史上最悪の痴話喧嘩
「その女は皇太子宮に呼んでいない。即刻送り返せ」
お茶の時間に帰って来られたディルさまは、シンシアさまを一瞥するなりそう冷たく吐き捨てた。
「ちょっと、怪我をしているんですよ?」
「ならば、なおさら元の宮へ返せ。あそこにはお前の双子の姉である聖女がいるだろう?」
え?シンシアさまの宮に双子の姉、と言うことはもうひとりの王女殿下?そう言えば晩餐会の時、
シンシアさまによく似た金髪碧眼のエルフ族の侍女がいた。ひょっとしてあの方?
「・・・」
確かに同じ聖女であるお姉さまに治していただけるならそれでいいと思うのだが、シンシアさまは俯いたままわずかに震えている?ふぃーくんも心配そうに見上げているし。
「ダメです!」
「メイリィ。君はいつからそんなに聞き分けが悪くなったんだ?」
「お言葉ですが!私は元々聞き分けが悪いですよ!祖国では“お転婆姫”の愛称で親しまれていましたもの!そんなに聞き分けの良い婚約者が欲しいのですか?我が王家の姫はみな聞き分けが悪いので“殿下”のお気に召す姫はおりません!お嫌でしたら私はすぐにでも祖国に帰ります!シンシアさまと一緒に!」
「えっ?」
シンシアさまは意外そうな表情で私を見上げました。
「シンシアさまのその髪、私のような銀色の光を失った白とは違ってお父さまや兄姉たちにそっくりだもの。みんな妹のようにかわいがってくれるわ。是非ウチの義妹になりましょう!」
「メイリィ、さま?」
「さて“皇太子殿下”今までお世話になりました。シンシアさまは私が連れ帰りますので。あともっふぃたちも下賜されたものと認識しておりますので2匹とも連れて帰りますね!」
「もふぃ!」
「ふも!」
もっふぃたちもその気のようで良かった。
「では!」
私がシンシアさまに肩を貸しながら進もうとした時だった。
「待て!」
私はディルさまに抱き着かれるかのように後ろから身動きを封じられてしまった。
ちょっとっ!それはさすがに卑怯なんじゃないですか!!?
「誰がそんなことを許した!メイリィ!お前は、一生この城から・・・いや、皇太子宮からも逃がさんぞ」
・・・え?
「ですけど、私は皇太子殿下のお気に召さない性格のようですし」
「誰がそんなことを言った、メイリィ。メイリィが我儘を言うのなら何だって叶える。だが、俺の元を離れることは許さぬ」
「・・・っ!?」
えっ?どゆこと!?
「メイリィ、どこにも行くな!」
あ、あのー盛り上がっているところ申し訳ないのですが、あなたが私の体を抱きしめている横にシンシアさまもいるのですけど。どさくさに紛れてシンシアさまの腕をどけて私の首筋に唇をつけないでください~~~っ!!!
「い、行きませんからぁっ!は、放してください!」
「では二度と国に帰るなどと言わぬか」
「言いませんっ!てか、里帰りも許されないのですか」
「結婚後なら俺が同行することを条件に許可してもいい」
つまり祖国に帰っても離れるな、と。ディルさまって寂しがり屋なのですかね?
「皇太子、殿下。ですから放して、くださいます?」
「そのような呼び方を許した覚えはない」
「・・・ディル・・・さま」
「それでいい。メイリィ」
ふとディルさまの抱擁が緩みました。はぁ。やっと解放されたぁー
「んむっ!?」
・・・と思ったらいきなり回れ右させられ唇を奪われてしまったとです。
「むむ―――――っっ!!?」
―――
「聖女さまでも自身の怪我は治せないのね」
「はい、ごめんなさい」
私は私室でシンシアさまの湯あみを手伝い、擦り傷に塗り薬を塗り、絆創膏を貼ってひとまず私がディルさまからもらったワンピースを着てもらった。
私たちがリビングルームに戻るとルゼくんがクッキーをつまみながらくつろいでおり、ディルさまは難しい顔をしていた。
もっふぃたちを見るともふちゃんとふぃーくんは仲睦まじく、ふわもふしながらめっちゃじゃれ合っている。わぁ、かわいすぎるわぁ。
「メイリィ」
「はい、ディルさま?」
シンシアさまのお着替えはちゃんとやりましたよ?そう念を送ってみたのですが。
「何故、メイリィの服を着ている」
「だってさすがにあの服を着せておくわけにはいかないじゃないですか」
「婚約者たちにはそれぞれ予算をやっている。それで仕立てているはずだ」
そうディルさまが告げると再びシンシアさまが俯いてしまった。
「なら、シンシアさまは何故あんな服を着ていたのですか?」
下女ですらもっとまともな服を着ている。孤児だってあんな服を着ている子はいない。服は基本ボランティアで寄付されるものだから。・・・あくまでも、祖国の基準だが。
