婚約者たちとの晩餐会にやってきました
「あ、そうだディルさま。昼間にクッキーを作ったのでいかがですか?」
ただディルさまに見上げている私の顔を満足そうにずっと見られているだけなのはきついので、他の話題を振ってみます。もしもの時のために持ってきてよかったです。
「あ、やっぱり宗主国の皇太子殿下にこんな庶民的な手作りクッキーは失礼でしたよね・・・」
「メイリィ、何を言っているんだ?とっても嬉しいよ。私のために作ってくれたのだろう?」
「え・・・えぇ、そうです」
ただの暇つぶしで作っただけなのだけど。
「よかった。他の誰かのために作ったのなら抹殺しようかと思った」
え。口元は微笑んでいるが、目が・・・本気だ―――っ!!
「また作ってくれる?“私の”ために」
「庶民的なもので良ければいくらでもお作りしますよ?」
「あぁ、頼むよ」
氷の皇太子が物凄く人懐こい笑みで微笑んでくるとです。あの・・・何かの罠とかじゃないですよね??
―――
晩餐会の会場には、既に3人の婚約者たちが待っていました。そして、みんな私に向ける視線が、いってぇっ!!いや何で!?何故初対面でこんな敵意を!?
まさか、妃たちによる後宮の女の戦いはもう始まっているとでもいうのか・・・!?
うわ、おなか痛くなってきたぁ。
私は何故かディルさまに腰を抱かれながら円卓に隣り合わせに座ります。
そして、私たちの対面に他の3人の婚約者たちが腰掛けていました。私とディルさま、そして彼女たちの席は明らかに距離が離れておりました。
一番私を睨みつけてくるのはディルさまと同じ竜族のお姫さまです。まるで射貫くように私を睨んで来るとです。あぁ、この子と仲良くなれるのでしょうかね?ウチは王妃が母さまおひとりなので、正室&側室のギスギスについてはよくわかりませんが恋愛小説によく出てくる女の戦いに発展するのは勘弁願いたいものです。
あれ?そう言えば昔私は、恋愛小説遊びにはまっていましたね。こんな時に思い出すのは何故でしょう?何か大切なことを忘れている気がするのです。
「・・・リィ・・・メイリィ!」
はっ!いつの間にかディルさまが呼んでおりました。
「・・・何を考えていた?私とふたりっきりの晩餐なのに」
い、いいえっ!!どこがふたりっきりですか!!目の前に婚約者3人いるではないですか!!
ほら、竜族のお姫さまの睨みが半端ないですよ。
エルフ族のお姫さまなんて先ほどはちらちら見てこられていましたが、今は完全に俯いていらっしゃいます。エルフ族の方々はプライドが高いとお聞きしたことがあるのですが。彼女は真逆の性格のようです。
むしろ後ろに控えているパツ金のいかにもなエルフ族の侍女の睨みの方が半端ないのですが。
そして獣人族のお姫さまは先ほどは驚いたような表情をされてガン見されましたが今は完全に我関せずですよ。
あぁなんなんでしょう、この仕打ち。これはまさか・・・私にイチャイチャして寵愛すると見せかけて、他の婚約者たちからの妬みを一身に受けさせ精神的に疲弊させるという新手の冷遇・・・いえ、鬼畜ルートですか!?
「その・・・」
キリ・・・ッ
「私との晩餐会に何を考えている?」
あ、顎持ち上げないでください!!
キリ・・・ッッ
そして顔が近いです!
キリキリ・・・
あ、もう限界っす。
い・・・胃が、いてぇ。
ドサッ
そして私は意識を失ったとです。
―――
もふ・・・っ
ふわもふふ・・・っ
あぁ、ふわもふが気持ちいいです。まるで私お気に入りのふわもこケープのようです。
「もふぃっ♡」
あ、この声は。
「もふちゃん」
「もふぃっ!」
目の前にはかわいいもふちゃんのお顔がありました。私はもふちゃんのふわもふを抱きしめる形で寝かされていたようです。うふふ~。もふちゃんかわいい~。このふわもふが安心感をそそるのです。
「メイリィ」
そう呼ばれた声で私は我に返りました。ここは竜帝国から与えられた自室のベッドの上のようです。
そしてベッドに腰掛ける体勢で私の顔を見降ろしておりました。
「私よりも、もっふぃがいいのか?」
え、そりゃぁもふちゃんの方が・・・。はっ!!何故か段々とディルさまの顔がピシピシと氷に包まれていくような冷気が!
「じゃぁ頭でもなでてみますか?」
私は単にもっふぃはこんなに素晴らしいのですよ。ディルさまも頭をなでなでしてみればわかります。・・・と言う意味合いで言ったのですが。
次の瞬間なでられました。・・・私の頭をなでられました。
えええ、何で!?わ、私なのですか!?さすがにこの歳で頭なでなでは。そりゃぁ兄姉たちは別ですが、他の男性にそのようなことをされるとさすがに恥ずかしいですし私がそれをねだった的な感じになってませんか!?これはっ!!
