ラスボス遭遇してしまった
あぁ、やっちまいました。いきなりラスボスに遭遇してしまうとは。いえ、ここは竜帝国内なのでラスボスは竜帝陛下の方でしょうかね?
でも、今この場で私にとってのラスボスは目の前に聳え立つ長身の美麗な竜族の青年に、他なりません。
私はカーペットにおでこをくっつけてただただ平伏しておりました。室内で靴を履かない竜帝国のみなさんにとってはこれが偉いひとへの一般的な礼のやり方なのです。いや、属国の王女としてどうなんだと言うツッコミはあるでしょうが。
一応属国の王女ですからね。目の前のお方よりは確実に私の方が身分は低いのです。そして何より相手の顔をスルーしていいこの体勢。今の私にとっては、楽です。いっそこのまま目を閉じて寝てしまいましょうか。よし、寝ましょう。それがいい。
あぁ、祖国のみんな。私、こんなダメ王女でごめんなさい。今まで何の飾り気のない私をかわいがってくれて、ありがとう。私、もう悔いはありません。
せめて私と言う生贄を以って祖国のみんなが平和に幸せに暮らせますように。最期にみんなの幸せを守ることができて最高に幸せな17年間でした。
―――ほろり。
―――その瞬間でした。何故か体がひっくり返って?あの氷のように美しいお顔がちらり、と見えました。あれ?これどうなって?しかし次の瞬間哀れにも仰向けになった私の顔の真上に氷のような美しい顔が、あったとです。
え?何この状況。しかも、えぇっ!?私の顔の両側に両手をついていらっしゃいますね。しかし顔をそむけたからか、その手が私の顎を掴みまたその美しいお顔を拝まされました。
あのー。これってまさか、お、怒っていらっしゃる?
「ぐ、ご」
「―――」
何故、何も仰らないのでしょう。その沈黙が恐いです。竜帝国では自分より身分の高い方にこれと言った面識もなく許しもなく気軽に口を利いては顰蹙を買います。無礼にあたることもあります。まぁ親しい間柄だったり、緊急時だったりと言う例外はありますが。
しかし、ここは。
祖国のために身を削るのも祖国の王女たる私の役目。しかもこのような状況を作ったのは他でもない、私なのですから。
「んも、申し訳ございませんでしああああああぁぁぁぁぁっっ!!私はどうなっても構いません!ぶっちゃけおもちゃにしたって奴隷にしたって処刑したって構いません!“皇太子殿下”のお好きになさって結構です!だからせめてどうかどうか祖国のみんなだけはお助けをおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
「私と話すときに他の者のことを語るのか?」
―――え?
それって祖国のみんなのことか?そりゃぁこんなダメダメな私でも一応は王女なわけですし、祖国のために自ら身を削ってこその王族では?
「私と話すときに他の者のことを考えないでくれるか?」
あなたは私の心でも読めるのですかぁ―――っっ!!?
「は、はい。ワカリマシタ」
「さっき、君のことは“好きにしていい”と言ったな」
「は、はい。どうぞ皇太子殿下のお好きになさってください」
私、涙目です。あぁ皇太子殿下の瞳、キラキラしていてキレイ。もうこれを見ながら現実逃避しましょう。
「わかった」
「―――?」
私、どうされるのでしょう?あれ、何故かふたつのお月さまが遠ざかっていきますね?
するとひょいっと体が持ち上げられ、気が付いたらベッドに下ろされました。あれ?割と優しい。―――と思いきや再び皇太子殿下の美しい顔が私の上に!!!そしてまた体を覆いかぶせてきたのですが!?え?私、何されるの?
「君が悪いんだ」
えぇ、そうです。私がバカなことをしたせいですね。わかっておりますとも。責任はとりますとも。
「ようやく君をこの手にできたと思えば、こんな風にいたずらに私を誘惑する」
い、いやー。その、ユーリィ姉さまじゃあるまいし?私に他人を、それも氷の彫刻美と謳われる皇太子殿下をどうやって誘惑できましょうかっ!むしろ誘惑しているのはそちらではっ!!?
