4嫁さん(未定)キター!
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
絹を裂くような悲鳴がした。
え? 猿?
この森の中、猿ぐらいしか、そんな声を出すやつはねぇ。あ、鳥かも。
「いやっ、誰かっ、誰か……!!」
マジか。
人間の言葉を喋ってる。猿じゃねぇ。 こ れ は !! ……若い女の子の声!!
今すぐ!! 俺が!! 助けに行く!!
出会い! キター!!!
全力疾走でそちらに向かうと、四つ足の魔物が美しい少女に襲いかかろうとしていた。
俺はそのまま地面を蹴ると、その首元に食らいつき、少女の上から魔物をどかせる。
立ち上がってその首をつかみ、つるし上げた。魔物は必死で暴れていたが、急所でもある首をつかまれたままでは、足で宙を掻くぐらいしかできない。だんだんと暴れる力をなくしてきた魔物を地面に叩き付けた。「ギャン!!」と悲鳴を上げてビクビクと痙攣する魔物を踏みつける。
「……誰が、人間を害していいと言った」
「きゅう……」
憐れな声を出す魔物を冷たく見下ろす。
「ここは人間と魔の森の境。ここでの殺生は、この私、レオンの名の下に、けして許さぬ」
弱い魔物は、俺の匂いで出てくることはないんだけど、大きいヤツは度胸試しをしちゃうんだよね。バカ!! よりにもよって、かわいい女の子に手を出すなど!! 許すまじ!! 俺だって! 女の子! 触りたい!! 俺より先に触るとかふざけてんのか!! しかも押し倒すとか!! 大事な俺の嫁候補を!! 怖がられたら、どうすんだよ!!
「ここで死ぬか、境界に近づかぬ誓いを交わすか、選ぶがいい」
浮かぶ魔方陣に、魔物が震えた。承諾すれば境界で力を振るえば死ぬ。拒絶すれば今すぐ死ぬ。この契約は、承諾したとしてもこの辺りで暮らす魔物には命に関わる物だ。なぜなら餌を狩ることすら許されぬ、諍いが起こったときに抵抗すらできぬということなのだから。
こうなると、縄張りを捨てて別の場所に行くしかない。けれど、それがこの森を統べた俺の意思である以上、絶対なのだ。
規律を破れば罰がある。もちろん人間も同様だ。でなければ虐殺と不満だけが募る。といってもさすがに同胞である人間を殺すのは気が引けるから、人間は別の入り口付近に飛ばすわけだけど。そして、悪意のない者は迷った挙げ句、別の土地に出る。子供の場合は俺達が追いかけて脅して外に返す。
…………おかげで人間が寄りつかなくなっちゃったんだけどー………それでいいんだけどー………かわいい女の子との出会いがない。泣ける。
結局、今死にたくなかった魔物は契約を受け入れて、すごすごと森に帰っていった。
「……お嬢さん、大丈夫?」
座り込んだままになってる女の子からちょっと離れたところで座って、のぞき込むようにたずねてみた。見下ろしたらこわいからね。座るの大事。
「あ、あ……」
震えて声も出ない様子の女の子に、困ってしまう。
この子、めっちゃ立派なドレス着てるんだけど。この土地、こういう服の子が来るような……というか、来れるような場所じゃない筈なんだけどぉ……。
絶対、相当の訳ありだ。「おうちへお帰り」と放置するのは、この子死んじゃう気がする。大事な嫁候補だから、帰れるとしても囲い込むけど。この際、手段は選ばぬ。
「わた、わた、し、……」
「うん、大丈夫、大丈夫。俺は君を襲ったりはしないよ。こんな格好してるけど、人間を食べたりもしない。この姿は、恐ろしいかい?」
「あ、あ………」
歯がかみ合ってない。めっちゃガチガチ音がするんだけど……。だよね、怖いよね。ぷるぷるしている。かといって怖いって言って、俺を怒らせる方がもっと怖いよね。失敗したー……。
「ごめんね。普通に怖いよね。君は一人?」
女の子は、何度も頷く。
「帰るところはある?」
彼女は震えたまま頷かない。とっさに答えられないと言うことは、まあ、そういうことだよね。じゃなきゃ、ここにいないよね。
「……誰かに、捨てられた?」
彼女は固まった。そして思い出したように、ぽろぽろと涙をこぼした。ぎょっと身が竦む。
どどどどうしよう!! 女の子泣かせた!!!
「うわわわっ、ごめん、余計なことを聞いたね! とりあえず、うちに行こう!! 君の安全のためにも、うちに来て! 怖いと思うけど、騙されたと思って!!」
連れて行こうとして、チラリとのぞいた足先に気付く。
いや、無理じゃん……。
彼女の足は素足だった。
とてもじゃないけど、歩かせられない。となると、できることは一つ。
「大丈夫、なにもしないよ。君を運ぶだけだ」
近寄れば、無意識に腰を引いてしりもちをついた彼女を、問答無用に抱き上げる。
かっる!! ちっこ!! ひょー!! 二百年ぶりの女の子ー!!
べ、別に、オレが触りたかったとか抱っこしたかったとかじゃないし! ここは必要に駆られて仕方なくだし!!
テンションが上がりまくった。気合いを入れてそれを隠して、「ヒッ」と息をのんで身体を強ばらせた彼女を、できる限り優しく腕の中に抱え込む。
「大丈夫。安全な場所に行こう」
俺は紳士。演劇れる。こわくないよー。だいじょうぶだよー。
震える彼女の背中を宥めるようにポンポンと叩きながら城に向けて歩く。
この身体、でかいからなー……。本来の俺と違って、ガッチガチのまっちょ。しかももっふもふ。そんな二足歩行の自分の倍近くありそうなでかさのライオンに抱っこされたら、そりゃ怖いよなー……。ごめんねー。
城に着く前に彼女は気絶していた。申し訳ない。