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ちょこれーとりりぃ  作者: くろゆりなお
7/7

その夢は現実に続く

 明るかった太陽も徐々に赤みを増していき、夕方を知らせるかのように17時を知らせる音楽が流れ始めた。開いていた窓からはじめっとした空気に混じって夜のにおいがカーテンをたなびかせながら病室を優しく駆け回る。

 過去に一度だけ会ったことのある真愛美ちゃんとアータンの2人との再会はイジメのつらさや不安といった気持ちを拭い去ってくれるほどに僕の中で尊いものだった。なぜ安心するのかは分からないが、それは実紅と一緒にいる時に感じる安心感とはまた違うもののような気がした。


「もう落ち着いたかい?急に泣くからびっくりしたよ!」


「ごめん…!急に思い出してね…懐かしすぎて涙が出ちゃった」


 そういうと真愛美ちゃんはぽかんと口を開けて、驚いた表情をしていた。

「私を見て思い出したのかい?アヤカは昔から変わってないし一目見たら気付くかと思ったんだけどねぇ…ここに来るまで気づかなかったのかい?」


「どこかで見たような気がするとは思ってたよ…あんまり印象が…」

「昔から私と家族以外には滅多に口を開かないし影も薄いし仕方ないか」


 さっきの表情とは打って変わってゲラゲラと笑い始めた。なんか女の子というより男っぽい印象を受けた。これは口に出したら殴られるだろうから言わないでおこう。

 話の中心にいるアータンはというと恥ずかしそうに俯くばかりだった。


「初めて会ったときは3才だった、し、はぁ…まともに自己紹介した覚えもないし、久しぶりついでにもう一度自己紹介しようか」


 笑いが落ち着くと真愛美ちゃんは少し息を切らしながらベッドに腰を下ろした。笑い疲れたという様子ではなく少し苦痛に表情をゆがめているように見えた。


「ウチの名前は神代真愛美。白峯市の桜小学校三年生。今はちょっと体調悪いんだけど親が過保護でさァ…ちょっと倒れただけで即入院だなんだって騒ぐのよ!」

 やれやれと真愛美ちゃんは呆れたように語る。

「今はそんなに悪くないからもうすぐ退院さ!呼ぶときはちゃんもさんも付けずに呼び捨てでいいからネ!!次はアヤカ自己紹介してみよう」


 真愛美は流れるようにアヤカに自己紹介するように促した。


 どれほどの時間が流れただろう…その病室から言葉は消え、時を刻む時計の秒針だけがカチコチとリズムを刻んでいる。鳥の声、虫の歌声も、なんだか心地良い…


「長いわぁぁ!!!」


 静寂を打つ破ったのは真愛美だった顔は笑っているもののほんとに我慢できなかったのだろう。


「今後私が通訳できない場面もあるんだから喋る練習しなって!!」


「あ、ご、ごめ、ん」


 そう呟くとアヤカは僕の方に向き直り深々と頭を下げそのまま言葉を紡ぎだした。


「                                                                                                                                」


 うん。分かってた。全然聞こえない。恐らく黙り込んでた時間と頭を下げていた時間は同じくらいなのではなかろうか。


「私の名前はゆさあやかです。呼び捨てされるとドキッとするからあやかちゃんって呼んでくれると嬉しいな。へへ、漢字が難しくてまだ名前を漢字で書けないんだ~。真愛美とは同じ学校で同じクラスだよ。ちょっと人と話すのが苦手だから私が喋る時は少し待ってくれると嬉しいよ。って言ってるみたい」


 真愛美は呆れた表情をしつつも、いつものことだよと最後に続けていた。


「言いたいこと全部正解しているの?」


 そうアヤカちゃんに確認すると小刻みに首を縦に振っている。すごい…これで満足するアヤカちゃんも聞き取るというか予想で言い当てる真愛美もなかなか…


「アヤカはね、すっごい人見知りなのサ!言いたいことも考えてることもすごくたくさんあるのになかなか言葉にできないの。慣れた人にならかなりお喋りになるから今から覚悟しててな!!」


「う、うん」


 お喋りのアヤカちゃんが想像できない…


「次はナオタカの番ね!!」


「あ、あぁ…僕の名前は堀江直孝、です。桐城町の東小学校3年生だよ」


 しばしの沈黙。仕方ないじゃないか。改まって言うこと思いつかないんだもん!!!


「みじかいなぁぁぁぁぁ!」


 これでもかと言うほど甲高い声で叫ぶ真愛美と顔を俯かせて静かに笑う彩弥香の姿を見てなんだか自分までおかしくなってきた。それから僕たちはたくさん話をした。学校の事、好きな遊びの事、家で親に叱られたこと。5年ぶりに再会したとは思えないほど3人の距離感は縮んでいった。昔からずっと仲良しの幼馴染のようだった。こんなに人間って笑えるんだ!!そう感じるほど真愛美とアヤカちゃんの二人でいるのは面白くて楽しかった。この時は実紅と一緒にいる時と同じでつらい現実を忘れられた。もしかしたらそれ以上に楽しい空間になっていた。静かな病室はいつの間にやら笑い声で溢れていた。


