Prologue 2 浴槽の底へ
※自殺の描写があります
何も、もう何も、考えたくない。感じたくない。
温い湯を張った浴槽の水面を見ながら、ぼんやりそう思った。
ちゃぷん
水面に映る自分の顔をかき消すように足を入れ、服を着たまま肩まで体を浴槽に沈める。
過剰摂取した薬のせいか、体にまとわりつく濡れた服の不快感さえ、ぼんやりとしか感じないな。
「……ごめんなさい」
誰に言うわけでもく、言葉が自然に口から洩れた。
……本当は、謝りたい人は居た。だけど、此処にはいない。もう、会えない、会っちゃいけないんだ。
目にじんわりとした違和感を感じたが、そんな事気にせず、持ってきていた包丁で手首を切る。
一瞬、ピリッとした痛みが走ったと思ったら、じくじくとした熱さと痛みが、切れた手首に湧いてきて、口から呻き声が漏れた。
体は濡れてるけど、冷や汗がじんわりと湧くのがわかる。心なしか息が上がってくる。
怖くなってきた。でも、やめる気になんてならなくて……。
視界がぼやける。肩を上下に揺らしながら、意を決して首に当てた包丁を、思い切り横に振り切った。
瞬間、ズルンと、体が滑って、口や鼻から水が流れ込んできて、パニックになる。
痛い、苦しい、息ができない、なんで、痛い、助けて、辛い、なんで、わけわかんない、苦しい、悲しい、悔しい、痛い痛い、嫌だ、なんで、やめて、助けて、誰か、誰か……なんで、よ。
似たような気持ちばかり、頭の中を駆け巡る。手足はバタバタと動いてるみたいだけど、体がどうにも起き上がらない。
自分が何をしたいのか、今、何をしてるのかさえ、分からなくなる。
ただ、悔しかった。
だって、自分は何も悪いことしてない。なのになんで、こんなことになったの?
元凶は死んだ。なんの贖いもなしに死んで、私も死ぬ。
ずるい、悔しい、どうして、自分だけ……ああ、自分以外の人間すべてが私を嘲笑ってる気がして、憎く思える。
痛みと苦しみ以上に、憎しみが湧いてきて、頭がおかしくなる。
そうして最期に抱いたのは、特定の誰かを対象することのない、殺意だけだった。