もっふぃを愛でる者たち
仲良くなった婚約者ディルさまの弟殿下・ルゼくんと一緒にディルさまがお茶に来られるのを待っている最中、妙に外が騒がしい気がした。そしてもっふぃであるもふちゃんのフィアンセである銀色のお婿さんもっふぃが急にそわそわしだしたのだ。
「私、ちょっと外を見てくるわ」
「なら、俺も行くよ」
ルゼくんが付いて来てくれるのは心強いですね。近衛騎士ですしもっふぃ好き仲間と言う確固たる絆で結ばれた義姉弟の絆をなめてはいけません。
「もふぃっ!」
「ふも~っ!」
「もふちゃんたちも行きたいの?でも前に出ちゃだめよ。危ないから」
「もふぃ!」
「ふも!」
「大丈夫だよ。かわいいもっふぃたちに手を出そうものなら闇の渦に呑み込んでくれます。ふふふふふ」
先ほどまでとってもかわいい義弟だったのですが、いきなり闇のオーラを纏い始めましたね。これはもう癖、なのでしょうか?
「とにかく行きましょっか」
そう言えば部屋からでるなとディルさまに言われましたが、近衛騎士のルゼくんが一緒なのですし危険もないですよね。てなわけで廊下に出るとなにやら廊下の先が騒がしいようです。
「ですからお願いします!迷子になっているかもしれないんです!」
少女の声がする。はて、迷子とは?
「こちらは皇太子宮です!一介の婚約者風情が皇太子殿下の許可を得ず、脚を踏み入れていい場所ではありません!」
侍女の声だろうか?ん?ここは皇太子宮と言ったか?私の部屋があるのだから婚約者用に用意された場所だと思っていたのだが。
「お、お願いします!」
「そもそも本当に婚約者なのかしら?」
「こんな貧相な服で!みすぼらしいったらありゃしないわ!」
「おまけに変な髪の色に、血のような赤い目よ?呪われているって噂、本当かしら?」
「皇太子殿下に呪いがうつったらどう責任を取るつもり!?」
「そんなっ!」
近づいていくと侍女たちがひとりの少女を取り囲んでいた。所々いたんだ毛先の銀色のストレートヘアに赤いアーモンド形の瞳、色白の肌。そしてエルフ族である証の長い耳。何と彼女は昨晩、晩餐会で見た他の婚約者じゃないか!
「ふも~~~っ!」
その時、侍女たちの間を縫って婿もっふぃが駆けて行ってしまった。
「あっ!待って!」
だが、その瞬間、婿もっふぃは彼女の腕にすぽっとおさまった。
「ふぃーくん!」
ふぃーくん?
ひょっとして彼女が婿もっふぃ“ふぃーくん”の飼い主さんなのだろうか?
「んまぁ!それは竜帝国の国獣!もっふぃ!」
「あなた、もっふぃを盗んだのね!」
「これは国際問題よ!」
「ち、ちが・・・っ。このこが、もっふぃ?私、知らなくってっ!」
彼女は涙目だった。
「もふぃ~!」
もふちゃんは、お婿さん・ふぃーくんとその飼い主である彼女を助けたいようだ。
「うん、もちろんよ!」
私ともふちゃんは侍女たちを掻き分け彼女たちの前に出た。
「おやめください!」
私を見た、竜族の侍女たちは目を丸くしていた。
「んなっ!?人族?」
「何故こんなところに」
「卑しい人族もぐるなの!?」
無論、この侍女たちは私をこの部屋まで案内してくれた侍女とは違う。つまりは私のことを知らないようで。
「何故、とは不躾だな。姉上を次期皇太子妃としてここに招いたのは兄上だ。お前たちは兄上の妃になる姉上に随分というもの言いだな」
いつの間にか私の横にはルゼくんがおりました。
「んなっ!?」
「あ、あなたさまはっ!」
「ふぅん?さすがに俺の顔は知っているんだね。まぁ俺も兄上の腹心としてここに部屋をもらっているしねぇ?」
「あっ、あのイルゼ殿下!」
侍女のひとりが恐る恐る声を上げる。
「誰が口を利いていいと言った?誰が俺の名を呼んでいいと言った?」
『ひっ』
ルゼくんがディルさまと似た凛とした空気を纏われると侍女たちがビクッと震えあがります。
「皇太子宮の女官はいつから皇族に許可なく面を上げ好き勝手に口を開き、その妃となる姉上に暴言を吐くようになった!」
『ひいぃっ!!』
侍女たちは次の瞬間にはひとり残らず平伏していた。
本来ならばここまで厳しくないのだが。昨晩晩餐会の会場へ向かった際にすれ違った侍女は丁寧に立礼していたし。あらかじめ主人を出迎える時などは平伏するのがマナーであるらしい。
ただ今回のはいくら何でもひどすぎますよね。エルフ族のお姫さまはルゼくんが言った通り未来のディルさまのお妃さまになるのに。このような仕打ちはひどすぎます。祖国の城ではこんなこと考えられませんよ。
「姉上、何か誤解していない?」
「ほぇ?」
何でしょうか?