 気付くと外はもう夕焼けから夜に成り代わっていて、ひんやりとした空気が病室に流れてくる。クシュンと真愛美が小さなくしゃみをすると、ベッドに戻っていった。


「少し冷えるね…これから夏だっていうのに夜はまだまだ寒いな…」


『寒い』と表現するほど冷えるわけでもない。大げさに表現しすぎじゃないか。と、思ったが、入院するほど体調が悪いのも確かだろう。窓を閉めといてやるか。


 僕は黙って窓を閉めるのと同時に入口のドアがガラッと開いた。


「さぁさぁお外も暗くなってきたしかえりましょうか彩弥香ちゃん!!今日も送ってあげるわ!!」


 元気の化身ですか?と声が出そうになるような、そして病院で出してはいけないほど大きな声を出しながら、見知らぬ女性が病室に飛び込んできた。その元気の化身は瞬く間にアヤカちゃんの荷物を回収してアヤカちゃんを小脇に抱えると窓辺にいた僕の存在に気が付いた。


「まぁまぁまぁまぁ!!!!!!なっつかしいぃぃぃぃ!!!!!!!!!あなたが直孝君ね!!!!!!!いやぁぁぁぁぁ面影あるわ!!!!昔のまま大きくなった感じだね!!!」


 そう騒ぎながら僕の目の前までやってきた。なぜかこの女性は僕のことを知っていてしきりになつかしいかわいいと騒ぎ立てていた。もちろん僕はこの女性が誰なのか見当もつかないし今まで会ったこともない。あとアヤカちゃんを抱えたまま反対の手で頭を撫で繰り回すのをやめてほしい。抱えられてるアヤカちゃんの目が怖い。しゃべってないときの無感情なアヤカちゃんの目が怖い。人形のように固まってるしこういう時にこそ俯いていてほしい。


「ママ!やめてよもう!!ナオが困ってる!」


「ナオォォォォ!!!!もうニックネームで呼ぶ仲なのぉぉぉぉ!!!!!さすがね真愛美!!!!尊敬するわ!!!!!さすが私の子!!!!!!恐ろしいわ!!!!!」


 ビックリマークが多すぎる。それにナオって呼ばれて一番最初に僕が驚きたかった!


 突然の母の登場で場を盛り上げていた真愛美ですら布団に潜り込んでしまう始末。母とは恐ろしいものだ。それとは別に僕には疑問が一つあった。


「なんで、僕のことを知ってるの??」


「なんでってそりゃぁまな…」と、真愛美の母が口を開いた瞬間、病人で入院患者とは思えぬ速さで真愛美が布団から飛び出して母の口をふさいだ。


「いいんだよそんなの!!!初めて会った日に遊んでた風景をお母さんが写真で撮っててたまに見てるからね!!!隠れて見てたんだって!!!!恥ずかしいったら!!!」


 この親にこの子ありだな…最近覚えたこの言葉が早速つかえるようになるとは…

 まぁいいでしょう。と真愛美母が呟くと


「とりあえずもう暗いからナオ君もおうちに送ってあげるわ!ここからだと道分からないわよね…最寄り駅まで行けばとりあえずいいかしら??」


 急に冷静になる真愛美母のテンションについていけてなかったが、それで良いですと肯定すると、車を病院の入り口までつけるから準備したら入り口まで来てと言い残し、アヤカちゃんを抱えたまま病室を出て行った。


 準備も何も手ぶらだから一緒に連れてってほしかったなんて言おうとした時にはもう二人の姿はない。嵐のような人だったな


「なんかごめんね…お母さんああいう人なの…」


 照れたように顔を赤くしている真愛美は男っぽい印象も薄れ今日見た中でも一番女の子っぽくて可愛らしく見えた。その点だけはなんか得した気分になれた。


「まぁこれからまた一緒に会えるし仲良くなっていこうな!!」

「え?」


 その言葉につい声が出てしまった


「なにさ。仲良くしたくないのかい??」

「また、ここに来てもいいの…?友達でもないのに…」

「当たり前だろ!毎日来てくれてもいいヨ!!!病院は暇だしな!!!」


 そう真愛美は笑いながら答えると真剣な表情に戻って言葉を続ける


「それにな?ウチらはもう、とっくの昔から友達なんだ!友達じゃないなんて寂しいこと言うなよな」


 ビシッと指をさして告げられたその言葉は不思議と嘘偽りのない心からの言葉なんだと根拠はないのに確信できた。


『友達』あぁ…学校でも溢れているこの言葉がとても心地よいものに感じた。そうかこれが本当の友達なんだ。


「ありがとう…真愛美」

「おう!!だから、また来てよ!!」

「うん、絶対に!!約束するよ」

「じゃあ…んっ」


 そう言って差し出してきた小さな小指に僕の小指を重ねて指切りをしてその病室を後にした。終始笑顔だった真愛美の顔が脳裏に焼き付いて離れない。僕の友達。新しいホントの友達。その存在が嬉しくてたまらなかった。



 病院を出ると緑色の小さな車が止まっていた。中には無感情アヤカちゃんとその頭を撫で繰り回している真愛美母二人がいた。あ、乗りたくねぇ。そう思ったときには僕の存在は気づかれて、真愛美母の車に連れ込まれていた。


「あ、自転車…」

 気付いた時にはもう遅い。車は病院を出て最寄り駅に、現実に向けて発車していた。

誤字脱字報告、感想、ブクマもよろしくお願いします。


活動記録も併せて読んでいただけると嬉しいです!!

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