「今のは君が悪いんだ。“好きにしていい”なんて。もしかして他の奴にも同じように言っているのか?」
「んなっ。なわけないじゃぁないですかああああぁぁぁぁっっ!!!」
こんなシュラバ今まで王女として生きてきて初めて!!ウチの国は天災などがあった際に慰問に行ったり孤児院訪問に行ったりはしましたけれど、王子王女の血で血を争う王位簒奪戦とか謀反とか特になかったもの~~~っ!!!平和でしたよ!えぇ、平和でしたよ。ウチの国は~~~っ!!!しかも皇太子殿下、目の奥が笑っていない!!アイスブリザード吹かせそうな勢い!!
「そう、なら良かった」
あ、でもアイスブリザード、おさまった?今は優しい瞳で微笑みを向けてくる。氷の皇太子とか言われていてもこんな優しい表情もできるのね。
「では今日は何をしようか?」
「な、何って、何でですか?」
「俺の好きにしていいのだろう?」
「そ、そりゃぁ言いましたけど!」
「今更この私に、撤回なんてしないよな」
びくぅっ!!!
「は、はいいぃぃ。お、お国のために、国民たちのために、家族のために、腹を括ります!!」
「私と会話をしている時に他人のことを思い浮かべながら話されるのは不愉快だな」
おうええええええぇぇぇっっ!!?何で!?常にお国のことを考えている健気な王女さま風ですけどぉっ!!?王女の鑑と違いますか!?
それ、ダメなの!?
何で、ダメなの!?
祖国のために我が身を捧げて嫁いで来たんですけどっ!!慈愛に満ちたしがない属国の王女さま風を取り繕った私は・・・宗主国ではNGなのですか!?
「一度滅ぼせば考えなくてすむかな?」
何言ってんだこの皇太子~~~っ!!!竜族は強いし、竜帝国の軍事力にかかればウチのような属国ひとたまりもないのである。
「や、やめてください!!皇太子殿下とふたりっきりの時は考えませんからぁ―――っっ!!!」
あぁ、宗主国に嫁いだ姫と言うのは常に祖国のことを想うものではなかったのでしょうか。
「そうか。なら、滅ぼすのはやめよう」
「ありがとうございます!!!」
「なぁ」
「は、はひ?」
眼前に広がるイケメン。―――無心。そうです。この皇太子は何故か私の心の中の回想妄想その他まで見通してくるのです。
「私との妄想なら構わないが」
ほらぁっ!!てか何を妄想するんですかっ!!
「どんな妄想をしたんだ?今からやろうか?」
あ、甘い吐息で何を言っているのだこの皇太子。と言うかからかわれているだけ?うん、きっとそう!これはしがない属国の田舎姫をからかって遊んでいるのよ!!はぁ~さすが竜帝国は違うわぁ~。竜帝国のひとたちってみんなこうなのかなぁ~?
「私のことよりも帝国のことを考えるならいっそ帝国ごとっ!」
「やめてください」
いや、もう何!?このひとはっ!!本気で言ってるの!?いくら何でも将来あなたが治める国を
滅ぼそうとしないで―――っっ!!!何考えてるんだろう。
「そう、私の目を見つめて私のことだけを考えて」
洗脳でもされるのでしょうか、私は。
「わかり申しましたでございます」
あ、何だか言葉がおかしくなってきた。末期だ。末期症状だ。
「メイリィ」
私の、名前?
「メイリィって、呼んでいい?」
「は、はい。もちろんです」
私は未来のあなたの妻なのですから。
にこっ。
「では、私のことはディルと呼んで」
ディル?今更だがこの皇太子の本名はディラン・セレフィラ・ドラグーン。つまり、愛称?
「ディル、殿下?」
「殿下などつけるな」
えええ―――。その、私、殿下のこと竜帝国の城で遠目に見たり、ウチの国を訪問された時に遠目から見たりした程度の関係なのでは?
