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8解けてしまった呪い

リリー視点


 私は最後と思って、レオンさまを森の散策に誘っていた。

 思いを告げて、ここを出て行こうと。

 つり合わないとわかっていても、一緒にいられないと気付いてしまっても、初めてのこの恋を大切にしたかった。成就はしなくても、私の気持ちを受け取ってもらいたかった。

 きっと、レオンさまのことだから応えられないことを気に病むだろうとわかっているのに、そんなことを願ってしまう私は、我が儘だ。でも、ちょっとだけでも、レオンさまの心に私という存在を残して欲しかった。


 何より、もう一つ伝えたいことがあった。

 彼は自分の姿に引け目を感じている。人間から恐れられていることを悲しんでいる。

 私はそんなことでレオンさまに傷ついて欲しくなかった。でも、そんな優しいレオンさまだからこそ、好きになった。凜々しいお姿で、強い力を持っていて、なのに自分を嫌う人間さえも気遣えるレオンさまを。

 ほんの少し触れ合えば、この方が意味なく人を襲うことなどあり得ないとわかる。理知的で穏やかで公正なこの方は、むやみに力を振るうことはないと信じられる。

 ふわりとしたたてがみが、機嫌良さそうにグルグルと鳴る喉の音が、彼は人間ではないと伝えてくるけど。笑うと大きな牙がのぞくけど、でもちっとも怖くない。その優しいところが、本当に大好きだ。

 だから、出て行く前に伝えたかった。姿形になんて引け目を感じなくても、怖がらない人間だっているって、わかって欲しかった。


 躊躇いがちに差し伸べられた手を取った。最後だからと言い訳をして、その手を弄ぶように触ったが、彼は特に嫌がる様子もなく、好きにさせてくれた。


「大きな手なのに、かわいいですね」

「化け物の手だろう……?」


 苦笑する彼に、力一杯首を振ってみせる。それを慰めと取られたくなくて、真剣に彼を見つめた。


「違います。人に恐れられても人を守り続ける、力強くて、優しくて、誰よりも安心できる手です。手だけじゃありません。この大きな身体もその顔立ちも全部、凜々しくて気高くて、……かっこいいと、思います」

「はは……気を遣わせたようだな。すまない。私は、女性にとって……イヤ、人間にとって、恐ろしい見た目だと言うことは理解している。無理をしなくても良い。それを責めるつもりはない。こんなかわいらしい女性から気にせずに、こうして普通に話をしてもらえるだけでも、私は十分に救われている」


 私の気持ちが、うまく伝わらない。ここを発つ前に、人間への引け目を、ほんの少し和らげたいのに。自分の力不足を感じる。


「そんな悲しいことを、おっしゃらないで下さい……!」

「悲しい?」

「私は、心からレオンさまのことが……」


 言いかけて、勇気が出ずに、告白を先延ばししてしまう。


「確かに最初は恐ろしいと思いました。でも、すぐに皆さんも、レオンさまも、優しい方々だと分かって、そのお姿も、大好きになりました」

「……ありがとう。その言葉だけで、十分だよ」


 優しく微笑んでくれたその表情が嬉しい。これ以上は望むわけにはいかないとわかっているのに、それ以上を望みたくなる、優しい声だった。

 出て行かなきゃいけないのに、そんなに優しくしないで。期待させないで。身勝手な気持ちが込み上げて涙が出そうになる。でも堪えて笑った。笑顔で伝えたかった。

 あなたは愛されるべき方です。素晴らしい方です。私なんかの言葉じゃ足りないけれど、せめて、あなたを慕う私の気持ちが、少しでもあなたの自信に繋がりますように。少しでも心に響いて、忘れられない傷に、なりますように……。


 どうか、ずっと、私を覚えていて下さい。


「私は、……気高く美しいあなたの姿も、誇り高いその心も、全て、お慕いしております……!」


 いざ言葉にすると、胸が苦しくて倒れそうだった。

 おそるおそるレオンさまを見上げると、珍しくぽかんとして私を見ていた。そして、うろうろと視線をさまよわせ、苦笑した。


「…………こんなかわいい天使に慕われるとは、私も捨てた物ではないな。それほど尊敬されるようなことはしてないから照れくさくはあるが、リリーがそう思ってくれるというのはうれ…………」


