雪の妖精と氷の竜 その1
ずっとひとりだった。
竜帝国の皇太子として産まれた俺は、
竜帝である父とはほとんど会ったことがなかった。
俺は後宮で皇后であった母に育てられたが、
毎日毎日、勉強と、稽古に明け暮れて、
休む時間も与えられなかった。
俺は最強の竜族なのだから、
竜帝を継ぐ皇子なのだから、
そう、皇后に叱責され、叩かれながら育った。
俺の中にあったのは、皇后への恐怖。
膨大なる魔力を持つ自身への恐怖。
決して助けてに来てはくれない、竜帝と言う存在。
俺は、そんな物にならないといけないのだろうか?
精神が不安定になると、当たり前のように俺は魔力を暴走させた。
その度に怒鳴られ、叩かれ、幽閉された。
毎日のご飯は、味のしない、
ひりひりとする不思議な食べ物ばかりだった。
忌々しい、忌々しい、そう言いながら、
皇后は俺を罵り、叩き、そして皇太子になれ、
竜帝になれと迫る。
ある時、もう嫌だと、逃げだした。
追いかけてくる皇后や、恐い大人たちに、
俺は恐くて、恐くて、魔力を暴走させた。
そして、倒れ伏す大人たちをよそに、逃げだした。
走った。
そこが帝国城のどこであるかなど、わかりようもない。
けれど、雪に覆われた庭には、ひとりの少女がいた。
魔力が暴走して、思うようにいかない・・・
そんな俺を、みんな恐がった。
逃げ出した。
あんなに恐ろしい大人たちが、逃げて、泣き叫ぶのだ。
あぁ・・・どうして、もっと早くこうしなかったのか・・・
何故か瞳から液体が流れるのがわかった。
どうして・・・目から液体が流れるのか、
俺はわからなかった。
けれど、誰もが逃げ出す俺に、
彼女は近づいてきた。
雪のような白い、美しい髪を持つ少女。
まるで、雪の妖精のようだった。
―大丈夫、メイリィが、ずっと、そばにいるから―
雪の妖精は、そう言って、優しく俺の体を抱きしめた。
そして、急激に、体の中で荒ぶる魔力が
静かになっていくのがわかった。
とても心地よかった。
―メイリィ・・・?―
そう、彼女が名乗った名を、復唱した。
―うん!だから、もう―
―ひとりじゃないよ―
どうしてだろう・・・初めて会った雪の妖精は、
そう言ったのだ・・・
俺は、ひとりだった・・・
周りにたくさん大人がいようとも、
あれは味方ではなかった。
痛いこと、恐いことをたくさんしてくる大人だった。
その時、何となくわかった・・・
俺は、寂しかったんだと・・・
これが、俺の求めていたものだったのだと。
ゆっくりと抱擁を解いた雪の色に包まれた妖精は、
春の陽射しのように温かに微笑んだのだ・・・。
ひと肌の温もりが、こんなにも温かいと知ったのは初めてだった。
雪の色をした妖精は、
ひとの心を知らぬ竜の凍てついた心を溶かしていくようで・・・
その後、騒ぎを聞きつけた俺を迎えに来たのは、
真っ青な顔をした竜族の男と、銀色の髪をした人族の男だった。
・・・のちに分かったことだが、その竜族の男こそが、竜帝だった。
俺が置かれた状況を知り、
竜帝は俺に泣きながら謝った。
そして、皇后を出家させ、俺は皇帝の元で育てられた。
全く会いにくることもなかった皇帝・・・
今更俺を引き取った自身の父親に、腹が立った。
その時、初めて怒りと言う感情を知ったが、
最強と言われた竜帝が、何故か人族の男から散々怒られており、
すっかり反省したような竜帝を今更怒る気にもなれず、
最後は優しく抱きしめてくれた竜帝に、
そっと身を委ねたのだった。