「そのぅ、ディルさま・・・?」
「メイリィ」
「・・・ごめんなさい」
「何故謝る?」
「えっとディルさまに、皇太子殿下に頭をなでていただくとか不敬、でしたね。軽率でした」
「そのようなことはない。メイリィ以外がそれを要求したら弟以外なら即刻不敬罪に処していたが」
それはそれで物騒なのですが。
「弟君とはとても仲が良いのですね」
確かディルさまのところは男4兄弟だったはずです。皇帝陛下には元来4人のお妃さまがおり、お一人ずつそれぞれ男児を産んだそうなのです。現役なのはお2人のみですが。
「あぁ、そうだ。だがメイリィ。私とふたりきりのときは・・・」
げ、そうでした。このひと何故か私とふたりきり・・・いえ、もふちゃんもいますが。
他の婚約者3人がいる時でさえ彼女たちをいないものとして、私とふたりっきりとか言い出すひとなのです。他のひと・・・特に男性の話は嫌がります。それは弟君たちの話題でも同じだったのですね。
今のお話を聞く限り仲は良好そうだったのですが例外はないようです・・・ぐすん。
「えぇと一番はディルさまのことを考えております!」
「それならいいが」
何ですか?その本当?”みたいに目を細めて私の首筋を指で撫で上げるのはやめてくださいませ!!
もふっ
ん・・・?もふちゃん?
私を助けてくれるの?
何故かもふちゃんが前足のふわもふで、私の唇の上にぽむっともふっとしてくれました。
そしてそれを離すと何故かディルさまを見上げております。
・・・もふちゃん?
すると、今度はそこにディルさまの細く長い指が触れました。
「そうか。ここがいいのか?」
いや、何ですか!?ここがいいとか何ですか!?
ま、まさかもふちゃん・・・!
「もふぃっ!!」
な、何故かもふちゃんが“どやぁっ”と言う顔をしておりますよ!!?
まさか、私たちのキューピットを務めた感じなのですか?するともふちゃんは満足気に頷くともふっとベッドの脇に飛び降りてしまいました。も・・・もふちゃあああああぁぁぁんっっ!!?み、見捨てないでぇっ!むしろ、応援しているのか!?応援してくれているのか!?
「ほう。あのもっふぃは並みの女官よりも気が利くな」
もふちゃんは、並みの女官以上なのですか!?それは私としても誇らしいですが。私、何されるとですか?
不意にぐいっとディルさまが体を倒し私に迫ってきます。イケメン顔を近づけられた上にディルさまは私の顎を持ち上げそしてその親指が私の唇の上を這います。
あの、何をしたいのですか?声を出そうとした瞬間でした・・・
「あふっ!」
何故かディルさまが私の口の中に親指を突っ込んできたのですが!?
「なかなか良い声で鳴く」
“鳴く”って何ですか!?私はもっふぃじゃないですよ!?
しかしその時でした。
ぐぅ~~~・・・
そう言えばお夕飯をくいっぱぐれたのでした。その音を聞いたディルさまは不意に私の口から指を抜かれました。ふぅ。助かりました。この時ほど自分のおなかに感謝したことはありません。
「何か持って来させよう」
「いえ、自分で作りますよ。もふちゃんのごはんもまだですし」
そう言えば帰ってから用意すると約束していたのでした。
「だが体調は」
「だいぶ良くなりましたよ。それにもしよければディルさまのために軽めの夜食をご馳走しましょうか?」
「・・・私のために?」
ディルさまはひどく驚いたお顔をされておりました。そうですよね。一国の姫が料理などと・・・
あまり想像できないでしょうが。
「えぇ。これでも料理は得意なのです」
「・・・私のために、か」
何か悩んでおいでなのでしょうか?ディルさまは口元に掌を当てていらっしゃいます。お嫌いなものが出てきたらどうしよう?とか言う心配でしょうか。
「お好きなものや苦手なものがあれば仰ってください」
「・・・いや、特に。だが好きなものはそうだな・・・卵料理なら割と好きだな」
「卵ですね。承知しました」
早速私は厨房に入ります。うん。胃の痛みも大体おさまったみたいですね。
まずはドーナツ鶏のお肉とその卵でお粥を炊きましょう。因みにドーナツ鶏とはお菓子のドーナツとは関係ないそうです。単にドーナツ地方と言ういかにもなおいし気な名前の地方で最初に食肉用に飼育され始めたのがきっかけだそうです。さてお粥を炊いているうちにもふちゃんのごはんの用意です。
侍女は何でも食べられると言っていましたが飼育用の魔物のためのフードもあるのです。何故か揃っておりましたとも。そのフードに、ふちゃんの健康を整えるための薬草や木の実を加えて完成です!
そしてディルさまのお夜食ですが卵料理、ですね。ドーナツ鶏のお肉とほうれん蕗を卵でとじたラウンドオムレツ風にしてみました。ほうれん草ではありませんよ?