「メイリィ」
「ディル、さま」
「本当は呼び捨てでもいいのだが、それもかわいいから許す」
「は、はい。ありがたきお言葉です。あの、僭越ながらお聞きしても?」
「何だ?何でも聞いて?」
「ディルさまは何がしたいのですか?」
「―――」
はっ!?直球すぎたか!?直球すぎて失礼だったか!?
「首輪をつけてもいいか?」
「―――?」
はい?そ、それはわんちゃんとかにつけるあれですか?それを人間につける?=変態?
「メイリィが私のものになったという証に」
「それはリード付きですか?リードフリーですか?」
「あぁ、そっちの首輪がよかったのか。すまない、気が付かなくって」
「いいいいいいや、そっちのじゃない方でお願いします!」
「そうか、残念だ」
残念なんですかぁっ!!?
んちゅっ
―――ん?
唇に当たった柔らかい感触。段々と遠ざかっていくディルさま。
「―――っ!?」
「メイリィの唇は私のものだから」
「え、はい?」
つまり、マーキング的な、き、き、す?
「私はこれから仕事に戻る。夜にまた来る」
「は、はい」
そりゃぁ、皇太子殿下だもの。忙しいですよね?
「何か欲しいものはあるか?」
「何でもよろしいのですか?」
「私以外の男じゃなければいい」
「何でそんなもの頼むんですかっ!!」
愛人的なボーイフレンドは望んでません!!むしろそんなもの押し付けられても困りますから!!
「えぇと」
「何でも言って」
「じゃぁ“もっふぃ”が見たいです」
「そんなものでいいの?」
「そんなものって!もっふぃは世界一かわいいんですよ!!?」
「世界一?」
何かディルさまの視線が恐いんですけど。
「もちろん、世界一ステキなのはディルサマデス!!」
「何故カタコトなのかはわからないが私以上に愛するものなら、滅殺しようかと思った」
「うおおおおぉぉぉぉっっ!!!もっふぃを、もっふぃに手を出したら例えディルさまとて嫌いになりますからね!!」
ピシッ
「―――?」
ディルさま?何か氷の仮面がひび割れて行くような効果音が聴こえたんですが。
「だからもっふぃは大事にしてくださいね。私、もっふぃを大事にしてくれるならディルさまのこと、大好きです!!」
「だい、すき?」
「はい!!」
17歳少女の渾身の作り笑顔である。
「そう、わかった。じゃぁ、例え世界を滅ぼしてももっふぃだけは残しておく」
「その前に世界を滅ぼさないでください」
「メイリィがそう言うなら仕方ない。わかった」
にこっと微笑むディルさま。よかった。私は今、世界を滅亡の危機から救いましたよ!
「それじゃぁ、後でもっふぃを手配しよう」
「は、はい!」
「では行ってくる。この部屋にあるものは自由に使っていいから」
「はい、ありがとうございます」
「でも、私の許可なく部屋の外に出ないで」
「ほえ?は、はい」
城内で魔物でも飼っているのだろうか?いや、んなわけないか。心の中に魔物を飼ったひとたちが、日々骨肉の争いを繰り返して?
はっ!!
まさか皇太子妃同士の、争い!!?もちろん次期皇帝になるディルさまの妃が私ひとりなわけがなくて。
何名かいらっしゃったはず、だけれど。
「とにかく、出ないで」
「わ、わかりました!この身に代えても!」
あれ、このセリフってこういう時に使うものだったっけ?
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、ディルさま」
こうしてディルさまを見送って数分後。我が部屋にもっふぃがやって来た!
※ユーリィ姉さまと私※
ユーリィ「ふふんっ、今日は魅惑の誘惑術を教えるわよ~」
メイリィ「おぉっ!遂に私も魅惑のプリンセスデビューですね!」
ユーリィ「まずは~、振り向きざまの~、投げキッス♡」
メイリィ「振り向きざまの~、投げツッコミ―――ッッ!!!」
ユーリィ「やはりツッコミ欲には抗えないようね」
メイリィ「くううぅっ!私に魅惑のプリンセスはまだ早いのですかぁっ!!」