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Prologue 3 妹の願いと兄 

場面が飛んで違うキャラの話になります。

 とあるマンションの最上階、この階の住戸は一つだけしかなく、そこに住んでいる人物が、このマンションの持ち主であり、唯一マンションに住んでる人間だ。

 そのマンションに、一人の女性が訪れた。

 彼女はエレベーターで最上階まで登り、その廊下に一つしかないインターホンを押そうと、指を伸ばす。

 しかし、押す前にインターホンからかすかな音がした後。


「入っていいよ。」


 明るく、どこか飄々(ひょうひょう)とした声を伝えてきた。


 いつものことながら、少しびっくりするのよね。


 彼女は鍵のかかってないドアを開き、此処の家主は土足で生活しているので、同じく土足で踏み入れる。

 土足で生活してる家なのに、土埃一つすらなく、まるで誰も住んでないような、生活感を感じさせないほど奇麗な家だった。そこを彼女はズカズカと歩く。


 ……最初の頃は、なんとなく悪いことをしてる気分になったのに、だいぶ慣れちゃったわね。なんて彼女は思いにふけっていると、目的の部屋に着く。そこに彼女はノックもせずに入った。

 そこはリビングルームで、最低限の明しかついてない、暗い部屋だった。

 大きなはめ込み式のガラス窓の前に一人、彼女の真っ赤な髪とは正反対の白銀の髪の男が、彼女に背を向けて立っていた。


「……兄さん。」

「ん?どーたの?ボクの可愛い妹の律赫(りつか)ちゃん。」


 他の部屋と同じくモデルルームの様な部屋で一人、窓のを外、夜景を見下ろしていただろう男、律赫の兄が体を少しひねり、律赫を見て言った。

 律赫の顔を見て、なにが可笑しいのかくすくすと笑う兄。

 そんな、どこかうすら寒さを感じさせる兄を見て、律赫はやるせなさを感じてしまう。



 小さい頃の兄は、女の子みたいに可愛い見た目と大人しい性格で、よくいじめられていた。

 かく言う私も、兄の事をとある理由で嫌っていて、いじめる側だったのだが。

 今は仲違いを解消、いいえ、私が一方的な理由にだったから、兄が許してくれたったって言うのが正しいわね。

 そうして兄弟として良好な関係になった頃は、兄は小さい頃とはいい意味で、まるっきり変わっていた。

 顔は奇麗なままで、どことなく女性的な顔つきだったけど、手足が伸び、体格も年不相応なぐらいがっしりしたものになって、口調も砕け明るくてやんちゃな少年になっていた。のに――



「ほら律赫、爺やが紅茶とケーキを用意してくれたよ。そんな事とこに立ってないで、座りなよ。」


 さっきまで何もなかったテーブルに、ほのかに湯気が立つティーカップと、デザートと軽食が、おしゃれなスタンドライトと一緒に並べて置かれていた。


 ……あの爺やと呼ばれ、燕尾服より軍服が似合いそうな老人の容姿をした()()は、初めて紹介されて以降、私に姿を見せない。

 恐らく兄が言いつけたのだろう。紹介された場面も最悪だったし、私が怖がるといけないから、存在を“感知”させるな。とね。


 律赫は仕方なしにソファーに座った。兄はくるりと体を半回転させ、こちらを向いたがその場に立ったままだった。


「頂くわ。」


 律赫はそれを気にせず、ホークを手に取る。


 アレの出したものなんて、と思わなくないけど、一度断って全部(しかも食器ごと)廃棄されたのを思い出すと、断れやしない。

 このご時世、“十年前”よりはよくなったとはいえ、こんな質の品質の良い食べ物なんて、テーブルの上の食べ物全てをお金に計算したら、下手したら律赫の月収ひと月分吹き飛ぶぐらいなのだから。


 不承不承に律赫はケーキを口にする。

 その瞬間、クリームの品の良い甘さとささやかなバニラの香、いいアクセントになってるベリーソースの甘酸っぱさ、柔らかくてどこか香ばしく(アーモンドミルクが入っていたと後で聞いた)舌触りのいいスポンジ、瑞々しくてそれでい他の食材と調和する苺の果肉、それぞれの味が口っぱいに広がり、うっとりしてしまう。


 おいしすぎて、アレが手ずから作ったものだと思うと、イラッとする。

 ケーキに罪はない。ケーキ自体は悪くないのに……!


