交番
「って、あんた裸足じゃねーか!」
言われて、そう言えばと思った。
喪服を着ていたが、別に誰かの法事に行くわけでもなかったので、ストッキングも履いてなかったし、室内に居たため靴ももちろん履いてない。
道にガラスの破片や尖った小石等が落ちてなさそうなので、裸足で少し歩く分には問題ないのだけど、この格好で店に入るの躊躇うなぁ。
そもそも、彼も気まずいだろう。
どうしたものかと考えていると、不意に浮遊感を感じた。
「ちょっいと失礼。このままだと怪我しちまうからな!」
彼が私を横抱き、所謂お姫様だこっこで抱きかかえていた。
事後承諾……。
「そこ、見えっか?交番あんだろ。とりあえずそこに行くからな。」
私の非難の視線を無視して、勝手に話を進められてしまったが、特に反論が思いつかないため、頷いておく。
軽々と彼は私を運び、後ろから、私達を勝手に巻き込んでじゃないわよ!という抗議の声が聞こえてきたが、彼はそのまま交番に入ってしまった。
「おやじ!ちょっと保護してくんねえ?」
「……今度はなんにしたんだ。」
中で待機していた警官が、彼に親し気に、と言うよりは憎らしげに言い放った。
警官の髪の色も彼と同じオレンジ色で、どことなく顔つきが似ている。おやじと呼んでいたし、親子なのかもしれない。
そんな警官は私を見ると、片眉をやや上にあげて怪訝そうな顔をする。
「なんだ。また偽物が出て騒ぎになったのか?」
「ん~?ちょっと毛色が違う感じだわ。つーわけで、茶でもくれ。」
「どういうわけだ。たわけ。」
警官は眉間に皺をよせ、とりあえず彼女をおろして詳しく話せ、事情を話すよう促してくる。
ところで偽物とは何の話だろう?文脈的に私と何か関連があるのだろうけど、何も思い当たらない。
そもそも、“何の”偽物なのだろう?
二人が何やら話している中、椅子の上に降ろされた私が、考えていると。
「これ、よろしければどうぞ。」
目の前に湯気の立つ湯飲みが差し出された。
顔を上げると、女性の警官の方が、こちらの様子を窺っていた。
会釈して湯呑を受け取ると、少し私の手には熱く、体が温まる。
ふぅふぅと息を吹きかけてお茶を少し飲むと、体の中から温かくなって、強張ってた体が少し和らいだ。
「あら?翔君この子濡れてない?」
「おう、なんかその子ずぶ濡れだったんだよ七尾ちゃん。」
「翔!またお前は七尾君に対して失礼な呼び方をしおって……!」
「いいんですよ部長。私と翔君の仲ですし。それより、まだ秋だと言え冷えてきたのに、この子が風邪を引いてしまいますよ。」
目の前のやり取りをぼんやり見つつ、お茶を飲み干す。
うん、勢いよく飲んだら少し火傷したな。これ。
「タオルあるから別室でとりあえず拭きましょう。替えの服は……。」
「あ、ロリ先輩がぶつくさ文句言いながら、怜司連れて服買いに行ってくれたみたいなんで、大丈夫だと思うっすよ。」
「……卯佐美さんのところのお嬢さんのこと、まだそんなふざけた呼び方してるのか?」
「あ、やべ。」
そこに直れ!げぇー!というやり取りを後目に、女性警官に奥の部屋に案内された。
靴を脱ぐスペースと簡素なキッチン台、あとは畳が三畳敷かれており、お湯を沸かせたりはできるけど、あとはただ仮眠するだけの部屋といった感じの狭い部屋だ。
「この座布団の上に座っちゃって、今暖房付けてあげるから。」
ピピッ、と電子音が鳴ってエアコンが動き出すのを、ぼんやり眺めている間に、女性警察官がどこからか持ってきたタオルを受け取る。
頭を拭いてると、静かに彼女が私の隣に座り。
「……私は、七尾凛子と申します。もし、あの二人に話しずらい話であれば、私が聞きますよ。」
彼女、七尾さんは私に真剣な表情を向けてきた。
あの二人、つまりは、男性に話しづらい話ならば、女の自分にどうぞと言う気づかいなのだろう。
でも、そういう事じゃないの。
「……気が、動転しおりまして、その、簡潔に言いますと、迷子です。」
「迷、子?」
七尾さんがキョトンとした顔になる。
正直に、自宅の浴室で自殺を図ったら気づいたら街中に居て、おまけに気付いたら体が別人になってましたなんて、言ったら即病院行きだ。
……いや、その方がいいのかもしれない。
「えっと、でしたら、とりあえずお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
困惑しながら訊ねてくる七尾さんの顔を見ながら、考える。
だってもしかしたら、自殺を図ったものの実際は手首も首も切れずに、頭がおかしくなって自分で街中に出てきたのかもしれない。
私の髪も別に染まってなくて、彼の頭もオレンジ色でも動物の耳が生えてたりしない、頭がおかしくなった自分が見せてる幻覚かもしれない。
ほら、辻褄が合う。
「あの、どうかされましたか。」
コンコン
何と言って病院に連れてってもらおうか、と考えてたら部屋がノックされた。
一、二秒七尾さんと見つめ合った後、七尾さんがどうぞと答える。
すると扉が開いてロリ先輩、確か卯佐美さんだったかな?ロリータファッションの卯佐美さんが、袋を持って入ってきた。
「着れそうな服、適当に見繕ってきたわ。」
卯佐美さんはムスッとした表情で、私に袋を私に手渡す。
おずおずと荷物を受け取る私に対し、卯佐美さんは続けて。
「翔に勝手に巻き込まれただけど、あいつは仮にもパーティーのリーダだし、貴女も本当に困ってるみたいだから、最後まで翔ともども面倒見てあげるわよ。」
怒っていた顔から、少し困ったような顔をする卯佐美さんに、少し面を食らう。
一部言ってることが分からないが、彼女といい、翔と呼ばれたあの青年といい、なんで初対面の私に手を差し伸べてくれるのだろう?
病院に連れてってもらおうと考えてたので、彼女に面倒を見てもらう必要はないのだけど、つい、小さな声でお礼を言ってしまった。
「いいから、さっさと着替えた方がいいわよ。」
それじゃあと、七尾さんが立ち上がり部屋を出て行き、卯佐美さんが扉をしめた。
私は早速袋を開けた。のだが。
「……猫耳パーカー。」
しかも怪獣サンダルと呼ばれる獣の足を模した、クロッグサンダル付き。……これを三十代に、これを着ろと?
怪獣サンダルを知らない方は、怪獣サンダルと検索してみて下さい(o_ _)o))