幻覚の少女
「あ!ちょっと、食べに行くのはいいとして、フード被りなさい!」
卯佐美さんに言われて、フードを被ってハッとする。
今私の頭に(フードの)猫耳生えて……、うん、幻覚幻覚。
私は猫耳パーカワンピなんて着てない。
「今はその髪の色目立つんだから、厄介ごとに巻き込まれないように隠しなさいよ。」
髪の色?水色なのは幻覚なので、白髪が見苦しいので隠せと言う事ですね。わかります。
なんて勝手納得しながらフードを被り、曖昧に頷いておくと、卯佐美さんは本当にわかってんのかコイツ?みたいな顔をした。
「もう、ご飯食べたらちゃんとまっすぐ帰ってきてくださいね。」
仕方ないなぁ、とでもいうような顔をして、七尾さんが交番から見送ってくれる。
犬飼パパと思われる部長さんは、こちらに一瞥もくれず、机で何やら書類の様な紙を難しい顔していた。
「ファミレスでいいか?」
「あんたの奢りでしょ?違うとこ連れてきなさいよ。」
「は?俺は緋璃さんに聞いたんですー。てか、なんで先輩まで奢られようとしてんの、年下にたかんな!」
「あんたが言いだしたことでしょ。よってあんたの支払いに決まってるでしょ。」
「翔、よければ俺が半分……。」
「あー、いいよいいよ。怜司はパーティー中で一番消耗費買うくせに、経費で落とさないんだから、お前に出させらねーもん。」
「……俺の趣味半分で買ってるようなものだ。経費でなんて買えない。」
道すがら、三人の会話についていけず、疎外感を感じるものの、和気あいあいとした雰囲気に微笑ましくなる。
ああ、何で私ここに居るんだろう。まぁ、とりあえず。
「犬飼君、ファミレスで異論はないのだけど、いい加減に手を離してくれると嬉しいな。」
あ、わりぃ、と言いながら犬飼君は手を離してくれた。
なんとなく掴まれた手首を見つつ摩る。
「やーい、フラれてやんの。」
「うっせぇわ。それより手、大丈夫か?痛かったか?」
「うん、大丈夫。」
顔を上げて、あっ、と思う。
犬飼君の後ろお店の窓ガラス、中が覗けないようにフィルムみたいなのが張られてるのか、鏡みたいになっていた。
そこに犬飼君達が映っていたが、私が映っているところに別人が立っている。
猫耳パーカワンピースを着た少女で、その物凄い美少女はゆったりとしたパーカワンピースを着ていても、スタイルがいいんだなと思えるような体格で、服も似合っていた。
熟れた柘榴の実みたいな色をした瞳を、空色の長いまつ毛の付いた瞼を瞬かせ、こちらを見ている。
「幻覚って、こんな鮮明に見えるものなんだぁ。」
「え?なんて?」
「あ、いや、何でもない。大丈夫。行こう?」
少女から目を離して犬飼君を見る。彼や他の二人も怪訝そうな顔をしていたが、彼らは歩き出し、その後をついていく。
「飯、ちゃんと食った方が気力が出んだろ。」
ファミレスに着いて適当に注文した後、若い彼らと何を話したらいいかわからず、ほぼ黙って彼らの会話(と言っても主に犬飼君と卯佐美さんが喋って、日比谷君がたまにぼそりと呟く感じだったけど)をぼんやり聞きながら、グラタンを食べ終わった時に、犬飼君がそう言ってきた。
「今日会ったばっかりの俺に言われても、あれだろうけどさ。飯はちゃんと食った方がいいぜ。じゃねーと、余計落ち込んだりすっからさ。」
少し気まずそうに、襟足を掻く犬飼君を見て、幻覚の下の素顔は酷い顔をしてるんだろうと察し、こちらまで気まずい気分になる。
やり方は強引だったけど、彼なりの気づかいだったのだろう。
だから他の二人も呆れた風ではあったけど、止めなかったのか。
「……ありがとう。落ち着いたら、服の代金や食事代払わせてちょうだいね。」
「そんなのはいいって、女の子に払わせちゃ男が廃っちまう。」
「あら、その割にはいつも私の時は割り勘じゃない。」
「先輩は、ほら、別枠だから。」
別枠って何よ!別枠って!!と卯佐美さんが少し怒るのを、日比谷君がまあまあと宥めるのを見て、クスリと笑ってしまう。
久しぶりに笑った気がする。
「それに俺ら、Aランクハンターだし結構稼いでっから、本当に気にしなくていいぜ。」
ほら、と言って犬飼君は運転免許ぐらいの大きさのカードを、手渡してきた。
それを受け取って見てみる。
青い透明のカードで、プラスチックにしては冷たい感じがした。
カードには大きくAの文字が筆記体で書かれており、犬飼君の名前と下に細々とHPとかMPとかスキルがどうとか、何か掘られたいた。
何のゲームのカードだろうか?若い子の流行りなんてわからないからなぁ。
さっきも、なにかのポーションがどうだの、なんかのアイテムがこうだのと、話してたけど、全然ついていけなかったし。
さて、どう返事をしたものかと思って、カードから顔を上げると、何やら卯佐美さんと日比谷君がぎょっとした顔をしていた。
あ、日比谷君、そんな顔もできるんだね。
「それ見てどう思った?」
犬飼君だけが普通の顔をして、そう尋ねてきたので、首をひねる。
こんなおばさんに、どんな答えを求めてるのかね?君?
「……Aランク、凄いね。」
何が凄いのかちっともわからないが、自慢してきたぐらいだからいいランクなのだろう。
とりあえず笑みを浮かべ、犬飼君にカードを返す。
「(嘘だろ)……だろ?」
ニコッと、自慢げに笑う犬飼君を見て、返事はこれで良かったんだとほっとする。
卯佐美さんらも顔がも普通に戻っていた。
「じゃ、先輩も食べ終わったみてーだし、デザート食いに行こうぜ。」
「おすすめのデザートがあるんだっけ?」
食事を頼む前に、デザートは別のところでって言ってたものね。
「そ、二、三番目がどうとかいうパンのアイス?ってやつ。先輩が場所知ってんだよな?」
「ちゃんと自分で調べときなさよ。」
まあ、前に言って覚えてるけど。ムスッとした顔で卯佐美さんが呟く。
とりあえず私はお手洗いに、と断って席を立った。