「余ったものや多めに作ったものは包ませるよ。大丈夫、爺やは俺に盾突けない。強いものに歯向かわない、アレはそういう生き物だからねぇ。」


 だからよく味わってお食べよ。と、むしゃくしゃしながら食べてる律赫を宥める兄に、律赫は溜息を吐きたくなった。

 とりあえずケーキを一つ食べ終え、紅茶を一口飲んで一息つく。


「お願いがあるの。」


 前置きはなしに、律赫は話しだす。

 この兄は、まどろっこしいのはあまり好きじゃないからだ。


「いいよぉ。」


 律赫と同じ色の紫色の瞳なはずなのに、自分より深い色に見えるそれが、にやりと細まる。

 面白うそうなものを見るような目をして、やっと兄は向かいのソファーに座る。


 兄は、私が何を頼みたいのか、想像がついてるのだろう。

 でも、敢えて口に出してお願いしなければ、絶対に承諾しない。


 律赫は願いを口にするのに躊躇した。

 そのためだけに兄の元を訊ねたというのに、()()()()()()()()()()まで悩み、夜になってようやく決心して来たはずなのに、だ。


 律赫はグッと手に力を込めると、その重い口を開いた。


「予言の、この世界を救う力を持つと言われる英雄を、政府より先に保護してほしいの。」


 約一年前の予言に、今から十三年前から始まったこの悪夢のような現実を、終わらすことのできる可能性を持つ存在が、予言の一年後に現れるとされた。


 世界中の人が沸き立ち、喜び合った。英雄存在を今か今と待ち望んだ。

 でも、懸念があった。

 十年前のと同じ失敗を繰り返せば、人類は亡びるだろうという予言も、同時にされたのだ。


 十年前の失敗、魔神討伐の失敗は一部の為政者の思惑によって、引き起こされたもので、当事者の一人である律赫は詳しい事情を知っている。

 故に、各国の政府が同じことをなさない、具体案を出して英雄の後ろ盾になると宣言しているものの、信用しきれずにいた。


 それ故にその人物を、私は、私達側で保護し、後ろ盾になると同時に共に戦ってあげたい。

 だから、()()()()()()()()兄に、頼みに来た。


 ……それにしても、私の声は震えてなかっただろうか?

 このお願いをしたら、兄がどんなリアクションをとるか想像がつかない。

 なにより、十年前の最大の被害者と言わる兄に、政府が関わるお願いをするのは、怖かった。


「ウケるよねー。」


 感情の籠ってない一言を兄が放つ。

 部屋の空気がスッと冷え、血の気が引いた律赫を気にせずに、兄はティーカップを手に取り口を付けた。


「十三年前に、その英雄様とやらは現れるべきだったんだよ。」


 ブンッ、と後ろに兄が持ってたカップが投げられるが、床に叩きつけられて割れた音がしないため、アレが割れる前にキャッチしたのだろう。

 タラリ、律赫の米神辺りに汗が流れる。


「律赫もそう思うだろう?だってそうだったなら、ボクは、君の兄は、こんなろくでなしになってなかっただろうからねぇ。」


 心底可笑しそうに腹を抑えて兄は笑い、律赫は口を開きかけ、でも何も言えず、ただ体が震えないように自制しかできずにいた。

 兄が一頻(ひとしき)り笑った後。


「ところで、どっちだと思う?」

「へ?」

「英雄様の性別。」


 ぱっと何事もなかった顔をして、そんな突拍子もない質問に面を食らい、律赫は直ぐに答えらなかった。

 そんなフリーズした律赫を気にせず、兄はいつの間にか新たに用意されただろうティーカップを手に持ち、優雅に飲んでる。


「男の人、だと思うわ。」


 少しの間の後、律赫は感でそう答えると、兄はそのまま優雅にカップを音を立てずに、ソーサーの上に置く。


「じゃあこうしよう。英雄様が男なら、律赫の思惑通り保護した後君に明け渡そう。何なら、後ろ盾にだってなってあげる。でも、女なら、そのままボクが保護するよ。」


 何故?とは言わない。兄がすると言ったらするのだ。それが私が納得できない理由でも、だ。


「……兄さんは、どっちだと思うの?」

「女♡」


 間髪容れずに、いやらしい声色で答える兄に、律赫は恐らく兄の予想通りの性別だろうと思い、後悔した。

 律赫の後悔を他所に、兄は喋り続ける。


「大抵の女は、我慢強いんだよ。特に、理不尽なことにおいてはね。英雄だなんて、そんな理不尽な存在に祭り上げられるには、都合のいい性別だと思わない?」


 年齢を重ねて、女性寄りから中性的な顔つきになった兄は、彫刻の美術品のように美しい顔を、これまでかと言うぐらい破顔させる。

 その無垢な笑顔と声色とは真逆な言葉に、律赫は寒気が止まらなる。


「フフッ、そんなのが、政府に取られたら、十年前のボクらみたいにされちゃうね?大丈夫、政府に()()()()()、好きにさせないさ。」


 この兄は、英雄に何をする気なのだろう。

 十年前、本当ならば友人と一緒に英雄と称えられるはずだった。政府の思惑なんてものに栄光も、平和になる筈だった世界も、友人も奪われた。

 なんでもできるはずなのに、虚ろそのものになってしまったかのように、佇んでる兄。

 この世界の現時点において、世界最強のこの男、(たつみ) (めぐる)は。



「大丈夫。たっぷりと、可愛がってあげるだけだよ?」



 熱に浮かされたような、蕩けた笑みで兄、還はそう宣言した。


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