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U子  作者: 憂木冷
4/9

少しづつ埋め合わされている

 高校に入学してまだ2ヶ月。入学後に知り合ったばかりのセイラが僕の家に入り浸っているのには理由があった。

 どちらかと言うとその原因は、セイラではなく僕の方にある。

 高校に進学して一人暮らしを始めた。

「がんばってねジュキヤ。きっと、がんばる方がいいんだから」

 母親の口癖だった。

 そんな言葉とともに、離れた土地への進学のために、送り出してくれた。

 きっと寂しさはあったのだと思う。家を出発した日、母は涙を隠すことができていなかった。

 しかし、実家を離れてすぐ、僕は両親を亡くした。

 事故という言葉が、電話越しに慣れた口調で同情する警察のヒトから伝えられた。

 電話を切って少しして、絶望的なほどの悲しみと、それ以上の無力感が全身を襲った。

 こんなに重たい衝撃を受けたのは初めてだった。

「あまりにも、急じゃないか」

 誰もいない部屋で。誰かに聞いてほしいと思いながら呟いた。

 自分の内臓がすべてとられて、体の中が空っぽにされてしまったみたいに、感情や考えが、自分の中からなにも湧き出て来なくなった。

 そして、空虚であるという苦しみだけが残った。

 僕にはわからないいろいろな手続きは、すべて親戚がやってくれた。

 けれど、一人暮らしを始めて、地元を離れていた僕は、独りになった。

 学校に行く気力も、食事を摂る気力もなかった。

 不登校になったあと、担任の先生が、家まで話しに来たことがあったけれどそれも1度だけだった。

「君が自分の意思で行こうと思えないのなら、きっと今は来ない方がいいんだろう。好きなようにしなさい。高校は義務教育では、ないからね」

 と最後に言って、あっさり帰ってしまった。

 もっと、しつこく説得されるものだと思っていたけれど、高校もその先生も、意外と生徒に対してはドライなようだ。最近まで通っていた中学とは、やはりかなり違っている。今まで出会ってきた先生は、もっと規則に厳しく、説教臭く、お節介で、少し優しかった。

 ただ、今は大人に説得や説教を受けたい気分ではなかったし、その対応はありがたく感じた。

 それからの毎日は、広い砂漠を歩いているように、生きるための目的にする目印がどこにも見つからず、ただ寝て起きるだけの生活が数日続いた。

 そしてある日。それが何月何日の何時だったのか、当時の僕には時間の感覚がなくて覚えていないが、目を覚ました時、突然リビングに現れたU子のように、突然目の前にセイラがいた。

 彼女のことは知っていた。

 同じクラスで、少し口が悪くて、少し周囲から浮いていて、少しだけ話したことがある。

 久しぶりに人間の姿を見たと、そんなことを最初に思った。

「鍵くらいかけとけよ。知らねーやつ入ってくるぞ、ジュキヤ」

「もう手遅れみたいだ」

 力なくため息を付いてそう返す。

 なんで彼女はここにいるのだろう。わからないけれど、わからないことを考える気分でもなかった。

「セイラは知らねーやつじゃねーだろ」

 知っている相手なら、勝手に家に上がってもいいというのが彼女の主張だろうか。僕の意見はそれには反対だった。

 けれど口論する気にもならなくて、反論はしなかった。

 なにが目的かわからないけれど、彼女がなにをしようと、僕がなにをされようとどうでもいいことだった。

 彼女はただ僕にしばらく喋りかけると、「また来るわ」と帰るだけだった。

 目的がわからなかったが、その日は玄関の鍵を閉めて寝た。

 しかし翌日からセイラは、勝手に玄関の鍵を開けて入ってきた。

「どうやって入って来たの」

「スペアキーで」

「なんでスペアキー持ってるの」

「ジュキヤが寝てる間に探したんだよ」

「返して」

「学校に来たら返してあげる」

 結局このとき一方的に結ばれた約束は、まだ果たすことはできていない。

 まだあまり外に出る気にはなれなかった。

 ただ、ずっと独りで過ごしているよりは、おそらく僕の心は救われていた。

 空っぽになっていたものが、少しづつ埋め合わされている。

 そんな気がした。

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