存じでしょう。ゴッダードの街でセイラ様が始めた子供教室と子供工房がその始まりだとジャンヌ様からお聞きいたしました」

 テレーズ様が俺に話を振る。


「ええ良く存じ上げております。自分はその子供教室で読み書きと算術を学んでおりましたから」

「そうなのですよブレア様。この男はセイラ・ライトスミス様の幼馴染で、教室の立ち上げから一緒にやってきたそうなのです」

 事情を知っているウォーレンが自慢げにブレア様に説明する。


「あらウィキンズ様。私にはそんなこと仰ってくだされなかったでは有りませんか。私もセイラ・ライトスミス様の事もっとお聞きしたいですわ」

 クロエ様が少し拗ねたように俺に詰め寄ってくる。

「いえ、お話しできるような立派な事を俺はしていないもので」

「ウィキンズ様はセイラ様のお話をするとクロエに焼きもちを焼かれるとお思いになったのではございませんか」

 カミユ様が混ぜ返してきた。

「まあカミユったら。私はそんな事は思っていませんわ…。もっとセイラ様の事を知っていれば良いなあと思っただけですもの…」

 クロエ様が顔を赤らめて口籠る。


「でもクロエ。セイラ様がいらっしゃるとは限りませんよ。あの怖いメイドが来るかもしれませんわよ」

 ああその可能性は高いなあ。まずは露払いにグリンダがしゃしゃり出てくることが多いからな。

 でもここ最近はライトスミス商会の王都支店をベースに何やら画策している事が多い。

 でも奥様の生まれ故郷だから家族で行くかもしれないなあ。

「そうなのでしょうか。それでしたら残念ですわ」

「カミユ様、そのメイドとは何のことなのでしょう」

「パルメザンの街にもあるセイラカフェのメイドの事でしょうか?」

「それでしたら最近グレンフォードの街にも開店して聖教会教室の女の子の間では大評判なのですけど怖いのですか?」


「いえ、そのメイドではないんです。グリンダと言って元々セイラ様の専属メイドで今ではライトスミス商会の副代表のような仕事をしているですが、お嬢…セイラ様の筆頭メイドを名乗って絶対メイド服を脱がないんですよ」

「それが恐ろしいメイドなのですか?」

「ええそれはもう、お嬢と…セイラ様とライトスミス家の為なら上級貴族でも平気で陥れる様なメイドです」

 ブリー州の貴族だけ有ってカミユ様はよくご存じだ。


「クロエ様。セイラ様も奥様も多分旦那様も弟のオスカルも、きっとカマンベール領に行かれますよ」

「本当でしょうか。皆さまでいらっしゃっていただけるのなら領を上げて歓待致しますわ」

 クロエ様が少し不安げに、それでも嬉しそうに言った。

「ウィキンズ様。クロエを送ってあげて下さいな。帰り道でしっかりセイラ様の事をお教えしてくださいよ」

 カミユ様が俺に釘を刺して悪戯っぽく笑った。


 ◆◇

 俺とウォーレンはクロエ様とブレア様とシーラ様を伴って女子の貴族寮に向かっていた。

 レオナルドはテレーズ様を送るために平民寮へ向かっている。

 俺とウォーレンはお二人の令嬢の後ろについてゆっくりと歩いていた。


「クロエ様。それでウィキンズ様とは如何ですの? お兄様の部下なのでしょう。騎士団でもお会いできるなんて羨ましいですわ」

「シーラ様、そんな事有りませんよ。いつも兄上が鬼のような顔でくっついていますの。それよりブレア様は」

「私はこのお茶会以外では殆んど会う機会が有りませんもの。私から押し掛ける訳にも行きませんし」

「それよりカミユ様は何故レオナルド様にテレーズ様をお頼みになったのでしょう? 私の気持ちをご存じだと思うのですが」

「テレーズ様は修道女ですもの、安全牌ですわ。ブレア様もカミユ様くらい強かにならなければ…」

「シーラ様はそう仰いますがロンバモンティエ州なんて本当に田舎ですもの。我が州でもセイラカフェが開店してくれないかしら」

 何を話しているのか良く分からないが、セイラカフェで誰かに会う話でもしているのだろうか、三人で盛り上がっている様でカミユ様に言われたお嬢の話など出来る様子では無い。


「おい、平民。なにをつるんでいるだ。ふん下級貴族と平民が何の集まりだ」

「平民、貴様何を騎士団員となれ合っている。近衛の風上にも置けんな」

 不快な声が聞こえて振り向くと、マルカム・ライオルとその取り巻きが俺たちを睨んで立っていた。

 マルカムは俺の一年上の先輩になるが、入学してから何かと絡まれ続けて来た。

 さすがに入学前の一件が有るので、暴力沙汰の嫌がらせは無いが会うたびにイヤミや悪口・罵詈雑言を浴びせられる。

 一々相手にするのも面倒なのだが、先輩であり上級貴族でもあるので無視も出来ない面倒な相手である。


 俺とウォーレンはクロエ様とブレア様の前に出て両手を広げて背中で庇う。

 ウォーレンはこぶしを握り腰を落としてもう臨戦態勢に入っている。

 俺はウォーレンの肩を軽く叩くと一歩前に出た。

 マルカムたちは少し怯えた様に一歩引く。


「先輩方。何か御用でしょうか? 自分たちはカミユ・カンタル子爵令嬢様のお言いつけでこのお三人を寮までお送りする最中です。特にやましい事は致しておりません」

「送り狼と言う言葉を知っているか? 平民上がりの王都騎士団員など品性の劣った物ばかりだ。お嬢さん方安心していると犬に噛まれますよ」

「平民上がりの近衛騎士団員のせいで近衛騎士団全体の評判が下がるような事になっては困る。俺たちが送って行ってやろうか」

「いやいや、男爵家の娘ならそのままどうにかなるのを期待していらっしゃるのかな? それなら我らがお相手しようか」

 取り巻きどもが下卑た笑い顔でにじり寄って来る。

ウィキンズも二年になりました。

王都の王立学校でも何やら新たな火種上がり出しているようです。


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