昔シンシャ兄さまが“ほうれん草はないのか!?”と叫んで大騒ぎになったことがあります。
シンシャ兄さま的には“ほうれん草”だったようなのですが学術的にも“蕗”と言うことがわかり
シンシャ兄さまが愕然とされていました。
けれど味はシンシャ兄さまの言う“ほうれん草”と言うシンシャ兄さまの心の中だけの伝説のお野菜そのものだったそうです。
“ほうれん草”ですか。いつか私もお目にかかってみたいものですね。
後はお出汁に使った祖国の特産メイカツオブシの素がお口に合えばいいのですが。ディルさまが“オイ”派だったらどうしようかと今更ながら思ってしまいましたが、まぁここにはメイカツオブシしかないので仕方がないのです。
何故、祖国の特産品が普通にこちらに用意されていたのか。竜帝国の侍女さんって優秀ですね。私が欲しいものをこうも事前に用意してくださっていたとはとても感心しました。仕上げにラウンドオムレツをピザのように切り分けて・・・
さて、後はできたお料理を持っていくだけです。ちょうどお粥も炊けたようですしね。
早速少し遅めの晩ご飯といたしましょうか。
「もっふぃ~♡」
もふちゃんは私の用意したご飯にご満悦なようです。美味しそうに頬張っています。あぁ・・・かわいい。
私が作ったラウンドオムレツとお粥にディルさまは驚かれたようです。
それもそのはず。普通は皇太子殿下が口にするようなご飯ではありません。庶民の知恵を生かした素朴なお料理ですもの。
「毒見いたしましょうか?あまり効果はないかもですが」
「・・・いや構わない。私に毒の類は効かないからな」
「それはスキル的なものですか?」
「いや、体質だ。特異体質でな」
それはなんとも皇太子殿下と言うご身分からすればとても便利な体質ですね。
「それに・・・メイリィが作ったものを毒見とはいえ他の誰かに食わせるなどもったいないだろう」
「それが私自身でも、ですか?」
「メイリィに危険なことはさせられない」
「大丈夫ですよ。私だって王女ですから。毒にはならされていますし。何なら解毒方法などにも詳しいのでどんどん頼ってくださいな」
「んなっ!?メイリィにそんなことを!?やはり少々仕置きが・・・いや丸ごと滅ぼすか」
「ちょっ!?何を恐ろしいことを言っているんですか!と言うかこれは王女としての義務のようなもので、私の両親や兄姉たちはその義務にも心を痛めていて・・・。訓練の最中はいつでも家族の誰かが付き添ってくれたのです。ですから・・・」
「・・・解せん」
「へ・・・?」
「つまり1日中誰かがメイリィと一緒にいたということか」
「いえ交代交代でしたが。兄姉たちも両親も仕事があったので」
「それでもメイリィを独占したことには変わりはない」
えっとこれは、嫉妬的な何か・・・なのでしょうか?私、そこまでディルさまに嫉妬される覚えはないのですが。
「あの、では・・・今度私が体調悪くなった時はディルさまが独占していいですよ?もちろん皇太子殿下としてのお仕事に差し支えない程度ですけどね」
「・・・!」
あれ、何かまずいことでも言いましたかね?ディルさまが固まっています。
「それでは今夜は私が君を独占していいと言うことでいいのだな?」
え?
「まぁ、看病してくださるのですか?
お気持ちは嬉しいのですが、お疲れでは・・・?」
「いや、むしろ俄然やる気がでる」
そ、そうなのですか?割とボランティア精神が強い方なのでしょうか?
「それならお言葉に甘えますね」
「・・・あぁ」
何だかディルさまが妙に嬉しそうですね?そんなに看病が好きなのでしょうか。
やがて食べ終わると「うまかった」と、ディルさまが仰ってくれました。
よければ朝食もいかがですか?と、冗談込みで聞いたら二つ返事でお願いされてしまいました。朝食は王城で用意するのではないのでしょうか?まぁ、私も故郷の味が食べられるのは嬉しいですしね。朝食はディルさまの分もおつくりしましょう。
「そうだ。メイリィにもらったクッキーを食べてもいいか?」
「えぇ。もちろんです。お茶をお淹れしますね」
「体調は平気か?」
「お粥のおかげかだいぶ楽になりましたので、大丈夫です」
そう言ってカフェインレスのハーブティーを淹れてみました。
「いかがでしょうか?」
「あぁ。クッキーもハーブティーも美味いな」
「では明日はまた、別のお茶菓子をご用意しますね」
「あぁ、頼む」
何だか仲の良い夫婦のようで、まったりしますね・・・って夫婦!?何を考えているのでしょうか私ったら。婚約者である限りいずれは夫婦になるのでしょうが、ちょっと体がほてってきました。ハーブティーの体を温める効果か疲れが出たのか、今日は早めに休みますか。
もふちゃんは小型獣用のベッドでおねんねです。
「もふぃっ!」
何だか後はふたりで楽しんで来て的な感じで背中を押されてしまいました。気遣いのできるもふちゃん、頭のいい子ですね・・・
ですけど、なのですけれど。
何故、ディルさまが私の隣で寝ているのでしょう・・・?しかもディルさまが腕で体をガードされているため私、動けません。逃げられません。
しかもディルさまはやはりお疲れだったのか、とっとと寝入ってしまわれました。
これはもう・・・降参、と言うことで。
私、王女として17年間生きてきて兄以外の男性と床を共にしたのは(しかも、ちっちゃな頃の話)
・・・人生初です。