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U子  作者: 憂木冷
5/9

走り出す

「U子、おはよう」

 ベッドを出て声をかけると、ソファから飛び降りて、ゆっくりとした動作で床を跳ねながらU子が近づいてくる。

 初めて会ったときは、常に空中を浮遊していたのに、段々と浮いている時間が短くなってきている。

 U子は僕の足元まで来ると、大きくジャンプした勢いで、僕の胸のあたりまで浮いてきた。しかし、息切れでもするようにU子の浮遊は続かず、落下し始めてしまった。

 落ちる前に、両手を差し出して受け止めた。

 昨日までは、もう少し部屋の中を飛び回っていた。

 この1日でも、かなり弱ってきている。ただ、どんな理屈で、どんな条件で弱っているのかは、検討がつかなかった。

 何しろ、生きた磁石の育て方なんて、本にもインターネットにも、どこにも情報が書かれていない。

「おまえ、飛べないのか?」

「ジジ……」

 U子は弱々しく反応すると、まるで最後の力が尽きたように横になって動きを止めた。

 その瞬間、急激に冷や汗が流れ始める。

 焦りを感じる自分の感情に、思考が追いつけないでいた。

「おいU子!」

 声をかけるが反応がなくなった。

 僕の手のひらに乗っているのが、まるでただのU字型の磁石であるかのように、なんの反応もしない。

「いや、待ってよ」

 ――あまりにも、急じゃないか。

 焦りだけが強くなって、目の前の現実に対する認識力が下がっていく。時間が止まってしまったように何も考えられなくなっていく。

「どうしよう。どうなったんだよU子」

 わからない。何もわからない。

 何をすればいいのかわからない。目の前にいるのに。目の前に弱ったU子がいるのに。

 また、何もできないのか。

 数週間前の出来事が、フラッシュバックした。

 いろんな形をした刃物が次々と心に突き刺さるように、苦しみの記憶が蘇る。

 実家から離れてすぐ両親を亡くして、テレビで事故のニュースを見るみたいに、その事故にまったく関わることのできない無力さにあんなに苦しんでいたのに。

 僕は、目の前で大切なものを失いそうになっても、また何もすることができないのか。

「セイラ」

 すがるように、気付いたらセイラの名前を呼んでいた。

 しかし、返事は帰ってこない。こんな時に限って、彼女は家に来ていなかった。

 U子のことを知っているのは僕とセイラだけだ。他の誰にも助けを求められない。

 セイラに電話をかけるために、僕はすぐにスマートフォンを探した。しばらく使っていなかったからか、電源が切れていた。

 起動するまでの時間がもどかしくて、スマートフォンを握る手に力が入る。

 起動するといくつかのアプリから通知が表示される。そんな些細な時間のロスさえも、苛立たしかった。

「クソ。邪魔だ」

 アプリを立ち上げ、セイラへの音声通話をかける。

 1分近くコールして、セイラが通話に応答した。

「なんだよジュキヤ。こっちは普通に授業受けてんだぞ――」

「セイラ」

「な、なんだよ」

「U子が、動かなくなった」

「はあ? どういうことそれ」

「わかんねえよ。ちょっと前から元気なくなってたけど。急に声かけてもなんにも反応しなくなったんだ」

 どうすりゃいいんだ、と自分の口から独り言のように言葉がこぼれた。

「わかんないけどわかった」

 とセイラから言葉が返ってくる。

「すぐにU子を連れて学校に来て」

「なんで、学校に行ってどうするんだよ。なんとかする当てでもあるのかよ」

「わかんねえよセイラにも、でも可能性があるとしたらもう――」

 そこまでセイラの声を届けて、スマートフォンの電源が切れた。

 どうしてこんな時のために充電していなかったんだと、自棄な生活をしていたことを悔いた。

「U子を治す方法を知ってるのか?」

 最後まで話しを聞くことができなかった。しかし、何か、僕が知らないことを知っているような話しぶりだった。

 学校に行って何の意味があるのかわからない。

「U子」

 と試しに名前を呼ぶが、手のひらに乗ったU字型の磁石は、当然のように何の反応もしなかった。

 このまま、死んでしまうのか?

 いや、まだそうと決まったわけではない。

 少なくとも、セイラには何か考えがあるようだった。

 それなら、それを試す。自分にできることがあるのなら、まだ諦めるときじゃない。

 ウエストのゆるくなったジャージから制服のズボンに履き替えて、部屋着のティーシャツはそのままに数週間ぶりの玄関の外へと飛び出した。

 少しだけ脚が竦む。

 だが、U子を握りしめ走り出した。

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