「俺が“姉上”と呼ぶのはメイリィ姉上だけですよ」
「はい。姉上と呼んでもらえて嬉しいですよ!」
「本当にわかっているかなぁ?」
・・・?何でしょうか。何か引っかかるこの感じは?
「まぁいいや。お前たちは下がれ。後程処分を言い渡す」
「そ、そんなっ!」
侍女のひとりが顔を上げる。
「二度同じことを言わすな」
ルゼくんがキッと睨むと侍女は怯んだように再び平伏する。そして侍女たちが退出する際に聞こえたのだ。小さく、そう・・・
『・・・呪われた皇子のくせに』
それはルゼくんが闇魔法使いだから?
「ちょっと、今の誰がっ」
言ったの!?そう言おうとしてルゼくんに止められてしまった。
「いいよ。もうああいうやつらの相手は面倒くさいから」
面倒くさいって、今までそう言うことを言われてきたってこと?
「姉上がそう思ってくれるだけで嬉しいから」
「ルゼくん」
「それに俺は、俺は兄上の下僕でいられればそれで満足だから・・・うひひひ」
あのー。何か、また目の奥からどす黒い何かが漏れているのですが?
「そ、それならいいけれど!とにかくあなたお名前は?」
私はエルフ族のお姫さまの前にかがみこみました。
「しんしあ、です」
「シンシアさまね。取り敢えず怪我もしているようだから私の部屋にいらっしゃい」
近くで見ると顔や、やけに短いスカートからすりむいた膝が覗いている。文化や風習の違うエルフ族と言えどお姫さまもこんな短いスカートを穿くのかしら?
冒険者などではたまに短いスカートのエルフ族のひとを見ることはあるが、パーティーなどで見かけた時は丈の長いドレスを身に纏っていた気がする。
「・・・でも・・・」
「それにウチのもふちゃんが、ふぃーくんと相思相愛なのよ?このまま離れ離れなんて絶対ダメよ」
「もふぃ!」
ともっふぃも告げる。
「この子は、もふちゃん?」
「えぇ、ウチのもっふぃ。あなたのふぃーくんが気に入ったみたいなの」
「ふも~」
「あら、ふぃーくんもみたいね。だから取り敢えずいらっしゃいな。私たちもっふぃ友だちでしょ?」
「え、友だち?」
同じひとの婚約者同士って、友だちでいいのか?とも思ったがもっふぃを愛おしく思う心は同じはずだ。
「そう!ほら」
私が手を差し出すとシンシアさまは恐る恐る手を握ってくれた。ちょっとふらふらしながらもシンシアさまが立ち上がる。
「ルゼくんも手を貸して頂戴」
「え、やだよ。だってその子“聖女”でしょ?」
「ほぇ?」
“聖女”。光魔法使いの中でも特別な存在でしたよね。
そしてエルフ族の王国には確か双子の聖女の王女がいたはず。と、言うことはシンシアがそのうちのひとりなのだろう。
「俺は闇の魔力が強いし、その女もだろう?だから魔力が互いに反発し合うんだよ」
「ルゼくん!あなたは光と闇のお約束的展開ともっふぃへの愛のどちらが大事なの!?」
「えええぇぇっっ!?姉上、それは無理難題っ!」
「何をしている」
そう私たちがわちゃわちゃしていると妙に聞き慣れている声が後ろから響いた。
そう言えば、私たち、ディルさまのお茶の準備をしていたのでした。
私たちは恐る恐る声の主・ディルさまに向かって後ろを振り返った。