「それに彼女の傷だって汚れだって聖女の姉王女殿下が治せるはずです。髪だってあんなに汚れて、ぼさぼさで。とてもじゃないですがディルさまの、皇太子殿下の婚約者に対する扱いとは思えません。ディルさまはもっとしっかりご自身の婚約者に目を向けるべきです。将来あなたのと一緒に竜帝国を背負っていくかもしれないのですよ?」
「属国との関係のため役目は果たす。属国は次期皇帝の子と姻戚関係を結べればそれで満足する。
エルフが産まれれば属国へ、竜族が産まれれば成人するまではこの城で面倒を見る。それだけの関係だ。それ以上はない。予算は与えている。それで十分だろう」
「じゃぁ私はディルさまの子を産みましたら即刻祖国に帰らせていただきます」
「はっ!?」
ディルさまが瞠目する。思えばここで初対面を果たした時もそうだった。
「俺の側を離れぬと言っただろう!」
「ですが今の話では私はその程度のただの政略的な“道具”でしかないのでしょう?」
「メイリィは違う!」
「じゃぁシンシアさまは違うっていうのですか!?」
「バカを言うな!属国が恭順の意を示すために勝手に送り付けてきた娘だ!俺が望んだわけではない!俺が望んだのはメイリィ、お前だけだ!」
え?つまり私は唯一、ディルさまに望まれて招かれたと言うこと?他の子たちは違う?
「私は、私には実母は母しかいませんしウチの父の妻は母ひとりです。一夫多妻だと女同士いろいろと確執やなんやらがあるのでしょうが、妻として娶っておきながら、自分の妻を大事にしないなんて。ディルさまなんて大嫌いです!」
「は?」
私はふいっと顔を背けつつ、ちらっとディルさまを見やります。
「そう、か。大嫌い、か」
ん?何か、ディルさまの周りに何か出てませんか?
「あ、姉上!ダメ!今のは取り消して!!」
何故かルゼくんがもふちゃんとふぃーくんを抱っこしてこちらにダッシュしてきましたね?
「いいえ!嫌です!ディルさまが悪いのですから!私の気持ちは変わりません!!」
「姉上ええええぇぇぇぇぇっっ!!!」
いや、そんな涙目で言われても。
「・・・わかった。メイリィ」
「何がです?」
「ならばメイリィ以外を滅ぼせば、いいな?」
「は?」
「他の婚約者を娶る必要もない。そのような責務もなくなる。そうだな?」
ゴオオオオオォォォォォッッ!!!
何かディルさまの周りから覇気のようなものが出だしましたけど?それに象牙色だったディルの角が金色に輝いておりました。あの神々しさは、一体?しかし、しかしですね・・・
「んなわけあるかです―――っっ!!」
「だがメイリィが俺のことを大嫌いと言うのなら、この世界ごと滅ぼせば今度こそメイリィと俺の2人だけだ!メイリィを不満にさせるものなどなくなる!」
「何バカ言ってんですか!ディルさまのバカ!アホ!大嫌い!!」
「姉上~~~っ!!?」
「は・・・はは・・・。もう、全部、どうでもいい」
「兄上も落ち着いてくださぁ~~~いっ!!!」
ルゼくんの悲痛な叫びがこだましました。ディルさまの掌には何やら光の球がバチバチと音を立てて大きくなっていきます。
「あれは何でしょう?」
「姉上!あれは、この周囲・・・いえ、竜帝国本国、属国にまで甚大な被害を!いや、消滅させる
爆発魔法を生み出そうとしていますよ!ひっ!掌よりも大きくなってる!一滴くらいの大きさでも帝国城が吹っ飛びますよ!?」
うええええぇぇぇっっ!!?てことは、もっふぃは!帝国で暮らすもっふぃたちが。属国と言うことは、祖国が。両親、兄姉たち、国民のみんな、獣人国の義兄さまたちまで?
そんなの・・・
「そんなのダメに決まってるじゃないですかぁっ!!ディルのバカあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
私は無我夢中で飛び出しました。
「姉上っ!?」
ルゼくんの制止も聞かず、私はディルのバカに、思いっきり・・・そう、思いっきり空拳をぶち込みました。
「ふっざけんなああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ドゴォッ!!!
“お転婆姫”なめるなぁっ!!!私の空拳はディルのバカの光のエネルギーを打ち消し、私よりも長身なディルをいとも簡単にぶっ飛ばしました。
「へぶっ!!」
「女をなめるからですよ。ディルのバカ!!」
「メィ、リィ?」
思いっきり空拳を喰らったディルの角は再び象牙色に戻っており、壁に激突して驚いたように私を見ていました。