 また、ごまかそうとしている。

 それを感じ取って、とっさに叫んでしまった。


「違います!! お慕いしてるって言うのは、そうではなくって……あの、あ、愛……愛して、ます!」


 言葉を遮るような失礼なことをしてしまって、しかも自分の言葉の大胆さにも自分でびっくりしてしまって、頭がうまく働かなくなってしまった。レオンさまが、ちょっと引いているのもわかっていた。

 でも、その後はもう勢いで、勝手に口から本心が漏れてしまっていた。


「……父親のように?」

「違います!」

「………兄?」

「こ、恋してます!!」

「……こい?」

「恋です!!」

「こんな、獣なのに……?」


 こんなやりとりで、レオンさまの自信のなさの根の深さがわかってしまう。それがただ悲しくて、言葉を返すごとに恥ずかしさよりも、伝わらないもどかしさが増してゆく。

 レオンさまは素敵な方です。愛されるわけがないだなんて、思わないで。

 その一心で必死で言い募った。


「姿は関係ありません。どんな姿であっても、レオンさまはレオンさまです。あなたが、好きなんです。姿なんて、関係ないんです」

「だが、獣相手に………」

「………レオンさま!!」

「はい!」

「ごめんなさい!」


 頭に血がのぼっていたのだと思う。レオンさまの分からず屋! そんな気持ちもあった。だからこその勢いで、なんとでもなれと、身体が勝手に動いていた。

 だって、どうしても伝えたかった。好きな気持ちを分かって欲しかった。ここを離れなければいけないのなら、それだけは伝えたかった。何より、あなたは慕われて当然の方なのだと、伝わって欲しかった。

 はぐらかすようなレオンさまへ思い知らせるように、その頬を両手で挟む。

 力ずくで振り払えない彼は、されるがままだ。彼がちょっと乱暴に私を振りほどけば、私は簡単に吹っ飛んでしまう。だから彼は私のやることに抵抗できない。そんな優しさに甘えて私は暴挙に出る。


 私は彼の鼻の下の口元に、ちゅっと、口付けた。


 ほんの少し困ってしまえばいい。そんなイジワルな気持ちと、私がこれからがんばっていくための、大切な思い出の為に。


 その変化は突然だった。


「きゃぁ……!!」


 まぶしさに思わず目をしかめてしまう。

 光の中でぼんやりと見えるレオンさまの姿が歪む。

 光は徐々におさまってゆき、私の目の前には、レオンさまの服を着た、精悍な青年の姿があった。


 レオンさまは、どこ……?

 私の、レオンさまは……。

 ……彼と同じ服を着たこの人は、誰?


「……リリー。ありがとう。君の愛で、私は元の姿に戻れた」


 少し歪んだ笑みを浮かべ、青年はそう言った。

 戸惑ってなにも言えなくなった私の手を取って、ちゅっと手の甲に口付けられる。

 ……これ、いつものレオンさまの、仕草……。


「……れ、レオンさま?」

「ああ」


 うそ。そんなの、うそよね。

 心臓が今にも壊れそうな勢いでドクドクと胸を打ち付けている。

 だってレオンさまが、いない。

 目の前の青年を見る。レオンさまのたてがみとよく似た髪の色をした人。

 困ったように微笑む目の色は、レオンさまと同じ、青空の色。

 でもそこにいるのは、私の恋したレオンさまとは似ても似つかぬ姿をした、人間の男性だ。


「ホントに、レオンさまですか? あの、だって………レオンさまは、獅子の獣人で……」


 たずねながら、本当は頭の片隅でわかっていた。立ち姿の雰囲気が彼だった、優しいその声が彼だった、諦めたような躊躇いがちなその様子が、まさしく彼だった。

 信じられないと思った。信じられないと思ったのは、きっと私が信じたくなかったからだ。

 彼が、悲しげに笑う。

 ありがとうと言ったのに、どこか困っている様子を感じ取る。


「私はね、リリー。呪いにかかっていたのだよ。君が本来の姿に、戻してくれた……」

「そん、な……」


 彼の、少し苦みのある笑みが、これが彼の本意ではなかったことを伝えてくる。

 口元を覆う手が小刻みに震えた。

 私が、彼の変化の魔法を、解いてしまったのだ。


「わ、私、なんてことを……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 泣いてもどうしようもないのに、勝手に涙が溢れて止まらない。

 なんてことをしてしまったんだろう。私は、自分の身勝手で、こんな……。


 私は、彼を、人間なんかに、してしまった……。

 私のせいで、私の愛した気高き獣は、消えてしまった……。




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